VSゼウス
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私は今、お風呂で赤面していた。
なんで甘い香りがするんだよ!?
それは氷夜に罰ゲームで舐められたところから発せられていた。
くぅ〜、いくら私の体力が切れていたからって好き放題し過ぎだろ。
拒絶しなかった私も悪いのではあるが……。
「ぺろ」
……待て今、私は何をした?
「はぁ、氷夜のせいで私も変態になってしまった。」
どうやら私は無意識の内に匂いを嗅ぐだけでなく、氷夜が舌を這わせたそこを、舐めたらしい。
私はもう、いろいろな意味でのぼせそうなので早々に風呂を切り上げた。
悶々とした夜を終えた翌朝。
私達は久しぶりに定食屋で朝食をとっていた。
「失礼だが、君が氷夜か?」
「そうだけど。」
唐突に氷夜に話し掛けた男を見て私は絶句した。
「ゼウス殿!?」
私も数える程しか会ったことはないがその人は紛れもなく四天神の一人、ゼウス殿であった。
「神楽ちゃんがどうしてここにいるんだ?」
「私のことを覚えてくれていたのですか。」
「あぁ、美人だからな。」
……そうこの人は愛想もいいし悪い人じゃないんだが、少々女癖が悪いという欠点がある。
「神楽、ゼウスって……」
氷夜は私に小声で尋ねてきた。
「多分、氷夜が予想している通りだと思う。」
「なぁ、あんた偉いんだろ?
こんな所で油売ってていいのかよ?」
神相手でも遜らない氷夜は流石というか、無謀というか……
「威勢のいいガギだな。
俺は嫌いじゃないぜ、そういうの。」
「そりゃどうも。」
……いつになく不機嫌?
「心配するな、今はプライベートの時間だ。
でだ氷夜、俺と勝負しようじゃないか。」
「……いいよ。」
おかしい。
氷夜は普段、この手の誘いは必ず断っている。
相手がゼウス殿だから断れなかったのだろうか?
いや、氷夜に限ってそんなことはないだろう。
ではなぜ?
私は氷夜が不機嫌なことといい、少し不安になった。
「では一時間後、場所はこの先の広場でいいか?」
「構わない。」
それだけ言ってゼウス殿は店を出て行った。
「という訳で神楽、悪いけど今日の鍛錬は中止だね。」
「それは構わないが氷夜、勝てるのか?」
「勝つよ。」
氷夜の態度はいつもと同じように見えた。
しかし私には分かる氷夜は未だに不機嫌だ。
「なぁ、氷夜どうしてそんなに不機嫌なんだ?」
「………どうしてだと思う?」
……実を言うと心当たりが無いわけではなかった。
しかしそれは私の自惚れかもしれない。
「もしかしたらだが、私がゼウス殿と知り合いだからか?」
「さぁ、どうかな。」
こうやって氷夜は肝心なところではぐらかす。
だから私は氷夜の気持ちが正確に分からないでいた。
朝食も食べ終え、約束の一時間が経ち、私達は広場にいた。
「時間丁度だな。」
「………」
氷夜はゼウス殿の言葉を完全に無視し、ゼウス殿に向き合う。
私は二人の邪魔にならないように少し離れた所で見ていることにした。
二人の間に言葉は無く、ただ沈黙がその場を支配していた。
不意に風がふく。
それが合図だったかのように二人の間合いは極限となった。
氷夜も今回は初めから本気のようで、周りには二人の剣が打ち合う音だけが響く。
私はここ数日の鍛錬のおかげで、二人の動きを捉えられるようになっていた。
しかし、捉えられるが故に分かってしまう事がある。
どうやら、氷夜はまだまだ私には手加減していたんだな。
氷夜の動きは私と鍛錬している時とはまるで違い、もしも私が今の氷夜と戦えば数秒も保たずに敗北するだろう。
それは私にとって悔しくもあり、嬉しくもあった。
二人の剣技は対照的だ。
ゼウス殿は完璧な剣技。
氷夜は、体術も織り交ぜた型破りな剣技。
だが、そんな対照的な二人が繰り広げる戦いは私には美しい舞いのよいにも見えた。
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………強い。
流石は四天神といった所か隙が全くない。
先ほどから全力でかかっているが、少しも攻撃が当たらない。
上段から迫る剣の側面を蹴りつけその軌道をずらす。
そして、俺独自の特殊な呼吸法と、相手と自分のテンポのコントロールが可能にする一瞬の加速。
その一瞬の加速は相手の調子を崩し、反応を遅らせる。
その隙を狙い、加速した剣を脇腹めがけて走らせる。
勝負を決めるには充分な技の筈だった。
しかし、ゼウスは地面を滑るような摺り足でそれを避けてみせた。
人の事は言えないが、ゼウスの動きは最早人間技とは思えない。
まぁ、ゼウスは人じゃなくて神なんだが。
ゼウスは俺と同じく、神の力も霊術も使わず、その身一つで戦っていた。
俺は剣の他にも体術も武器にして戦っているのに対し、ゼウスは体の動きを全て剣技のサポートにまわしている。
その動きは洗礼されていて幾多もの戦場をくぐり抜けなければ到底たどり着かないだろう境地にたっしていた。
「まさか、俺にここまで食いついてくる奴がいるとはな。」
ゼウスはとても嬉しそうに呟いた。
実際、先ほどから顔は満面の笑みである。
俺は神楽につく虫は何であろうと振り払いたいんだよね。
だから、俺がここで負ける訳にはいかない。
「俺の方があんたより強いよ。」
「ハハハハ。
その負けん気、豪胆さ、気に入ったぞ!!」
ゼウスは豪快に笑い、そして顔を引き締め、目が本気に変わった。
俺は逆に体を脱力させ、無駄な力を一切無くした。
それは居合いの前の脱力に似ている。
先に仕掛けたのは俺だった。
俺は剣を居合いの要領でゼウスに繰り出す。
今までよりも速いその一撃は当然のようにゼウスに避けられ、その隙をつくように剣が放たれた。
次の瞬間、剣は殴られ、その軌道を変えた。
ゼウスは一瞬驚いたような顔をしたが、それで隙を見せるようなことはなく、俺の力を利用して素早く、間合いを取る。
しかし、その間合いを俺は許さず、一瞬にして間合いを詰め、ゼウスに剣を振るう。
ゼウスにしたら、俺がいきなり現れたように見えているだろう。
これは、ただ居合いと同じように、脱力したあとに瞬発的な力を出すことを繰り返しているに過ぎない。
しかし、俺の場合は完全な脱力を刹那的に行え、なおかつ、一瞬の加速も織り交ぜている。
ちなみに、神の力や霊術を使えばもっと速くなれるが、それは相対的に速くなるだけであり、術を使った本人からすれば周りが遅くなったような感覚である。
だから、"同じ土俵においての速さ"は今、俺達が行っているように肉体的速さなのだ。
俺の攻撃にゼウスは押され防戦一方になる。
しかし、それも一瞬のことで、徐々にゼウスも俺が脱力する刹那を狙って反撃をしてきた。
まだ、一撃も当ててないしくらってもいない。
そんな均衡状態だが、それはとても脆く、簡単に崩れるものだった。
俺は脱力中に一撃でもくらえば終わりだし、ゼウスも俺の攻撃を一撃でも防げなければ終わりだ。
だが、儚く脆い均衡は一秒以上も続いた。
そしてその均衡を崩すべく俺はある伏線を張っていた。
今までの攻撃に、複雑なリズムをつけることで、ゼウス自信にも気づかせることなく、動きをパターン化させていたのだ。
俺はいつもなら脱力を開始する場面で脱力せずに無理やり瞬発的な力を更に引き出した。
体中が悲鳴を上げる中、ゼウスのパターン化した剣を避け、繰り出した俺の渾身の一撃はゼウスの首に届いた。
「………引き分けか。」
俺の剣は確かにゼウスの首に届いていた。
しかし、それとほぼ同時にゼウスの手刀が俺の首にも届いていたのだ。
ゼウスが今まで一度も使わなかった体術で最後の最後でやられた。
ゼウスは剣技しか使わないと、思い込まされていたようだ。
伏線を張ってたのはお互い様って訳か。
「いや、俺の負けだ。」
ゼウスは満足そうな顔でそう言いった。
「なんでだよ?」
あのスピードで繰り出された手刀だ。
俺の首も確実に落ちていただろう。
「だって剣の方が格好いいだろ?」
なんでゼウスが剣技にこだわっていたのか分かった気がする。
「氷夜は、本当に強いんだな。
いやぁ〜大満足だ。
またいつか、やり合おう。」
ゼウスはそう言って帰って行った。