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お見合い結婚? 恋愛結婚?


 挙式は十一時から。支度に時間が掛かるので、式場にはもちろんわたしが一番のりだった。


 打ち合わせの時と同じようにお化粧や着付けが進んでいくのに、やはりこの前とは全然気持ちや緊張の度合いが違う。

 鏡の中にはどんどん普段とは少し違った、何割増しかのわたしができあがっていく。プチ別人? 

 これじゃ詐欺よねー、なんて無理にいつもの調子に戻るように妙なことを考えてみたりして……。


 ほぼ支度が終わりかけた頃、部屋の入り口の辺りに尚人さんが姿を現わした。

 大きな鏡の前に立ちベールをつけて貰っているわたしと鏡越しに目があって、小さく手を振ってくれた。

 彼の方はすべて準備が整ったようで、写真を撮るためにわたし待ちの状態みたい。

 彼はリラックスしているというほどでは無いかもしれないけど、緊張した様子でも無く、軽く壁にもたれかかったその余裕な態度がちょっと癪に障る。



 ヘアメイクの女性が最後にベールの形を整えて離れると、わたしの方も準備OK。

 シンプルだけど、それでも裾を引くデザインのドレス姿なので、係の人にかしづかれるように裾を持ってもらいながらまずはスタジオに移動する。そのとき今日初めて彼と言葉を交わすことが出来た。

「きれいだね。よく似合ってる」

 ちょっと身体を引くようにして、全身をながめてそう言った。

「尚人さんも格好いいわよ」

 衣装合わせが別だったので、彼には初めて見せるドレス姿に照れながら、わたしもそんなふうに返した。

 スクリーンの前に立ち、操り人形のように言われるままにポーズを取りながら何枚も写真を撮られているうちに、挙式の時間も少しずつ迫ってきて、だんだんと緊張してきた。


「じゃあまたあとでね」

 ろくに言葉を交わす余裕もなく、この後の進行の確認をもう一度されて、それぞれのスタンバイ位置に移動となった。

 さすがにどきどきしながらチャペルの入口に向かうと、大きなドアの脇には係の人と一緒に父の姿。わたしらしくもなく、しずしずと近寄った。

「お父さん。どう? なかなかきれいでしょ?」

 なんだか恥ずかしくて照れくさくて、それをごまかすように図々しくも自分からそう尋ねた。

「ああ」

 父は一言そう言っただけだったけど、最近見たことがないほどにこにこしてた。

 


 幼い頃から、いつも父のこの笑顔を見ると安心した。

 わたしにとって、父は厳しいと言うよりいつも穏やかで安心感を与えてくれる人だった。その父の元から今日巣立つ……。

 んーっ、あんまり深く考えすぎると涙が出ちゃう。

 やめやめ、皆さんの前にはきれいに登場するんだからね。ばっちり大きく見えるようにメイクしてくれた目をパンダにしてなるものか。

 差し出された父の肘に、小さい頃甘えてしがみついたときのように、一瞬身体を寄せてぎゅうっと寄り添ってから、姿勢を正して扉が開くのを待った。




 厳かな雰囲気の中で式は執り行われた。

 緊張の中にも滞りなく式が終わり……と言いたいところだったけど、あと少しで終わりという頃に翔君がぐずりだし、やがて大きな声で泣き出してしまった。お義母さんが何とか一生懸命宥めようとしているけど、いったんこうなったらもうダメみたい。

 ちょっと独特の雰囲気に落ち着かないんだろうな。

 わたしたちも気になって気もそぞろになりかけたとき、なんと、あの瑠璃ちゃんが行動を起こしてくれた。すっと通路を挟んだ新郎側の席に行ったかと思うと、ぐずる翔君を抱き上げて外に連れ出してくれたのだ。

 出て行っちゃった……と唖然としたけど、取りあえずそこからはまた式の進行に集中した。

 


 チャペルから二人揃って足を踏み出すと、おめでとうの声とともにわたしたちの両側からフラワーシャワー。

 一番最初に目に入ったのは兄に抱っこされた翔君だった。背の高い兄の腕の中からさらに伸び上がるようにして、手に持った小さなかごの中から、わたしに向かって花びらを投げる。

「ぱーぱ、まんま、ひあひあ~」

 まんまはいつもならご飯のことだけど、もしかしてわたしのこと? いや、まさかね。そんな風に教えたこともないし……。

 彼の前でわずかに屈むようにすると、またひあひあーと言いながら、ごっそりと花びらを握って肩に掛けてくれた。

 緩やかにカーブする階段を尚人さんと二人で腕を組んでゆっくりと降りていく。

 彼と二人で顔を見合わせて微笑む。

「何か結婚式って感じ」

 その言い方がおかしかったのか、彼が笑った。

 両側から浴びせられる花びらをくぐっていると、下に降ろされた翔君も後を追いかけてきながら、手に持っていた花びらをわたしたちに投げる。なくなると拾ってはまた投げるを繰り返す。

 みんながその様子に微笑んだ。




 お客様達が隣接するホテルに移動する間に、わたしたちも貸衣装から着替えて大急ぎで移動する。

 ささやかながら披露宴は始まった。

 ゆっくり食事して頂くつもりで演出は最初から控えめだったけど、それでも簡単な司会はお願いしてあった。

 美辞麗句を並べる新郎新婦の紹介なんてものはあまりにも白々しいのでやめたけど、乾杯だけはお願いして挨拶を頂いた。


 皆さんにゆっくりお食事をしてもらっていたとき。

「ここで新婦のご友人様より、ビデオでメッセージをお預かりしておりますので、ご紹介させていただきます」

 え? 打ち合わせになかったことに驚いた。

 室内の灯りが少し落とされ、スクリーンに映し出されたのは、招待できなかった元職場の同僚達と智香。


『諒子!尚人さん!ご結婚おめでとうございます!』

 クラッカーを鳴らしながら、声を揃えたその言葉に始まって、メッセージの後四人で定番のウェディングソング。

 そして締めくくりには……。

『わたしたちからのプレゼントを受け取って、二人で夫婦になって初めての共同作業をやってくださいねー』

 おめでとーの声とともに締めくくられていた。

 ん? プレゼント? なんのことかと思っていたら灯りが戻り、ビデオに気を取られていて気付かないうちに、ワゴンに乗せられたケーキがあった。


 これってウェディングケーキ?

 何段にも重なった真っ白なウェディングケーキ……ではなく、生クリームとたくさんのフルーツで飾られた、長方形の大きなケーキ。

 この前の飲み会の時、四人でひそひそやってたのはこれだったのね……。智香だよ……。

「カメラをお持ちの皆様。どうぞ前にお集まりください」

 司会の人の言葉を合図に、カメラを手にした皆さんが押し寄せた。わたしたちもあれよあれよという間に席を立たされ、二人でワゴンの前に引っ張り出され、手にはナイフを持たされた。

「初めてのお二人の共同作業です。ケーキ入刀です。尚人さん、諒子さんお願いします」


 予定にはなかったけど、人様の結婚式ではさんざん見てきた光景。

 智香の思惑に載せられたようでちょっと癪だけど、みんなの好意は素直に受け取っておこう。笑顔を振りまきながら、ゆっくりとケーキにナイフを入れた。一斉にフラッシュが光った。

 そして、これも定番。切り分けられたケーキがテーブルに届けられると、促されて大きくすくったケーキをお互いに食べさせあうことに。座がしらけても何なので、皆さんのリクエストに笑顔でお答えする。

 お祝いして下さる気持ちにお返しをするため、今日は何でもやりますとも……って感じ。

「はい、あーん」

 尚人さんがわざと声に出して差し出すフォークを目の前に、こんなことこの後絶対にやってもらうことないんじゃない? と思いながら大きく口を開けた。

 少し口の端に付いたクリームに悪ふざけした彼のお友達が『キス、キス』とかけ声。

「キスだって」

と一言いったかと思うと、さっとわたしの口の端を彼が舐めちゃった。そんなタイプに見えなかったのでびっくりした。

「諒子さんも尚人に食べさせてやってー」

 これも彼のお友達の声みたい。言われるまま彼の口にケーキを運んだ。

「諒子はキスなしか」

 そう言って笑う彼の顔がいつもよりずっと若々しく見えた。

 でも、自分でやらないと決めたケーキカットだったけど、こういうのもなんだか気分と場が盛り上がって、思ったよりずっと楽しかった。



 そしてここからが他とは少し違ったところ。

 わたしたちがお互いに食べさせあっているのを見て、翔君も飛び入り参加してきちゃったのだ。

 おばあちゃんの元を離れてとことこと駆け寄ってきたと思ったら、わたしに向かってあーんと口を開けた。いつもの調子なのだろう。もちろんしゃがんでフォークにすくったケーキを食べさせてあげた。笑顔でおいしーというのを見てそれだけでこちらも微笑んでしまう。


 ところが今日はそれだけでは終わらなくって、翔君がわたしの手からフォークを取り上げた。自分で食べたいのかなと思いきや、ケーキに突っ込んでクリームまみれのフォークをわたしの方に差し出してきた。

「あーん」

 これはさっきの尚人さんとわたしの真似? まだ上手にフォークを使える訳じゃないのに、一生懸命食べさせようとするのを見て、笑いとともに涙がにじんだ。

「あーん」

 声に出しながら食べたケーキはとってもおいしく、カメラのフラッシュは、尚人さんとわたしの時よりたくさん光っていたかも。

 翔君は次に尚人さんにねらいを定め、彼の鼻に食べさせ、今度はみんなの笑いを誘った。


 笑いながら幸せってこういうことを言うのかしらと、嬉しいのに何故か涙がこぼれだした。

 それを見て翔君が両手を伸ばしてきた。抱っこかなと思って抱き上げたら、わたしの首にしがみついて手でとんとんしながら「よしよし」と言っている。

 今度は声に出して笑ったけど、涙ももっと盛大にあふれてきた。

「あははは、翔君、わたしによしよししてくれたんだ。ありがとうね」

 もはや泣き笑い状態で顔はぐちゃぐちゃ。せっかくきれいにメイクして貰ったのに、翔君に泣かされた……。

「翔、こっちにおいで」

 そう言ってわたしの腕から翔君を抱き上げ、ハンカチを渡してくれた。 




 三人で寄り添いながら、最初に公園で出会ったとき、この親子に憧れてお見合いを決意したことを思い出す。和真はまるで一目惚れだなと言ったけど、本当にそうだったのかも……。ただ、その一目惚れも最初のきっかけに過ぎなかった。この二か月弱の間にどんどん二人に惹かれて、気持ちが寄り添うようになってきたと思う。


 泣き笑いのパンダ顔でそんなことを思いながら、わたしたちのキューピットを彼の腕から取り返し、ほっぺにちゅーをした!





 一年後。


「あーん、あーん」

 結婚してすぐに妊娠し、男の子を出産した。

 翼が生まれて二か月。乳飲み子を抱えた生活にもようやく慣れた。もちろんお義母さんにいろいろ手伝ってもらったりしながら。


 新居は四か月前に完成し、四人での狭苦しいマンション住まいからも解放された。生活する分にはスペースが足りないと言うほどでもなかったけど、新婚のわたしたちにはやはり気を遣うことも多く、最初にみんなが心配した新婚のうちくらいは……と言葉を濁したことを改めて実感したのだった。

 どんどん動きが活発になってくる時期の翔君だったけど、うちの両親の協力もあったし、母達がサークルなんかにも連れ出してくれたこともあって、特に困ったこともなく妊娠期間を過ごすことが出来た。

 翔君もだんだん大きくなるお腹を撫でながら、お兄ちゃんになる日を本当に楽しみにしていたのだ。

 翼が生まれて来るまでは……。



 二歳になったばかりの翔君は、ただいま赤ちゃん返りの真っ最中。

 この泣き声も赤ん坊の翼ではなく、翔君のもの。どこか赤ん坊の泣き声を真似たようなその泣き方に笑いが漏れる。

 幸い大人の手はいっぱいある。おっぱいさえ飲ませてしまえば、後は翼を誰かに任せて翔君を構うことにしてる。

「あれー、どうしたのかな? お腹が空いたのかな? おっぱいかな?」

 座った膝の上に抱っこすると、おっぱいおっぱいと言うので、翼に授乳するように翔君にもしてみせる。休日で家にいた尚人さんがそれを見てからかった。

「あれー。ここにも赤ちゃんがいるぞー」

 翔君はパパの方を目だけでちらっと見たけど、言葉は聞かない振り。

「いいのいいの。翔君はママの赤ちゃんだった時期が短いんだもんねー」

 それに既に幼児の食生活になっている翔君には、母乳なんて味気なく、おいしいものでもないのでほんの一瞬ですぐやめちゃうのだ。要は翼と同じことをしてわたしの愛情を確かめてるんじゃないかな?

 裏を返せば、それだけわたしの愛情を求めていて、わたしのことを好きでいてくれてるってことと思うことにしている。

 んーっ、可愛い奴め。




 一年前にお見合いをしてすぐに家族を手に入れた。

 最初に望んでいたのは、子どもの父親になってくれる男性で、誠実であってくれさえすればそれでいいと思っていた。過度に大きな期待を抱いていたわけではない。

 ところが、思いもかけず自分が愛情を注げるだけでなく、愛情をたっぷり返してくれる夫と息子、それに母も手に入った。


 お見合い結婚ではあったけど、あくまでもそれは出会いのきっかけだった。今がわたしたちの恋愛時代なのかも……。

 ヤキモチ焼きの息子を膝に乗っけて、それを優しげに見守る彼に笑顔を返しながら今の幸せを存分に噛みしめるわたしなのであった。



Fin






ここまで素人が書く拙いものを我慢強く読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました。

一応の最終話となりましたが、いかがでしたでしょうか。


連載中多くの方が読みに来てくださり、お気に入り登録をしてくださったりポイントを付けてくださったのを励みにここまで書くことが出来ました。

また、ご感想をお寄せくださった方にも力をいただき、煮詰まったときなど何度も読み返して英気を養いました。


エンドマークは付けたものの、もう少し番外編など……とも考えておりますので、完結とはせずに連載中のままとさせていただきますので、気が向いたときにでも覗いてくださると小話など増殖してたりするかもしれません。


重ねて本編完結までお付き合いいただいた皆様に感謝申し上げます。

どうもありがとうございました。



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