嫌な影
「初めてのデートはどう?」
氷夜の顔は意地悪な顔だった。
「初めてじゃないし、そもそもデートでもない!!」
もう、おっちゃん……
余計なことを氷夜に教えんなよ……
あとで、奥さんにおっちゃんが酒場の女性にナンパしていた事を告げ口しようと心に誓った。
「氷夜、気付いてるか?」
それは複数人の気配。
私でも何とか分かるような極少のものだった。
おそらくは手練れの暗殺部隊だろう。
その気配は、私達が王宮を出た瞬間から感じられたがせっかくの楽しい気分を台無しにするのも嫌なので今まで黙っていた。
しかし、そろそろどうにかしなければならないだろう。
「ああ、勿論。
毒を盛った奴とも関係してるかもな。」
「どうする?」
私と氷夜なら正面から戦えば負ける事はまずないだろうが、寝込みを襲われたりするのは厄介だ。
「俺が何とかしておくから、先に借り屋に行っといて。」
「それは危なくないか?
そもそも氷夜は借り屋の場所を知らないだろう?」
「それは大丈夫だ。
俺は神楽がどこにいても、どんな状況で、どんな事をして、どんな服を着ているのかも分かるからな。」
「………ストーカー宣言か?」
暗殺者よりも氷夜の方が危険なのでは?
「集中すれば、下着も……っと。」
「分かったら殴る!!」
くそ、氷夜も学習したのか私の言葉と同時に放たれた拳をしっかりガードしてくる。
「チュッ」
しかし、信じられない事に、氷夜の奴は受け止めた私の手の甲にキスをしやがった。
「じゃあ、夕飯までには帰るから。
美味しい夕飯を期待してるよ。」
私が我に帰る前に氷夜は急いでその場を去っていた。
………はぁ、まったくあいつは。
しかし、満更でもないと感じていた自分がいることも確かだった。
††††††††††††
今の俺は割と不機嫌だ。
暗殺者がデートを邪魔したから?
違う。暗殺者など俺にとっては気にする価値もない物だ。
ではなぜ、俺はここまで不機嫌なのか、それは奴らから懐かしい、そう俺の元いた世界の匂いが微かにするからだ。
しかし、この暗殺者達は俺の世界の奴らではない。
おそらくは、間接的に関わっているのだろう。
「さて、ここまで来ればいいだろう。」
俺は街外れの薄暗い空き地にきていた。
街中では目立ちすぎるし、神楽の好きな街を壊したくはないからだ。
検索によると、殺者は九人、その内二人が神楽のもとに向かっていた。
「お前らの相手は俺だろ?」
俺は神楽に向かった二人に重力によって次元を歪めて作った、"亜空間の扉"(通称どこでもドア)を遙か離れた二人と、周囲にいた七人の足下に展開する。
それをくぐった九人は俺の前に落ちてきた。
流石にプロというべきか、何が起きたか理解できていないだろう状況でも俺がやった事だと判断して取り乱すことなく、数に利があると分かるや、俺を取り囲み始めた。
「俺が誰かを知って刃を向けるか?
いや、知るわけないか…」
俺の世界じゃぁ、俺を見た奴の反応は、逃げるか、懺悔するかのどちらかだったからな……
刃物を向けられるのは久しぶりだ。
「せっかくだけど、神楽が待ってるからあんまり遊んでられないんだ。」
しばらく俺の様子を見ていた暗殺者達は一斉に襲いかかってきた。
しかし、暗殺者達の刃が氷夜に届くことはない。
暗殺者達は一人を除いて黒い物体に突き刺さり息絶えていた。
「未知物質」
これは俺が使える闇の力。俺の世界では、闇は曖昧なものではなく、ブラックホールによる超重力により変化した未知の物質、つまりダークマターが闇とされていた。
黒く禍々しいそれは闇の力の一角であり、能力発動が周りにバレないように力を限りなく弱めた物である。
俺が使える重力と闇の力は強力だが、それでも俺の本来の能力の副産物に過ぎない。
「貴様、人間か!?」
あえて一人残しておいたのは、その懐かしい匂いの元を探るためである。
「おまえ、俺の他にも能力者に会ってるだろ?」
「……………」
沈黙を決め込んだ暗殺者はこれ以上喋る気はないらしいが、俺はそれでも構わない。
「別に喋らないでもいいよ。」
俺は闇の力を使い、暗殺者を拘束し、喉を潰した。
「むしろ叫ばれたりした方が厄介だ。」
喉を潰され、殆ど瀕死状態の暗殺者の頭に手を添える。
「検索」
この業は相手の脳を直接調べることもできる。
どうやら、この暗殺者は依頼主の顔も名前も知らないようだ。
しかし、依頼主の使者が能力者で、おそらく俺の世界の奴だろう。
つまり、この国のお偉いさんが俺の世界の奴らと何か企んでいるらしい。
暗殺者は息絶えて、倒れた。
この検索の使用法は脳に負担をかけ過ぎてしまい、使用された者は死亡してしまう。
九人もの命を奪った氷夜はしかし、特にそれを気にすることもなくその場を立ち去った。
というのも、これくらいは氷夜の世界では日常茶飯事であり、むしろ軽い方だと言えたからだ。
う〜ん、最近は俺の周りに結構な暗殺者がいるからな………。
しかも俺を狙ってる奴は一人じゃないらしく、お目当ての、俺の世界の奴とつるんでる誰かを絞り込むのはできなくはないが、大変である。
面倒なので、俺か神楽に害の無い限りは放っておく事にした。
「さてと、神楽にお土産でも買って帰るかな。」
俺はちゃっかりと暗殺者から金目の物を奪っていたので、神楽にお土産くらい買えるお金を持っていた。
俺、及び、暗殺者から奪った物に付着した血の匂いを分子レベルで分解し、薄暗い空き地から、光が射す神楽のいる街に歩いていった。