野暮用
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俺が個別に呼ばれた部屋は大きく、円のお偉いさんがあの老エルフと国王以外は全員そろっていた。
随分と腐った目をしている奴が多いな。
俺は自分の世界で醜く汚い社会の裏の仕事を多くこなしていた。
だから、欲望に溺れた人間は目を見ればだいたい分かる。
だが、最初に対面した時から比べると、かなりの人数がこの短期間で欲望に溺れたようだ。
丁度、それは精神操作の能力で集団催眠を使った状況によく似ていた。
十中八九、誰かが霊術か何かを使い、こいつらの欲望の種に水を撒いたのだろう。
「罪人、お前を呼んだのはお前の処罰を言い渡すためだ。」
口を開いたのは目が腐りきった屑だった。
格好は文官のようで、その表情は俺への優越感に浸っている。
そして、その視線は俺に向いていた。
どうやら罪人とは俺のことのようだ。
「俺、なんかしたか?」
特に心辺りが無い俺はそう返した。
「貴様、ゼウス様に刃を向けた事、しらを切るつもりか!!」
それに呼応するかのように氷夜への非難の声がいくつも上がった。
しかし、その半分は氷夜への悪口である。
神楽の横にいる氷夜への妬みが爆発した瞬間であった。
……どういうことだ?
周りの雑音は無視して俺はこの事態を奇妙に感じていた。
というのも、ゼウスと戦ったあの時はゼウスの張った結界が周りにあり、尚且つ俺の検索もあったのだ。誰かに見られるような事はありえない。
残る可能性としてはゼウスが告げ口したというものだが、それも腑に落ちない。
ゼウスの目はこいつらと違って澄んでいたし、こんな姑息で回りくどい手段を仮にも四天神の一人が取るようにも思えないのだ。
第一、俺にゼウスに命まで奪われるような理由がない。
となると、こいつらをけしかけ、しかも俺とゼウスに気付かれないように俺たちの事を目撃した誰かがこの状況を作っていることになる。
そこまで推測して氷夜は考える事を止めた。
情報が少ないという事もあるが何より例え円が敵になろうとも俺は構わないからだ。
「静粛に!
罪人、ゼウス様に刃を向けた罪は重い。
よって貴様には"トウテツ討伐"の刑を命ずる。」
再び、あの屑が口を開いた。
勝ち誇ったその顔は、よっぽど嬉しいのか口元が既に笑っている。
「で、俺はどうなるんだ?」
こいつらごときに屈する気は無いが、俺の刑が死刑ではなく、その"トウテツ討伐"の刑、というのが気にかかった。
おそらく、この状況を作った奴が"トウテツ討伐"を俺にさせたいのだろう。
ならば、その誰かの目的が分かるまで、それに付き合うまでだ。
「罪人は、今日の内に"還らずの洞窟"まで赴き、"トウテツ"を討伐せよ。
それが叶わぬ場合は、死刑とする。」
"還らずの洞窟"とはいかにもな名前である。
周りの奴らの黒い笑みからも、この"トウテツ討伐"の刑は死刑と同じ意味を持つのだろう。
「用意をする。」
「構わないが、今日中に戻って来なければ死刑であることは伝えておく。」
「分かった。」
俺は自室に戻った。
随分と嫌われたものだな。
暗殺者があれだけの数くるのだから、予想はしていたが、これだけ敵意を剥き出しにされると、思わず殺してしまいそうだ。
俺の世界で俺の怒りは天災に匹敵した。
だからであろう、久しぶりの実力の伴わない無責任な敵意にストレスを感じた。
しかし、だからといって皆殺しにしてしまえば、俺はこの国に居られなくなる。
それ自体は一向に構わないのだが、神楽と居られなくなるのは大いに構う。
この溜まったストレスは後で神楽に発散するとして、俺は仕方なしにトウテツ討伐に行くことにした。
神楽に話してから行こうとも思ったのだが、神楽はまだ部屋に帰っていないようなので、自分の部屋に手紙を起き、兵士から貰った地図を頼りに還らずの洞窟に向かった。
いったい誰に喧嘩を売ったのか教えてやる。
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私が今回呼ばれたのは委任式があるからだった。
普通は父上がこの場にいる筈なのだが、残念ながら父上は"神"の国に行っているので、代理として姫である私が立つことになったのだ。
カリスも、急に体調を崩した文官長の代わりとして父上に付いていってしまったので頼れる人がおらず、多少不安ではあるが、式自体は簡単なものなので大丈夫だろう。
それよりも気になるのは氷夜だ。
さっきは気を回すことが出来なかったが、氷夜が単独で呼ばれることなど珍しい。
しかも謀ったかのように父上もカリスも不在。
私自身も式で手を放すことができない。
つまり、今この国に氷夜の味方ができる人がほとんど皆無なのだ。
もちろん、氷夜が危険な状況に陥るなど想像もできないが、それでも胸騒ぎを沈めることができない。
そんな不安を抱えたまま、式は進行していった。
式が終わり自室に戻れたのは日も傾いた頃だった。
胸騒ぎもあり、早く氷夜の安否を確認したくて氷夜の部屋に向かうとそこには氷夜の姿はなく、手紙が置かれていた。
『神楽、悪いんだけど野暮用で少し出掛ける。
今日中には帰るから家で美味しい御飯を作って待っててくれ。
護衛の方は安心しろ。
四六時中、俺は神楽を見守ってるから。』
……風呂やトイレまでは見てないよな?
後で必ず氷夜に言及しなければ。
それはともかく、手紙の内容はいつもの氷夜だ。
しかし、野暮用というのがどうにも気になる。
危ないことでなければ良いのだが。
「ガチャ」
氷夜の部屋にノックもせずに文官長の充が入ってきた。
「おや神楽様、こちらにいらしたのですか。
式も行い、お疲れでしょう。
どうですか、今から私と食事でも?」
もの凄いキザに今のセリフをきめ、自己に陶酔しきっているこの男は私に求婚を断られたのにも関わらず未だに見え透いたアプローチをかけてくる、正直言って私の苦手な奴だ。
確か、急に体調を崩したはずなのだが。
「すまんが、私はこれから家で氷夜を待たなければならないので、お断りさせていただく。」
氷夜は明日と言っていたので、今から帰って少しでも料理の練習をしておきたかった。
いつまでも氷夜に"料理もできないお姫様"というレッテルを張られているのは我慢ならない。
いや勘違いするなよ、私は別に氷夜に好かれたくて料理の練習をする訳じゃないんだからな!!
なんだか妙なテンションで自分に言い訳をしてしまった…
なに?ツンデレ?
そんなものは知らん。
「氷夜?
あ〜、あの罪人の事ですか。」
………氷夜の奴、問題でも起こしたのか?
もしや氷夜が人間だとバレたのだろうか?
「氷夜が罪人とはどういうことだ?」
「あやつは、あろうことかゼウス様に刃を向けたのです。
幸いにしてゼウス様は無傷でしたが、円としてはそのような極悪人を野放しにするわけにはいきません。
しかし、もう安心です。
既に刑は執行され、私達の平和はもはや揺るぎません。」
充はかなり芝居がかった仕草で説明した。
時折光らせる歯が若干うざかった。
いや、そんなことよりも氷夜のことだ。
充の話から察するに昨日の試合が誰かに見られたのであろう。
「刑の内容は?」
「トウテツ討伐の刑です。」
最悪だ。
まだ絞首刑の方がマシだった。
氷夜なら首を絞めたくらいじゃ死なないだろう、だがトウテツとなれば話は別だ。
トウテツは覇族だ。
四天神と同レベルの力を有する覇族に一人で立ち向かうなど、蟻がドラゴンと戦うようなものである。
それほど、人と神の力の差は歴然としているのだ。
いくら氷夜が強くても精々犬がドラゴンに挑む程度の差しかないだろう。
何が野暮用だ!!
めちゃめちゃピンチじゃないか!!
心の中で氷夜へ悪態をつくが、実際この状況はかなりまずい。
この時間だともう氷夜はトウテツとの戦闘に入っているだろう。
「私も野暮用ができたので失礼する。」
充が何か言ったような気がするがそれにも構わず全力疾走で宮殿を後にした。
あのバカ、死んだら今日の夕飯は抜きだからな!!
時霊術【瞬】もできる限り使用し、トウテツのいるとされる"還らずの洞窟"に急いだ。