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その笑顔にやられましたとも


 こういった形のお見合いはどういう流れでいくものなのか。何か定番の段取りのようなものはあるのかしら?

 ホテルのティールームでかなり突っ込んだ話をしたわたしたちだったけど、食事をするにも時間はまだ早いということで、いったんそこを出ることにした。


「お見合いって初めてで、どういう具合になるか分からなかったから、一応、車で来てるんだけど、ドライブにでも行く?」

「ドライブですか?」

「まあ、ドライブって言っても、行く当てがある訳じゃないけど」

「それじゃあ……、今日は翔君はおばあちゃんとお留守番ですよね? 会いに行っちゃいけませんか?」

 ドライブにでもと誘われて、まず思い付いたのは翔君のことだった。




 つい三十分ほど前、突拍子もない提案で彼を絶句させた。そりゃあ、誰だって絶句するわよね。

 初めて会った(最初の出会いはカウントするまでもないだろう)見合い相手に、一ヶ月後に結婚したいと言われれば……。

 まあ、一ヶ月後は言い過ぎたかなと今頃じわじわ反省してるんだけどね。


 あの後たっぷり一分は固まっていた彼だったけど(ちなみに口もぽかんと開いていた)、はっと気が付いたようにコーヒーカップを口に持っていった。口を潤してから少し考えた後でこう言った。

「さすがにすぐに返事は出来かねるな」

「……そうですよね」

 後に続くのは多分体のいい断わり文句か……。それとも今日家に帰ったら、きっと酒井さんから電話が入って、お行儀よく断わられるのね。諦めモードでそんなことをつらつらと考えていた。


「少し考えさせてもらっていいかな」

 えっ、その言葉にぱっと顔を上げた。

「考えてもらえるんですか? っていうことは多少の望みはあるってことですか?」

「多少の望みよりはもっと上だよ。ただ、いくら早く決めたいって言っても、性格とか相性とかそれぐらいは見当付く程度には知りたいな」

 それはそうですねと頷かざるをえない、まっとうな意見だった。

 それならまずお付き合いを始めてみないことには……、ということで早速どうしましょうかと、取りあえず長居してしまったティールームを出たのである。




 彼の車は白いワンボックスのファミリーカー。後部座席には当然のことながらベビーシートが取り付けてあった。

「本当にうちに直行でいいんですか? どこか出掛けたり食事とかの方がいいんじゃないですか?」

 運転しながら助手席に座るわたしをちらちら見てそう言った。

「いえ、翔君に会う方が楽しそう。あ、もしかして突然でお母様にはご迷惑だったですよね」

 どうもすいませんと謝ったわたしに、それは大丈夫と請け合ってくれた。

「うちの母は人が訪ねてくるのが嬉しい方で、ご近所さんなんかもしょっちゅう上がり込んでるからそっちは平気。さっき電話したときもダメとは言ってなかったし」

「そうですか? つい思い付いたことを口にしちゃって……。でも、早速翔君とお母様にもお会いできて嬉しいです」

「まあ、気取ったうちでもないんで、気楽にどうぞ」



「ただいまー」

 彼の声に玄関ホールに面した部屋から男の子が飛び出して、とことこと駆けてきた。

「ぱーぱ」

「翔、ただいま。お利口さんにしてたか?」

 そう言ってひょいっと勢いよく彼を抱き上げた。

「お帰りなさい」

「りー」

 奥から出ていらしたお母様の声に続くように、また翔君も法村さんに声を掛ける。やっぱり可愛いー。ついつられて笑顔になる。

「母さん、こちらが島野諒子さん。翔と母さんに会いたいって言うから連れてきた」

「はじめまして、島野です。突然お邪魔しましてすみません」

「はじめまして、いらっしゃいませ。こんなところではなんですからお上がりくださいな」

「なー」

 言葉尻だけを繰り返す翔君に、大人たちの顔がほころぶ。

「それじゃあ、お邪魔いたします」


「どうぞ掛けてください」

 リビングのソファに案内されて、お茶を入れてくるわねと言ったお母様に、ケーキの箱を差し出した。

「これ、さっきのホテルでみんなで頂こうと思って、多めに買ってきたんですけど……、お茶の支度手伝います」

「あら、座っててくれていいのよ」

「二人でやった方が早いですから、お手伝いさせてください」

「……じゃあ、お願いしようかしら」

 お母さんの後ろについてキッチンへ向かった。


「お母様にはこれがいいだろうって法村さんが言ってましたけど、いいですか? これで」

 お盆の上にセットしたお皿にひとつずつケーキをのせる。彼と翔君の好みは買うときにすでに聞いてあった。

「いろいろあるのねぇ、でもやっぱりそれがいいわね」

 お母さんは彼の選んだものを指さした。

「ちゃんとお母様の好みが分かってらっしゃるんですねぇ」

 そんな些細なことでも、家族の仲の良さが分かった。

「お母様は柄じゃないからやめてよ。お母さんでいいわよ、普通に」

 その言葉にちょっと戸惑う。お母様というのなら、セールストークなんかで他人からでも呼ばれることはあると思うけど、同じ意味なのにお母さんと呼ぶのは一気に親しげになるような気がして、敢えてお母様と呼んでいたんだけど……。ま、いっか。ご本人がそう呼んでくれって言うなら。

「じゃあ、これ向こうに持っていきますね」




 大人達はソファに座り、翔君には子供用の椅子がテーブルの前に置かれたけど、彼はテーブルにつかまり立ちしてご機嫌だった。膝を曲げ伸ばしするように身体をぴょんぴょん弾ませて、パパのところに行ったりおばあちゃんのところに行ったりしながら、ケーキを口に入れてもらってにこにこしてる。

「翔、お座りしなさい。お行儀悪いぞ」

 そういう法村さんの声は笑いを含んだ声だ。

「そうよ、お客様に笑われるわよ」

 お母さんが手を伸ばして生クリームの付いた口元をティッシュで拭った。


 翔君を中心に、とても和やかな雰囲気。これよ、これがわたしの憧れてた風景なのよ。

 お父さん、おばあちゃんのところでケーキを口に運んでもらった翔君は、テーブルを回ってわたしのところにもやってきた。わ、わたしもあげてもいいのかしら。えーい、止められる前にあげちゃえ。

「はいどうぞ」

 小さくすくったケーキを近づけると、わたしの顔をじっと見ながら、あーんと口にしてくれた。餌付けしてる気分。

「翔ダメだよ、それはお姉さんの分だよ」

 お姉さんなんて、気を遣わなくてもわたしのことなんておばちゃんで充分よ。そんなことより彼が翔君を手元に引き寄せるのでがっかり。

「構いませんよ。翔君とも仲良しになりたいし」

 翔君の方を見て、ねー、と言うと彼も、訳も分からずにっこり笑って、ねーと言う。



 最初は遠巻きに様子を伺っていた翔君が、だんだんと距離を縮めて近寄ってきてくれるのが嬉しくてしょうがない。今みたいにわたしに向かってにっこりされると舞い上がってしまう。

「ほんと、かわいらしいお子さんですね」

「いや、最近甘やかしすぎかなって、ちょっと反省してるんですよ。やっぱり不憫だなって思う気持ちがあって……。でも、だんだん我が強くなる時期にもなってくるだろうから、ちょっとこっちも気を引き締めて、しつけてやらないと本人の為にもなりませんよね」

「なかなか難しいんですね。でも、こんなに愛想良くにこにこされると、なんかいいなりになっちゃいそうですね」

 お父さんの手を逃れた翔君は、部屋の隅に置いてあるおもちゃ箱の中から何かおもちゃを手にして、わたしの方にやってきた。

「むー」

 キャラクターの名前なのか何なのかわたしには分からないが、説明でもするかのように何か言いながらわたしに見せてくれる。

「むーなの?」

 人形をわたしの手に押しつけるとまた次の何かを取りにいって、一言二言呟いてはまた次、ということを繰り返す。そして必ず笑顔つき。


 ええ、ええ、その笑顔にやられましたとも。




「今日は、本当にいきなりお邪魔してすみませんでした」

「何のお構いも出来ませんでしたけど、またいらしてくださいね」

 よくあるお暇のご挨拶をして、法村さんのお宅の玄関を出た。

「翔君、またねバイバイ」

 おばあちゃんに抱っこされて外まで出てきた翔君は、手だけは振るけど顔はおばあちゃんの胸元にくっつけている。ちょっと寂しくなっちゃったのか、さっきまでの元気はない。あー、わたしまで後ろ髪引かれちゃう。

 わたしの家まではわずかな距離だけど、法村さんが車で送ってくれた。


「あの、これからもお会いするんだったら翔君も一緒にどうですか? 短い期間に知り合おうと思ったら頻繁に会うことになると思いますけど、法村さんもお休みの日しか翔君とゆっくり過ごせませんよね?」

 平日だってお母さんに子どもを預けているんだから、独り者のデートみたいに遅くなるわけにもいかないだろうし、翔君の生活のリズムだってくずれる。

「それでいいんですか?」

「結局それが一番お互いに知りたいところが分かるんじゃないでしょうか」

 結婚すれば、いつも外食に行く訳じゃないし、翔君はいつも一緒なんだもん。そういうときの子どもに接する態度とかを知ることの方が、大事なことじゃないかと思うし、彼もわたしがどういうふうに翔君やお母さんと接するかを見極めたいんじゃないかしら。

「うーん、諒子さんがそれでいいなら、そうさせてもらおうかな。正直、土日まで翔を母に預けっぱなしっていうのは、気が引けてしょうがないんですよ」

 わたしの方は構いませんと返事をしたが、本当に望むところだった。

 家にはすぐに到着して、そのまま別れて家に入った。


 母のどうだった? の声。

「お母さん。向こうから断わられることが無ければ、わたし法村さんと結婚するかも」

 お見合いして帰ったその当日のこの発言に、当然の事ながら母は目を丸くしたのであった。




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