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神羅Ⅴ


俺は借り屋に戻っていた。

神楽と約束した夕方になっていたからだ。



「ただいま〜。

悪いな氷夜、少し遅くなった。」


「お帰り。」


「どうしたんだ氷夜!?」


神楽はとても心配そうな顔で俺に駆け寄ってきた。


「何で私を見て泣くんだ!?」


「え?」


自分の頬に触れるとそれは濡れていた。





明、俺はお前の事、結構好きだったみたいだぞ。



嗚咽をもらす訳でも悲しみに浸る訳でもない。

ただ単に涙が止まらなかった。





近寄ってきた神楽は無言で俺を抱きしめた。


「氷夜は強い。

だけど、たまには弱くても良いと思うぞ?

その弱さを許す為に私がいるんだ。」


いつか俺が神楽に言ったような言葉を神楽は俺にかけてくれた。


俺はこの優しい温もりに感謝し、それを失いたくしたくないと思う。

しかし同時に、俺はいつか神楽の為にこの温もりを自ら手放す日がくると心のどこかで悟っていた。













††††††††††††


氷夜のこんなにも弱々しい姿は初めてみた。

いつもおちゃらけていて、それでいていつも私を守り、救ってくれる氷夜は今は私の腕の中で、泣いていた。

その泣き顔はまるで泣き方を知らない子供がただ涙をながすようで、いつもと変わらない顔に涙だけが流れていった。


「なんで泣いているのか聞いてもいいか?」


「タマネギを切ったんだ。」


いつもの真剣な口調で、ふざけた事を言ってきた。

多分それは、氷夜なりの拒絶なのだろう。


「それは随分と強力なタマネギだったんだな。」


だから私も深くは追求しない。


「あぁ、強力なタマネギ、だったよ。」


氷夜は笑いながらそう呟いた。

だが、その笑いに悲しい響きを含んでいるのを感じ、氷夜を抱きしめる力を強くする。


「神楽、ありがとう。」


その言葉に返事をする事はせず、いつかのように氷夜を抱きしめ続けた。






いつしか氷夜の涙も止まり、その顔には微笑みが戻った。


私はこの時、どうしたら氷夜を元気付けられるか考えていた。

今から祭りに行っても氷夜は疲れてしまうに違いない。

それに実は祭りは明日が本番なので、必ずしも今日行く必要はなかった。



……一つだけ確実な方法があるにはあるんだよなぁ。


だが、それをする決心がつかないでいた。


「ごめん、出るのが遅くなったね。

じゃあ、お祭りに行こうか。」


いつもと同じように振る舞ってはいるが、それが空元気なのは私でもわかる。


私は覚悟を決めた。


「氷夜、祭りは明日もあるから、明日行けばいい。

今日は疲れていそうだし、これから温泉にでも行かないか?」


「温泉か……しばらく入ってないな。」


氷夜は私の提案を喜んで受け入れた。














はぁ、落ち着け私。


今、私達は街の温泉宿に温泉だけ浸かりに来ており、私は氷夜がいる露天風呂に酌用の酒を持ち、入ろうとしていた。

もちろん、この宿は姫の権限を全力行使し、貸切にしてある。


そう、これはあの時、後ろ向きに考えさせて貰っていたことであった。


はぁ、まさか私が男を体を張って元気付ける日がくるとはな……。


それは今まで頑なに交際を断ってきた神楽にすれば有り得ない事である。

神楽はそれをしてでも氷夜に元気になって欲しかった。

それくらい、神楽にとって氷夜は大切な人になっていたのだ。


「べ、別に好きって訳じゃないんだからな。」


誰に向けたかも分からない言い訳を一人呟く。



「よし、入るぞ。」


私はなるべく音が出ないように露天風呂に続く戸を開けた。


そこには、腰にタオルを巻き、温泉の縁に座る氷夜の姿があった。

どうやら氷夜は月を見ているようで、私とは逆の方向の空を見上げていた。

その姿は美しく、そして儚い。

私は思わず見惚れてしまっていた。


どれくらい氷夜に目を奪われていただろうか。

さすがに少し寒くなってきた頃。


「ねぇ、いつまでここにいるの?

ここは男湯だよ?」


氷夜は最初から気付いていたらしい。

当たり前か、いつでも私の周りを警戒してくれている氷夜が、私がここに入ってきた事が分からない訳がない。

どうやら氷夜はこちらを見ないように、ずっと月を眺め続けていてくれたようだ。


変な所で紳士なんだよな氷夜は。


「こっちを見ても大丈夫だ。ちゃんとタオルを巻いている。

いつかの提案を呑んで、ほら、露天風呂で酌をしに来てやったぞ。

ただし、襲うなよ?」


「あ〜、そんなこともあったね。

悪い、冷えちゃったでしょ?

早く湯船に浸かりなよ。」


「あ、あぁ。」


若干緊張しながらも湯船に浸かった。

近くで見るほぼ裸の氷夜はいつもより肌に赤みが増して、普段よりも更に色っぽい。


「はい。」


私は氷夜にお酌をする。


「神楽、いつも以上に綺麗だな。」


そんなことを氷夜に真剣な顔で言われてしまう。


「思わず襲っちまいそうだ。」


「それは約束違反だろ?」


心のどこかでそれでも構わないと思う自分がいたが、それ以上に氷夜はそんなことはしないと私は知っている。


「肩を寄せるのはセーフだよな?」


そういって氷夜は肩を寄せ、私の肩と触れる。


「ギリギリだがな。」


私もそれを拒まなかった。


「なぁ神楽、大切な物ってのは当然にそこにあるようで、案外脆い物なんだよな。」


なぜだろう、私は急に氷夜がどこかに行ってしまうんじゃないかという不安にかられた。


「氷夜、ずっと私のそばにいてくれるよな?」


氷夜は意地の悪い顔になる。


「そうだな、神楽がディープなキスをしてくれたら考えなくもないな。」


「調子にのるな。」


氷夜の額を人差し指で押す。

この時、私は氷夜の答えを氷夜なりの肯定として捉えた。

氷夜の目が僅かに曇ったことにも気づかずに。



キスより先にまず告白が先だろ!!


私はその時、顔を赤くしてそんな事を考えていた。


「ペロ」


私が塾考している間に氷夜は私の首もとに顔をよせ、舌を這わせた。


「な、なにを!?」


「神楽は美味しいね。」


「ぶさけるな!!」


「アハハハ」


そんなふざけあい、じゃれあいはその後、二人がのぼせるまで続いた。














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