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挙式前夜 花嫁の物思い

「もしもし、瑠璃ちゃん? 諒子です。こんにちは」

『こんにちは』

 なんだか頼りない声に、無理もないかと苦笑が漏れる。特にこれまで用事があるようなこともなかったので、瑠璃ちゃんとは電話で話すのは初めて。

「昨日の食事会楽しかった。瑠璃ちゃんがお兄ちゃんに言ってくれたんだって? ありがとうね」

『そんな……、お礼を言われるほどのことでも……』

 ちょっとほっとした様子に、もしやわたしに何言われるかってびくついてたのかしらと小さなショックを受ける。

 瑠璃ちゃん、少々がさつなわたしだけど、怖い小姑じゃないつもりなんだよ……。

「気が付いたら、もう何年も家族揃って外食なんて機会もなかったし、父さん達も喜んでたわ」

『あ、お母さんからも今朝お電話いただきました』

「そう、一言お礼が言いたくて電話しただけだったの」

『わざわざすみません』

「わたしも仕事やめたし、今度ゆっくりランチでもしようよ」

 はいと返事があった。もちろん社交辞令なんかじゃないわよ。これから覚悟してね、瑠璃ちゃん。

 なんだか小動物でも手なづける気持ちになっているわたしだった。

「じゃあさ……」




 ということで早速マンションの方にお家ランチに誘った。

 あらかたの結婚準備は終え、何も用事のない日は暇を持て余してるわたし。会社勤めをやめたばかりで日長のんびり過ごすのも逆に落ち着かない。式関係の用事がない日はせいぜい翔君に付き合って貰うくらい。

 お義母さんと新居の相談をするときなんかもあるけど、今日は母二人でサークルのあと、入会歓迎ランチがあるそうだ。母二人は同い年だったことが判明し、ますます意気投合したようで、当初の遠慮もなくなり最近特に楽しそうで付き合っちゃ貰えない。



 チャイムの音。お昼にはまだ少し早い時間、ドアホン越しに瑠璃ちゃんの少し固い声が聞こえた。

『おはようございます……』

 言いよどんだのは『島野』と言おうか『瑠璃』と言おうか迷った……という辺りかな。

 顔が既に見えていたのでちょっと待っててねと玄関ドアに向かった。


 いつものようにお客さんが来ると翔君も一緒にお出迎え。案の定瑠璃ちゃんは翔君の顔を見て、それまでの緊張気味な表情を崩した。思った通り瑠璃ちゃん攻略に翔君はかなり有効だ。

「こんにちは」

 しゃがんで翔君に声を掛ける。

「わー」

「いらっしゃい。どうぞ上がって」

 ブーツを脱ぐ瑠璃ちゃんの袖を引く翔君。この前会ったのを覚えてるみたい。先に立ってリビングの方へと案内した。


 ソファをさしてどうぞ座っててと言うと、キルトの手作りっぽい大きめの手提げから紙袋を出して手渡された。

「自分で作ったからお口に合うかどうか分かりませんけど」

 中をちょっと覗くと、パウンドケーキ風の焼き菓子。

「ありがとう。わざわざ作ってきてくれたの? すぐ頂きたいくらいだけど、翔君お昼が食べられなくなっちゃうから、食後のデザートか、おやつにするね」

 手土産に手作りお菓子とは、可愛いお嬢さんって感じで感心した。自分ならお手軽に何か買って持参する程度だし、今日のお昼だって、ピザでも取ろうかと思ったくらいだ。さすがに初めて家にランチに誘っておいてそれはないかと、かろうじて思いとどまった。

 あれっ、でも……と思った。実家に行くときはデパートの高級菓子系だったので、これって少しはわたしに打ち解けてきてるってことかしら……なんて思ったのである。



 コーヒーでいいかなと言うと手伝いますの声。

「ありがとう。でもちょっと翔君の相手しててもらってもいい?」

 おもちゃを置いている一角にいったと思ったら、翔君はこの前瑠璃ちゃんに貰ったぬいぐるみを持って戻ってきた。わたしのスカートをつんつん引っ張っている。

「どーじょ、どーじょ」

 背中のファスナーの中にはまだ何も入ってないので、そこに何か入れてくれということ。

 小さなお菓子を三個瑠璃ちゃんに手渡した。

「これ、中に入れてやってくれる?」

 そう言ってキッチンに向かった。

 

 セットしてあったコーヒーを入れてリビングの方に戻ると、早速始まっていた。

 この前うちの実家で瑠璃ちゃんにぬいぐるみを貰ったときからのお気に入りのやりとりで、そのときのお菓子はとっくの昔になくなったけど、中身を継ぎ足しては『どーじょ』『ありがとう』とままごとのように繰り返すのである。最初のうちは入るだけ入れていたお菓子も、際限なく食べるように手渡されるので、今では人数分だけ入れてあとはねだられても『ナイナイ』で押し通すことに決めた。

「どーじょ」 

「ありがとう」

 そう言ってお菓子を渡された瑠璃ちゃん。

 コーヒーカップを翔君から離れた位置に置き、ソファに座るとわたしの方にもやってきた。

「はい、どーじょ」

「ありがと。翔君のは残ってるかな-」

 大げさにぬいぐるみの背中を覗き込んだ。

「あったー。はい、翔君もどーぞ」

 ついわたしまでどーじょと言いそうになる。袋から出して手渡した。

「あーと」

 翔君が食べるのに会わせてわたしも食べた。 

「おいしーねー」

 二人で声を合わせて同じように言ったけど、膝を少し曲げて首をかしげてほっぺを押さえる仕草にはかないません。

 そんな様子に瑠璃ちゃんも同じように食べて、みんなでにっこりし、そこから雰囲気は一気にほぐれていった。



 新米主婦未満のわたしにはたいしたおもてなし料理も出来ないので、昼間っから鍋にした。材料任せ、鍋任せで、うどんを入れちゃえば他に用意する物もない。

 鍋をつつきながら少しずつ和んでくる中、彼女とはいろんな話が出来た。

 親しい友達のようにとは行かなかったけど、これまでのよそよそしさに較べたら雲泥の差。もちろん翔君の存在が一役かってくれたのは言うまでもない。

 兄は男なので、ぺらぺらと馴れ初めなんか話すわけもないので、少しだけ明かしてくれた兄との話もにやつきながら楽しんだ。

 何よりのけぞったのは諒子さんの結婚式シンプルでいいですねえという言葉。兄と彼女のああいう結婚式にいたるにはいろいろあったらしくて、どうやら周りを気遣ううちにあれだけのものになったとか。

 聞いてみないと本当に分からないものだと思った。


 翔君がお昼寝してしまい瑠璃ちゃんが帰ったあと、洗いものをしながら考えた。

 やっぱりろくに話もしてみないで、最初の印象だけで判断できるほど人って単純じゃないなと改めて思った。

 でも、こう言っちゃうと尚人さんとの出会いは説明が付かないのよねぇ……。なにしろ今の話とは真逆の判断だったわけで、これって何なんだろう? 野生の勘? でも、今のところひとつの後悔もないのである。

 

 


 しかし本当に明日が結婚式なのねぇ。驚いてしまう。

 お風呂上がりにリビングのソファに深く腰掛け、膝を抱え込んでココアを飲みながら感慨にふける。

 いや、予定を立てたのも計画したのも準備をしたのも、全部自分なんだけど、いざ、明日その日を迎えるとなると、信じられないような気分。


 結婚式を明日に控えて、もちろん準備はすべて整った……はず。衣装を着付けてのメイクアップなどの打ち合わせは今週のはじめに一人で、式のリハーサルは昨日彼の仕事が終わってから一緒に出向いてすませてきた。いろんなことを省いてずいぶん簡略化したつもりだけど、それでもやっとここまでこぎ着けたという感じだった。


 わずか三か月前には別の人との結婚を考えていたわたし。

 二か月前にはその人に別れを告げた。

 その直後にお見合いした人とこんなに早く結婚することになろうとは、そのときには頭の片隅にもなかった。

 あれよあれよという間に話が進み(わたしが進め)、明日尚人さんの元へ嫁ぐ。



「あら、まだいたの?」

 わたしのあとにお風呂に向かった母も上がったみたい。

「何飲んでるの? わたしにも入れてきてよ」

 わたしの手元のココアを覗き込んでそう言った。

 はいはいと立ち上がってキッチンに向かった。


「お父さんもう寝たの?」

 マグカップを手渡しながら隣に座った。

「さっきはまだ起きてたわよ」

「ふーん。……ねえ、お父さんお母さんお世話になりましたとかいうヤツは、明日の朝するもの?」

 お母さんの時はどうだったのと言うわたしに、きょとんとした顔を見せてからぷーっと吹き出した。

「やだ、やめてよ。そんなことされると照れくさいじゃないの。大体そんなこと本人に聞く?」

「えー、だってタイミングがさー……」

 なんて言ってたら、そんなのやらないでよねと言った。

「披露宴の時にそれらしい挨拶があるんでしょ。それで充分よ」

 しまった、失敗した。やるなよと釘を刺されたのかも。

 確かに改まって言うのも照れくさいんだけどさ……、まるっきり挨拶しないって言うのもなぁ……。でも、案外涙もろいところもある両親なので、結婚式当日の朝から湿っぽいのはいやなのかな。

 化粧ののりが悪くなるからさっさと寝なさいと、話を切り上げるように部屋を後にした母なのであった。



 娘の結婚前夜だというのに、うちの両親は拍子抜けするほどあっさり部屋に引っ込んでしまった。まあ、すぐ近所に嫁ぐわけでいつでも会えるんだけど、もっとこうなんていうか違うものを期待(?)してたんだけど……。

 でも、母はともかく父は照れ屋なところがあるので、何となくこんな風になりそうな感じがしてたような気がする。


 べたべたしたところを見せる父じゃあないけど、その愛情を疑ったことがないのは何故だろう。

 小さい頃はちょっと近所に出掛けるときにも父に手を引かれ、その周りをまとわりつくように歩いたものだ。少し大きくなって手を繋がなくなってからも、振り返ると父がいるのが分かってた。こうして考えるとずいぶんなお父さんっ子だったのかもしれない。

 逆に母は性格が似すぎているせいかよく衝突した。学生の頃は反抗期のせいもあってかちょっと険悪だった。何があんなに気に障ったのか、大人になった今となっては恥ずかしいくらいだ。今はあの時期は何だったのかと思うくらいよく話すので、大人になる前の通過儀礼みたいなものだったのかしらと都合よく考える。


 

 世のお嫁さん達は、挙式前夜に何か家族とやりとりとかってあるのかな。これまでの成長のあれこれとか、家族で思い出話を語り合ったりなんて……。

 そんなことをしばらくぼんやりと考えて物思いに耽ったけど……。

「……寝よ」

 お肌の曲がり角は何年か前に過ぎたらしいし、母の言ったように化粧ののりが気になる二十八歳(ギリ)なのであった。




 結局、挙式当日は朝からばたばたと忙しく、件のシーンは実現することもなく、わたしは一足先に式場へと向かった。

 わたしが家を出るときには父はまだ起きてきていなかった。母から何か聞いて、わたしが出掛けるまでわざと顔を見せなかったのかもしれない。



次回が最終話です。


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