いざ、お見合い 1
お見合いはホテルのロビーでの待ち合わせから始まった。
ドラマなんかでよく見るお仲人さん付きで、お振り袖で着飾って、日本庭園をバックにした和室……という設定ではない。
酒井さんも子持ちでバツイチ男と、三十路手前の女のお見合いにわざわざ出張ってくる必要もないと思ったのか、当人同士だけでの顔合わせとなった。まぁ、それはそれで気楽で良かった。体裁を気にせずに確認しておきたいことも遠慮なく聞けるし……。服装も普通よりはちょっと改まったという程度のワンピース姿。
この前、近所の公園で偶然出会った男性がお見合い相手だったと気付き、これは運命かしら……と思ったかというと、もちろんそこまでおめでたくはなく……。
なんのことはない、酒井さんとうちの母は地元の公民館のサークル仲間というお知り合いで、酒井さんと彼のお母さんはご近所の顔見知り。とても狭い範囲でのお知り合い同士が家も近かっただけのこと。
釣書に大まかに書かれていた彼の住所はうちの辺りではなかったので、週末にたまたまおばあちゃんの家に遊びに来ていて、わたしと出くわしたというところだろうと想像が付いた。
ロビーのティールームで待っていると、入り口付近で人を探しているふうの男性が姿を現した。
彼だ。
立ち上がって彼がこちらに気付くまで待って、軽く会釈した。彼も会釈を返してこちらに近寄ってきて、テーブルの横で立ち止まった。
「はじめまして、法村尚人です。島野さんですか?」
「はい、島野諒子です。はじめまして、よろしくお願いします」
取りあえず挨拶を交わして座り、飲み物を注文した。
彼はちらちらとこちらを見ている。
「先日公園でお会いしましたね?」
こちらから水を向けると、はっと気付いた様子。
「ああ、どこかで見たことがあると思った。写真はくる前に顔を確認するのに見てきたんだけど、全然気付かなかった」
全然気付かなかったってどんな写真よ……。不安な顔でも見せたか、彼は笑って言った。
「いや、ちゃんとした成人式のですよ」
お母さんたら、八年も前の写真渡してどうするのよ。詐欺じゃない。
「すいません、そんな古い写真がそちらにいってるなんて知らなくて……」
赤面しながら謝った。
「お見合い写真なんてそんなもんでしょう」
恐縮しているところに飲み物が運ばれてきて話が中断した。
最初のうちは当たり障りなく、お互いの会社のことや家族構成、出身大学なんかの身上調査的なことを確認し合う会話から始まった。最初から結婚を視野に入れて会うお見合いだから、普通に出会っていたらこんなにすぐには聞けないようなことまで、遠慮なしに聞けてしまう。
とは言っても、あまりにわたしが率直すぎたせいか、彼は驚いている様子ではあった。
「お子さんは既にお一人いらっしゃいますけど、わたしも産みたいと思ってるんです。何人くらい欲しいですか?」
直球過ぎるけど、結婚を考えた彼と別れる原因ともなった、わたしにとってはすごく大事な問題。
「子どもは好きなんでたくさんと言いたいところだけど、実際問題、成人するまできちんと育てて大学まで出してやってって現実的なことを考えると、あと二人、頑張って三人かな」
まず、クリア。
「それを聞いてほっとしました。わたしも子ども大好きです。この前は聞けませんでしたけど、お子さんおいくつですか? お名前は?」
「しょうです。飛翔の翔の字を書きます。一歳になったばかりです」
「え、まだそんなに小さいんですか? この前はゆっくりだけどもう走ってたから、もう少し大きいのかなって思ってました」
あの時のたどたどしい様子を思い出して、思わず笑顔になった。
「歩き始めたのが早かったし、身体も小さいから動きやすくて活発なんですかね」
目を細めて翔君のことを話す様子にポイントアップ。
でも一歳になったばかりで、離婚して既に半年近いってことは、物心もつく前にお母さんと離れたってこと……。あんなににこにこと愛嬌があって、可愛い子なのにと胸が痛んだ。
「あの、今日会ったばかりで失礼かもしれませんけど、離婚の原因をお聞きしてもいいですか?」
聞きにくいことだけどこれは聞いておかないと。
「島野さんは率直な方ですね……。まあ、気になって当然ですよね」
彼はため息をつくように、ひとつ息を吐き出してから話し出した。
「別れた妻とは職場で知り合って結婚して、すぐに翔が出来て特に家庭の中に問題があるとは思ってませんでした。離婚する少し前に、突然他に好きな人がいる、妊娠したって聞いたときは寝耳に水で、驚きました」
あまりの話に絶句した。今翔君は一歳で、半年前に離婚してその少し前には妊娠したって言うなら、少なくとも翔君を産んですぐの頃にはもう浮気してたってこと?
わたしには理解不能だ。
「彼女が浮気した理由が僕に対する不満があったのかどうなのか、そういうことは未だによく分からない。でも、翔を置いて出て行くといった時点でやり直したいという気持ちはなくなりました。僕のことはともかく、子どもを捨てて出て行くと考えるような母親を引きとめても、翔に愛情を掛けてやってくれるとは到底思えなかった。向こうの不倫による離婚でしたから手続きもあっさりしたもんでした」
どこか淡々と話す様子を見ると、前の奥さんに未練とかはないんだろうか? コーヒーを一口飲んで彼はそのまま話を続けた。
「気を悪くされるかもしれませんが、僕が離婚してこんなに早く再婚しようと思ったのは、翔にあたたかい家庭を与えてやりたいからです。もしこのまま結婚することがあって二人の間に子どもを授かっても、翔と分け隔てなく接してくれる人と結婚したいと思ってます」
彼の言葉に大きく頷いた。
「何よりそのことを言ってくださる方で、わたし逆に安心しました」
話してしまおうかどうしようか……、ちょっと考えたけど、妙に取り繕って時間を掛けながらお互いを知り合っていくという、まどろっこしい付き合い方は望んでないんだからと自分に言い聞かせて口を開いた。
「あの……、聞かれもしないのに勝手に喋っちゃいますけど、実はわたし、ごく最近まで結婚を前提に付き合ってる人がいました。職場の同僚です」
彼は驚いた顔を見せた。
会う前は当たり障りのない話だけにとどめておこうかとも思ったけど、会ったばかりでこれから関係を築いて行くにも、なんの土台ももたないわたしたち。さっき彼が見せた息子さんに対する愛情の一片を見て、この先結婚してもいいと思うなら、ある程度のことは話しておきたいと思った。そうしなければと思った。