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初顔合わせは気取らずに 2


 お散歩のようにのんびりと歩きながら、四人でわたしの家に向かった。翔君はパパと手を繋いで前を、わたしは彼のお母さんと並んでその後ろを歩いた。

 昨日は彼に車で送ってもらったけど、二人の家は歩いても十分ちょっとの距離。いまは翔君のペースに合わせているから二十分……もう少し掛かるくらいかな。

「本当にご迷惑じゃないのかしら……」

 彼のお母さんはまだ尻込みしている様子。




 さっき彼のお母さんとの電話を切ってから、うちの母にも電話した。本当に誘ったのかと呆れていたけど、わたしが家を出るときには日曜にも関わらず朝から掃除機をかけていたので、もう諦めていたんだろう。

「お母様もおみえになるけど、あんまり気取らないでね……」

 笑って電話を切ったわたしをじっと法村さんが見ていた。何か言われるのかなと身構えていたらふっと笑って、行こうかと翔君の手を取って歩き始めた。遅れて続こうとするわたしに翔君が振り返って空いているもう一方の手を伸ばした。

「ぶーん、ぶーん」

「ぶーらんするのか」

 ああ、心得ました。

 三人で横に並んで手を繋ぐと、翔君が真ん中で両足を上げてぶらんぶらんと身体を前後に揺らし始めた。身体が揺れるたびにぶーんぶーんと自分で音を付けている。その様子が本当に楽しそうで、こちらまで一緒に笑顔になってしまう。


 そうやって二人の間に翔君をぶら下げ(?)ながら彼のお家まで歩く道のり。

「諒子さんはみんなを自分のペースに乗せるのがうまいね」

「え? そうですか?」

 思いがけないことを言われた。そんなつもりは全くないんだけどな。

「うちの母もそうだけど、そちらのお母さんも、今日のことはもともとそんなに乗り気じゃなかったんじゃないの?」

 まあ、そうですけど。

「でも、なんだか知らないうちに一緒に食事することになっちゃって……」

 くっくっと笑っている。

「一ヶ月後には最初に諒子さんが言ってたとおり、本当に僕たち結婚してたりして……」

 いたずらっ子のような目でわたしを見てる。からかってるのね。

「そうかもしれませんよ」

 こっちだってからかわれてばっかりじゃいませんよ。

「ぶーん、ぶーん!」

 ちょっと手がおろそかになったのを怒るように翔君が催促して、自分に注意を引きつけたのだった。



 「お母さん、そんなにかしこまらないでください。そんな気取った家じゃないんだし、ちょっと近所の家に出掛けるだけじゃないですか」

 まだ渋るお母さんをやっと説得し、我が家へ向かうことになったけど、今度は何を着ていけばいいかとか、途中で手土産を買っていくとかそんな心配をしていらっしゃる様子だったのを、ようやく外に連れ出した。

「そんなこと言っても、お嫁さんに来ていただくことになるかもしれないお嬢さんのお宅に初めて伺うのに、手ぶらで、しかもこんな格好で……」

「全部、わたしのせいですよ。突然言い出したことなんだし、うちの母だって呆れてるんですから。わたしたちだってこんな格好だし」

 彼のお母さんは普段着とはいっても、ちょっと電車に乗ってお出かけしたって何らおかしくない姿。逆にわたしたちの方は翔君の外遊びからそのまま出掛けてきたので、二人ともラフなジーンズ姿で、その辺に泥や落ち葉だってくっついてるかもしれない。

 ぶつぶつ言ってるお母さんを宥めながら家へと向かった。



「本当に突然伺いまして……」

「いえいえ、娘が無理を申しまして……」

 初めましての挨拶もそこそこに双方の母が始めてしまったので、気の済むようしばらく話していただいた後に、頃合いを見計らって声を掛けた。

「突然にお誘いしたわたしが全部悪いんですから、そろそろ上がっていただいてお昼にしませんか?」

「あら、すみません、こんなところで長々と。どうぞ、お上がりください」

 母が慌てて奥にご案内した。


 玄関先にこそ出てこなかったけど、リビングと続きになっている和室には父も待ちかねていたように立っていた。

「うちの父です。こちらは法村尚人さんとお母様。息子さんの翔君よ」

 大人達の挨拶を頭越しに聞いていた翔君も一緒になって、わー、と挨拶している様子に一気にその場の雰囲気が和んだ。


「翔君はおうどん食べるかしら? 大人にはお寿司と思ったんですけど、一歳のお子さんが食べられるものがあるか分からなかったから用意してみたんですけど」

 母が彼に尋ねた。全然気付いてなかった。

「ありがとうございます。お寿司も食べなくはないんですけど、食べ散らかすばっかりなので助かります。翔、うどんがあるってさ」

 まんまーと翔君が膝を曲げ伸ばししてぴょんぴょんと弾んだ。



 食事しながらの雑談で少しずつ雰囲気が砕けたものになってきたら、母は彼のお母さんにわたしのことをこぼし始めた。まったく嫁にやろうって気があるのかしら。あちらのお母さんにわたしのことを愚痴るってどういうことよ。


「ホントに娘が非常識なことばかり言っちゃってすみません。お母様も驚かれますよねぇ。突然お見合いするって言い出したと思ったら、お見合いの翌日にご家族を家まで引っ張って来ちゃうなんて……。どこで育て方を間違ったのかしら。お恥ずかしいです」

「とんでもありません。明るいお嬢さんで。こちらに今日伺うのはご迷惑じゃないかと心配だったのは確かなんですけど、伺わせていただいて良かったです。ご家族の皆さんのお人柄が分かって安心しました」

 この言葉にはわたしも少しほっとした。まぁ、社交辞令もあるかもしれないけど。



 横を見ると父は飾り棚からお土産物のだるま落としを翔君に出してきて、積み上げている。翔君は木槌で叩くのではなく、一緒に積み上げてはだーん、と声を掛けて手で崩してはきゃっきゃっと笑い転げている。

 兄のところにもまだ子どもはいないので、父が幼い子どもを相手にするところは初めて見たけど、地味に楽しそう。にこにこしている。思い出してみれば、わたしたちも小さい頃はよく遊んでもらった。六十歳を過ぎているので、もう孫を持っている友人も多いんだろう。わたしも早く孫を抱かせてあげたいなと思った。

 うん、その点でも、法村さんはやっぱりいいかな。だってもれなく翔君が付いてくる。


 父と翔君が遊ぶ様子を見ていた法村さんが言った。

「普段、翔が家族以外の人と関わるところなんてあんまり見ないから、こういうところ見るとなんかいいなぁって思うよ。うちは母と僕だけだし、事情が事情だけにあっちの祖父母とは疎遠になっちゃったしね」

「家族が増えるのって何かいいですよね」

 ちょっと二人でしみじみしてしまったのである。




 法村さん達が帰って片付けをすませた後、お茶を飲みながら両親に尋ねた。

「どうだった。法村さん達。良さそうなご家族じゃない?」

「そうねぇ」

 父は何か返事する訳じゃなかったけど、にこにこしていた。

「わたしはこのままお話進めたいんだけど、いいかな」

 母が父の方を気にしながら言った

「このまま進めるって、昨日言ってた一ヶ月後に式場予約してってやつ?」

 初耳の父はぎょっとした様子。父にも説明するように返事する。

「まぁ、あちらの方の気持ちもあるから、一ヶ月って訳にはいかないかもしれないけど。なるべく早く結婚して子どもが欲しいと思ってるのよ、お父さん。式だけおとなしめに挙げてくれるところでやることにして、先に予約入れといて、式までの間に付き合って知り合うことにして、その間に性格とか合わないと分かったらキャンセルすることにする」



 父はそんなに短い間で何が分かるんだとうろたえた様子だったけど、三年付き合っても分からなかったんだから、結婚は冒険よと言って二人をまたもや呆れさせたのだった。

 結婚は冒険と言ったけれど、少なくとも法村さんは和真とは違って子どもを大事にしていることと、わたしが子どもを欲しいと思っている気持ちも理解してくれただろうということだけは分かっていた。



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