初顔合わせは気取らずに 1
お見合いをして、帰ってきてすぐに結婚するかも……と言ったわたしに当然の事ながら母は驚いた。
「あんた、会ったばっかりでそんな……」
「付き合いが長けりゃいいってもんじゃないのは、和真のことで身に染みたのよ」
母にはもちろん彼との結婚をやめた事情を話してあった。
「それにしたってそんな極端な……」
「法村さんにはあれこれ包み隠さず、早く結婚して子どもが欲しいって言ってきたし、それが理由で前の彼とは別れたばっかりだって事も話してきた。ダメになるなら、さっさとダメになった方がお互いにダメージも少ないでしょ」
ズズッと母が入れてくれたお茶をすすって、これも一気に言ってしまった。
「一ヶ月後に結婚したいって言ったらさすがに引いてたけどね」
目が点とはこれかと言う表情で固まった後、
「当たり前でしょ!」
と怒鳴られた。
「まあ、一ヶ月はさすがに言い過ぎだったわ」
鼻息も荒く当然だと言わんばかりの母。
「でもお母さん。法村さんと結婚することになったとしても、大げさな結婚式じゃなくていいよね? お兄ちゃんのとこみたいな結婚式なら、わたししなくていいや」
母も苦い顔を見せた。
「まあ、結婚式は花嫁さんの為ってのは分かるけど、あれはやりすぎだったわね」
兄のお嫁さんは凝った派手めな演出が好きだったらしく、お色直しも数回あって、新郎新婦はあまり金屏風の前にいなかった。時間も長いご立派な披露宴で、向こうの招待客の人数に合わせて、しかたなくこちらも普通なら呼ばない親戚にまで声を掛けたのだった。
「わたしは別に簡単な挙式と写真を撮るだけでいいんだよね。出席者も家族だけでいいんだけどな……」
地味婚ってやつ?と母の顔色を窺った。
「……なんでそういうのがいいの? なんか理由でもあるの?」
なんだかもう諦めたようにため息混じり。
「前にも言ったけど、わたし早く子どもが欲しい。再来月には二十九歳なんだもん。法村さんは今日あった限りはいい人そうに見えたし、彼のお母さんとお子さんにも会ったけど、うまくやっていけるんじゃないかと思った」
何の関係があるのかと思ったんだろう。不思議そうな顔をした。
「もう会ったの?」
「うん、お家にお邪魔してきた」
もう見慣れてしまった母の呆れた表情。
「で、法村さんには早めに簡単な結婚式の手配をして、式までの間に相手に不満があったら式はキャンセルしちゃうっていうのはどうですかって……。簡素な式ならキャンセル料もそんなに取られないでしょ。それが一ヶ月先……」
「そんなこと言ったの?」
あんたって子はもう……と説教された。
「……それで法村さんはなんておっしゃったの?」
「驚いてたけど、少し考えさせてくれって。あと、自分は再婚だからそれでもいいけど、わたしは初婚だからお母さん達は納得しないんじゃないかって。取りあえず、性格とか相性とかぐらいは見当が付く程度にはお付き合いしてみましょうって事になった」
そりゃあ当然だと母は頷いた。あんたと違って常識がありそうな人で良かったわ……なんて嫌みを言われた。
「向こうは一歳の子どもさんがいるし、明日は一緒に近所の公園に行くんだけど、お昼にでもうちに誘ってもいい?」
「そんな、突然……」
お掃除がとか何とか言う母に言った。
「お母さん、別に家の中が散らかってるわけでもないし、普段通りでいいじゃない。見栄張ったら後が大変よ」
「あんたは開けっぴろげすぎるのよ!」
まあ、そうだけど。
「知り合う時間が短いんだから、なおさら隠さないで誤解がないようにした方が、後でこんな筈じゃなかったなんて思われなくっていいじゃん」
立ち上がって、誘えたら向こうのお母さんも誘うからお寿司でもとろうよ……と言いながら居間を出るわたしに、母の文句を言う声が聞こえたが、聞き流して自分の部屋へと向かった。
翌日曜日はいいお天気だった。
この前出会った近所の公園で十時に待ち合わせた。
「翔くーん。おはよー」
「あーよー」
ちょこちょこと掛けてくる翔君をしゃがんで待ち受けた。その後を法村さんが遊び道具を手に歩いてきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「あーよー」
翔君までもう一度ご挨拶。たどたどしい言葉遣いさえ可愛らしい。
「朝からもたもたしちゃって待たせちゃいましたね」
待ち合わせの時間を十分ほど過ぎていた。実は、待ちきれなかったわたしは、さらに十分前にはここに着いていたので、二十分ほどよその親子連れをウォッチングしていた。でも、今回はこの前の時のようにむなしくはなかった。
「気にしないでください。小さなお子さんがいると何でも予定通りには進みませんよね」
翔君はパパの足下でしゃがみ込んで、おもちゃの入った袋をごそごそかき回していた。
彼はボールを見つけて取り出すと、いきなりわたしの方に向かって投げた。
「あ、こら、翔」
この前ちょっとボールで遊んだだけのわたしを覚えているわけではないだろう。まさかねと思いながらも、にこにこする翔君にはやっぱり弱いわたし。後ろにそらしてしまったボールを、この前のようにいそいそと拾いに行ったのだった。
翔君はボールをひとしきり追いかけた後、今は落ち葉や石をほんの少しバケツに詰めてきては、わたしたちが座るベンチのところまで運んでくる。
「そうだ、今日はこの後何か予定ありますか?」
「いや、特にはないけど……」
彼は翔君の様子を目で追いながら答えた。
「それなら、うちに来てお昼をご一緒しませんか? よろしかったらお母さんも」
「……今日これからですか?」
ぱっとわたしの方を見た。見慣れちゃいました。その驚いた顔。
「わたしはもう法村さんのお母さんにお会いしたし、法村さんもうちの家族がどんな人間か、会っておいたらどうですか? そりの合わない人と親戚づきあいしていくのってイヤでしょう?」
「昨日の今日でご迷惑でしょう」
当たり障りのないように断ってるんだろうなと思ったけど、簡単には引き下がりませんよ。
「わたし、うちの母には昨日のお話、ほぼその通りに話したんですよ。もちろんお説教されましたけどね」
彼はもう翔君の事を見てなかった。翔君が公園の出口の方へ向かいかけるのを、わたしが追いかけてベンチのところへ抱っこして連れ帰ったときには立ち上がっていて、すみませんと呟いた。
「翔君、ここに葉っぱのお山作ろうか」
そう言って地面に丸を書いて、少し葉っぱを積むようにすると彼もまねをしだしたのを見て、続けた。
「呆れてはいましたけど、わたしから言い出したことだって分かってますから、遠慮せずに来てください」
「……でも……」
「わたしにはその方がありがたいです。早く結婚する為に顔合わせも早く済ませたいっていうのもありますけど、それだけでもないんです。兄のお嫁さんは悪い人じゃないと思うんですけど、まだ若いせいか、自分の実家ばっかり居心地がいいみたいで、うちには寄りついてくれないんですよね。まだ子どもはいないんですけど、生まれたとしてもどうなることやらって感じです。わたしの結婚でまで寂しい思いはさせたくないです。せっかく家も近いんだし、両方行き来できるのって良くないですか?」
彼はしばらく黙っていたが、やがてくっくっと笑った。
「すっかり諒子さんのペースだな。母に電話してみます。翔、お片付けできるか?」
「やー」
機嫌良く遊んでいた翔君はお片付けの言葉にイヤイヤをしたけど、おばあちゃんも一緒にご飯を食べに行くよと言われると、気が変わったようだった。
「ばーばー、まんま」
「うん、葉っぱお片付けしてからね」
彼がお家に電話している間に翔君と一緒に集めた落ち葉をバケツに詰めて、植え込みの落ち葉の山に戻しに行く。
戻ってもまだ電話中だった彼は、少し揉めているようだった。
「ちょっと替わってもらえます?」
彼から携帯を受け取った。
「もしもしおはようございます。島野です」
『諒子さん? おはようございます……』
「いきなりのお誘いですみません。ご都合悪かったですか?」
『そんなことないけど……、昨日の今日で諒子さんのお母様こそご迷惑なんじゃないかしら?』
「いえ、お誘いしておいて何ですけど、手料理でおもてなしって訳じゃなくて、楽をさせていただいてお寿司でもとろうかなと思って……。お食事しながら気楽にお知り合いになりませんか? それともご迷惑でしょうか?」
そんなことないけど……と断り切れなさそうな感じを受けたので、これからそちらの戻るので一緒に行きましょう、と強引に誘って電話を切った。
「じゃあ、お家に一度戻りましょうか」
振り向いて彼と翔君ににっこり笑いかけた。