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縁というもの side 尚人

 

 


「じゃあそろそろ始めますか」

 そう言った彼女は次から次へと相談すべきことを確認し、こっちで手配するもの、向こうで段取りを着けて貰うものを区別しながら、まさに片付けていくという風にさくさくと処理していく。

 まず、今日式場から渡された確認の一覧を見ながら、記入すべき物はさっさと記入していく。

「わたしちょっとリストアップしたんだけど、尚人さんのほうも親戚、会社、友人関係どれくらいになるか書いてみて」

 自分の手元を片付けながら、僕にも指示を出す。


「うちは親戚と会社はゼロだな。友達は諒子の招待客の人数を見てから人数を調整するよ」

「え? 親戚も会社関係もゼロ?」

 彼女は手を止めて顔を上げた。

「会社関係は前に一度ご祝儀貰っちゃってるからね。よべばみんな手ぶらって訳にもいかないだろう? だから、よぶのはやめておくよ。本当は友達もよびにくいと言えばよびにくいんだけど、まだ仲のいいやつなら勘弁して貰うかな」

「じゃあ、ご親戚は?」

「うちは母方は本当に近い親戚いないんだよ。一人娘だし、祖父母はもう亡くなったしね。父方も祖父母が亡くなって、高齢の伯父が一人いるけど、前の時も健康状態がよくなくて来てないし」


 ちょうどそんな話をしていた時、風呂上がりの母が部屋に戻ってきた。

「諒子ちゃんも先に入ってきたら。お話長くなるとなかなか入れないわよ」

「じゃあ、いただいてきます。洗濯機一緒にまわしちゃっていいですか」

 翔がいるので最近買い換えた洗濯機は乾燥機つき。話が終わる頃には乾燥まで終わっているだろう。

「どうぞ」

 自分も彼女と一緒に部屋を出てスエットの上下を持って来る。こっちに泊まる時用に置きっぱなしにしてあるやつで、彼女には少し大きいだろうがないよりましだ。

 彼女に渡してリビングに戻った。



「ねぇ、正さんには声掛けないの?」

 正さんというのは、僕のいとこで伯父の長男。

 僕のいとこと言っても、父と伯父の年齢が離れていたため、僕よりも父の方に年齢が近い。確か六十歳前後ではなかったか。伯父とは同居している。

「まあ、伯父さんのとこにまったく連絡なしって訳にもいかないから、明日にでも電話するよ」

 二年前も参列できなかったから、今回はなおさら無理だろうけど。

「こんな時、親戚が少ないってなんだか寂しいわね」

 母がぽつりと漏らした。

「まあ、それはしょうがないよ。今回はどうせ僕たちも含めて、三十人までしか招けないからちょうどよかったじゃないか。それに僕が結婚すれば、また親戚づきあいする人も増えるし」

 なんだか母の方が寂しそうだったのでそう付け加えた。

「そうね」


「そう言えば、彼女のお母さんに誘われた太極拳どうだったの?」

 ちょっと話題を変えるつもりで聞いてみた。

「太極拳を取り入れたストレッチよ。わたしにも出来そうだからやってみることにしたわ。何人かご近所のお知り合いもいてね……」

 楽しそうにこの前の感想を話し出した。

 それを聞きながら、彼女がざっと考えていった案内状の文面をながめる。

 案内を出して返信を待つ時間的余裕はないので、印刷は頼まないことにするらしい。出欠は電話で確認することにして、日時と場所を入れた招待状兼案内状を自分で作って送るのだそうだ。

 短い時間にいろいろ考えつくなぁと感心していると、彼女が風呂から上がってきた。

「お風呂いただきました」

 そこからまた家族の打ち合わせが始まった。  



「ところで、リフォームどうするか相談されました?」

 あれこれ話していた最中に、ふと思い出したように彼女が母に尋ねた。

「それによって今のマンションに入るかどうかが決まるから、どうします?」

「尚人ともあんまり話す時間がなくって、詳しいことはまだ何にも決めてないのよ」

 そうなんですかと彼女。

「僕は部屋数もこの機会に増やしておきたいから、建て増しもして全面的にリフォームしたいな」

 もちろん子供が増えるのを見越してのこと。

「そうねぇ……。ここ、もともとわたしの実家なのよ。尚人がまだ小さいときにわたしの両親が亡くなってから家族でこのうちに引っ越してきて、やっぱりそのとき水回りとか少しリフォームしたんだけど、建物自体は相当古いのよ……。ねえ、建て増しまでするっていうなら、いっそのこと建て替える?」

 母がそんなことを考えてたとは、僕自身も初耳で驚いた。


「この前、諒子ちゃんのお母さんと三人で住宅展示場に行ったじゃない。あそこまで立派じゃなくっていいけど、土地から購入するわけでもないんだし、わたしも住むんだからいくらか負担できるわよ」

 思わず彼女と顔を見合わせた。

「本当にそれでもいいんですか?」

「ええ、この前見に行ったときも結構楽しかったわ。いろいろ考えてプランを立てるのも楽しそうじゃない」

「どうする?」

 彼女に尋ねた。

「お義母さんが本当にそれでいいんなら、わたしに文句があるはずないでしょ。やっぱり、新築のお家には憧れるもん」

「じゃあ、そうするか?」

 女性陣二人は大きく頷いたのであった。


「じゃあ、マンションは借りたままで、建築が始まったらお母さんもあっちに一緒に住めばいいですね」

 これまたびっくりした。

「え? あそこに四人ですむのは無理じゃない?」

「大丈夫よ。どうせここの荷物はほとんど、いったんどこかに預けるようになるでしょ? 身の回りの必要な物だけ持ってくようにして、わたしも当分実家に荷物は置かせて貰って余計な物は持っていかないし。大体あそこは3LDKなんだから十分すぎる広さよ。わたしたちはあのまま寝室を使って、お義母さんには洋室でも和室でも使いやすい方を使って貰えばいいし。この機会にここと向こうで重なってる物もどんどん処分しちゃってすっきり整理できるわよ」

 そりゃあそうかもしれないけど。

「第一、他に借りるとなれば、お家賃の他にも敷金礼金とか掛かるんじゃない? もしかしたらハウスメーカーの方で紹介とかあるのかもしれないけど、それでもこの近くで探すと結構するわよ。もっと大人数で、あそこより狭い間取りの家に住んでる家族なんてざらにあるわよ」


 やっぱり合理的というかさばけてるというか、普通は姑と暮らすのは少しでも先送りするものなんじゃないか? 二人を見ると、この前見てきたあそこがよかった、ここがよかったと既に盛り上がっていた。



 翌日の午前中、彼女の家に出掛ける前に伯父のところに電話した。

 伯父はやっぱり電話口に出るのも大変だそうで、いとこの奥さんからいとこへと電話の相手が交代した。

「ご無沙汰してます。尚人です」

『本当に久しぶりだねえ』

 離婚の時にも一応連絡したが話が話だけに盛り上がるわけでもなく、淡々と報告だけして電話を切った。

「そうですねぇ。皆さんお元気ですか?」

『親父は相変わらずだけど、他の家族はおかげさまで元気だよ』

 会ったのは父の葬儀が最後だった。

「今度再婚することになりまして、伯父さんは今回も来ていただくのは無理かもしれないけど、ご報告だけしておこうと思って」

『……ああ、そうか。離婚したんだって言ってたか……』

 ちょっと言いにくそうな声。

「ええ、まあ」

『前の結婚の時は悪かったなあ。親父が出ないって言うから、家内がそのまま欠席の返事をしたってあとで聞いたんだが、尚人君の方、親戚が一人も参列しなかったんじゃないかって気になってねぇ……。確かお母さんの方も、誰もいないんじゃなかったかってあとで思い出したんだよ。僕でもよければ代理で行ったんだが、そのときは気が付かなくってねぇ……。相手方の手前もあっただろうし、肩身の狭い思いしたんじゃないかい? 悪かったねぇ』

 そう言ってしきりに二年も前のことを謝ってくれた。

 


 こちらは前の時に式への参列を断わられたことで、疎遠になったと思い込んでいたが、実は気に掛けていてくれたことが分かった。少し遠方に住んでいることもあるので、今回のことがなければ、多分そんなことも知らないまま、本当に疎遠になっていったんだろう。

 昨日の母の寂しそうな様子を思い出した。母には頼ったり、連絡を取ろうにも、もう近い血縁者自体がいない。

 もしかしたら縁は自分で繋いでいくものなのかもしれない。

 何もしなければ日々の忙しさにかまけて、どんどん細い糸になっていってしまって、気付かないうちにぷつりと切れてしまうものなのかも……。

「急に決めたことで、日も迫ってるんですけど……」




「伯父の代わりにいとこ夫婦が出てくれることになったよ」

 翔を連れて島野家に向かう。翔は僕たちの真ん中に挟まれて、ぶーんぶーんとご満悦だ。

「ふーん、よかった。誰もいないとちょっと寂しいもんね」

「僕はいいけど、母さんの方がね。せっかく親戚がいるのにって気にしてたからさ、来てくれるって聞いて喜んでたよ」

 


 並んで歩きながらさっき糸になぞらえた縁のことを思った。

 前の結婚で一度は夫婦と親子になった向こうの家族との糸はもう切れた。翔とはまだかすかに繋がっているのかもしれないが……。

 これから家族になる島野家とはどうだろう。

 表面的でない付き合いが出来るようにと、彼女に強引にも思われるほどいきなり気取らない様子で引き合わされた。

 切れそうな糸どころか、毛糸のような太い糸でしっかり結ばれ、さらに糸を足しながら、よりあわされていっているような気がする。

 彼女の手によって……。

 そんなことをつらつら考えながら彼女の家に向かったのだった。 

 



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