勝敗
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私は時霊術を併用してまでで"還らずの洞窟"に向かっていた。
氷夜が戦っている筈の"トウテツ"は到底人が勝てる相手じゃない。とかいいつつ毎回平気な顔で帰ってくるのが氷夜なのだが、今回もそうであるとは限らない。
「まったく、心配する方の気持ちも考えて欲しいものだ。」
氷夜を失うかもしれない。その恐怖が神楽を余計に急がせた。
それに、時霊術もある程度使えるようになった今、神楽は氷夜の帰りを待つのではなく氷夜の隣で戦いたい、そう願うようにもなっていた。
しばらくして、"還らずの洞窟"に着いた。
そこには氷夜の気配と、知らない者の気配があったが、知らない者の気配は弱々しく、既に勝敗は決してしまったらしい。
「氷夜!!」
私は氷夜の名前を呼び、氷夜の元に駆け寄る。目の前には蒼い髪をした綺麗な女性がいるが、まさかこの人が"トウテツ"という訳ではないだろう。ということはまだ私が氷夜と共に戦う機会が残っているということだ。
やっと氷夜の隣に立てると、私は気分が高揚していた。
「ふふ、私の勝ちみたいだな、氷夜。」
蒼髪の女性がそう呟いた瞬間、凄まじいエネルギーが"還らずの洞窟"に満ち溢れれ、氷夜に口の大きな蛇のような物が襲いかかる。
更にそれは私の影からも現れ、私に迫った。
それで初めて私は蒼髪の女性が"トウテツ"なのだと悟った。
私は勘違いしていたらしい。"トウテツ"を前に私はただ震えるだけだった。"トウテツ"は時霊術を習得したからってどうにかなる相手ではなかったのだ。自分でも言ってたではないか、"トウテツ"は人が適う相手ではないと。
私は自分に迫り来る絶対的何かに、時霊術を使って抵抗するでもなく、ただ最期の時を待つだけだった。
(すまんな、氷夜。)
勝手なことをして、勝手に死ぬなんて愚かなことをしてしまった馬鹿な姫だと思う。私を守る氷夜の立場からしたら、本当に迷惑な護衛対象だろう。
(しかし、死にたくはないな。)
もっと氷夜と遊びたかった。遊ばれるのは勘弁願いたいが、まぁ、それを考慮に入れてもやはり、氷夜ともっと一緒にいたかった。
自業自得だとは分かっている。だが、もしも我が儘が許されるなら。
(助けてくれ、氷夜!!)
「なら、これが正解だよね〜。」
もう駄目だ、そう思った瞬間、私の視界は氷夜と、氷夜の血の赤色でうまった。
「氷夜、体が!!」
氷夜の右肩から右の腰にかけてが半円状にすっかり無くなっていた。それは明らかに私のせいであり、氷夜を殺したのは私も同然だった。
「いや、勝手に殺すなよ。」
「では助かるのか?」
私の頭を覗いたかのような発言は今は無視する。
氷夜の傷はどうみても致命傷で、今立っているのも不思議なくらいだ。それでも氷夜なら、大丈夫かもしれない、そう思えた。
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俺の今の状態は致命傷でこそないものの、すぐに再生可能というものでは無かった。傷は圧迫して血は止めてある。
実際、大したものだ。あの瞬間、俺は"口"に"リリス"、"消去"、超重力、を浴びせたのだが、よっぽど強い概念を込めたのか、葵の"口"はその全てを喰らい切った。
「素晴らしい味ね、氷夜。あなたは最高だわ。」
幸せを噛み締めるかのような顔をしている葵。
「でも、本当に残念。氷夜には魔王になって欲しかったのに。
氷夜の弱さはその優しさね。」
「俺が優しいのは神楽限定だよ。」
白夜とマゼリナは確かに大切な存在だが、別にあいつらは俺がお節介を焼かなくても大丈夫だからな。神楽は俺がいないと危なっかしくて。
「実際、この戦いだって俺の勝ちだ。」
「何を言っ………!?」
葵の体が薄れ始めた。おそらく葵が俺の体を喰らい終えたのだろう。
「嘘、こんな力聞いてないわよ!!」
「そりゃぁ、言ってないしね。」
葵は触れてしまったのだ。絶対に触れてはならない禁忌に。俺の体に眠る本来の力。それは容赦なく葵の存在を消し去っていく。
「いや!!
助けて、お願い!!」
なりふり構っていられなくなったのか葵は必死だ。
「え〜、神楽の命を狙ったしな。」
別に俺を狙うならまだ赦せる。だが、神楽を狙ったのは頂けない。
「分かった、謝るから!!」
さて、実際どうしたものか。いつもなら、問答無用で殺すのだが。
俺が殺すのを躊躇う理由は2つ。葵が昔の女の子に似ているというのと、神楽が見ているということだ。どちらかというと後者の方の理由が大きい。
俺はとりあえず、体の形を圧縮された筋肉組織の一部を使い戻し、神楽を残してうずくまる葵のもとへ行く。
「よし、じゃぁ今から葵は俺の奴隷な。」
葵にのみ聞こえるような音量で告げる。
「いやよ!!私はこれでも誇り高き覇族なのよ!!」
「別にあんたの奴隷なんかになりたくなんてないんだからね!?」
「ツンデレ風に言い換えるな!!」
ツンデレを知ってるのか。オタク文化は世界を超えるらしい。
「そんな悦ぶなよ、ドMちゃん。」
「悦ぶわけないでしょう!!」
「別に嬉しくなんないんだからね!?」
「だから言い換えるな!!!!!
本当に、私消えかけてるのよ?
嫌よ最期の問答がこんな下らないので終わるのは。」
「じゃぁ、奴隷になる?」
「それは絶対にいや。」
「さようなら。」
俺は神楽の方へ向かい、"還らずの洞窟"を後にすることにした。
「待って待って、本当に行っちゃうの!?
分かった、分かりました。奴隷でも何でも良いから助けてよ!!」
「そこは『助けてください、ご主人様』だよね?」
「あんたいい加減にしなさいよ!!
私、もう殆ど消えかかってるの見て分かるでしょう!!」
「さようなら。」
よし、帰ったらとりあえず勝手な行動をとった神楽にお仕置きだな。今から楽しみだ。
「分かった分かった、分かりました!!
助けて下さいご主人様!!」
「可愛くない、60点。
後で追試だな。」
葵の中の俺の力を俺に戻す。これはかなりエネルギーを使う作業で、いくら俺と言えども、喰われた後に更にエネルギーの大量消費するのは、厳しいものがあったようで多少目眩がする。が、もちろんそんな素振りは見せずに今度こそ本当に神楽と合流した。
「なんだ、さっきの奴隷宣言は?」
神楽の視線が冷たい。まるで変態を見る目だ。これは弁解しておかねば。
「あいつ、被虐趣味の持ち主でな、要はドMなんだ。だから、俺の奴隷になりたいらしい。」
「そんな筈あるか!!」
「何で?神楽は覇族を自分の尺度で考えてない?
それとも神楽は覇族のことを完全に理解してるの?」
「いや、そういう訳ではないが……」
「でしょ?なら彼女の性癖だって認めてあげるべきなんじゃない?」
「そ、そうだな。すまなかった。私が悪かった。」
俺にはもう神楽の冷たい視線はない。そこには神楽が葵にむける哀れみの視線があるだけだった。
「もう良いわよ、それで。」
葵は諦めたような声で自分の否を認めた。
「で、神楽。帰ったらお仕置きな。」
「………拒否権を発動する。」
「却下だ。」
俺は満面の笑みで"還らずの洞窟"を後にした。