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僕の家族を思いやってくれる人 side 尚人


 最近の母は楽しそうだ。これは間違いなく諒子さんのおかげだと思う。



 正式に結婚することが決まり、式場も押さえることができて、いろんな準備に追われているが、細々したことは彼女が一手に引き受けてくれていると言っていい。

 今月末で退社することが決まっているので、年休を取りながら平日のうちにあれこれとすませておいて、週末にはちょっと二人で確認すればいいという程度にまで作業を進めておいてくれる。直接関係ないかもしれないが、有能なキャリアウーマンだけあって仕事が早いという感じだ。



「そんなに休み取れるの?」

 先日、年休を取った日に保育所を休ませて翔と過ごしてもいいかと彼女に尋ねられた。

「これまで仕事が忙しくて、年休なんてほとんど取れなかったから、ほぼ残ってるんだけど、上の人も適当に消化してもいいって言ってくれてるので問題ないです」

「そうなんだ」

「何でも、退社することが決まったら、一日も出てこないで年休消化に当てる人もいるらしいですよ」

 身近ではそんな強者にはお目に掛かったことありませんけどね……と笑う。

「そこまではやらないど、出社してもたいした仕事もないし、週に一,二日休むのは全然大丈夫」

「ふーん」

「むしろ、結婚してからのために翔君の面倒見るのに慣れとかないとって、不安なんですよね。あ、それと大事なこと決めるの忘れてました」

「何?」

「結婚して、どこに住みます? このマンションに住むのか、それともお母さんの家にすぐ同居するのか?」

「そうだな……。僕はどっちでもいいけど諒子さんは?」

 新婚早々からすぐに同居するのは嫌かなと思って、まず彼女の意見を聞いてみようと思ったのだが……。彼女の言いたいのはそういうことではなかったらしい。


「リフォームをどれぐらいするのかによって、住みながらリフォームできるかどうかって変わるんじゃないですか? 全面改装なのか部分改装なのか、それを聞いてなかったから、確認しとかなきゃって思って」

 そういうことか。

「リフォーム自体ゆくゆくはと思ってただけで、まだ詳しいことまで話してないんだよなぁ」

「そうですか。となるとリフォームが終わるまではこのマンションを借りたままの方がいいんですかね。早くリフォームすませないとお家賃もったいないですね」

 ここ、結構払ってるでしょと彼女がそう言ったのには笑った。


 経済的な事情があるとしても、長男のところに嫁に来てくれる人で、どれだけの人が早く親と同居しようなんて言ってくれるんだろう。ましてうちは節約できればもちろんそれに越したことはないに違いないが、今現在家賃を払うのがきついわけでも何でもない。


「結婚したらすぐにでも翔君をうちで育ててって思ってたけど、リフォームをしてる間は家の中が何かとごたごたして、すぐにって訳にはいかないかもしれないですねぇ」

 残念そうに言った。

「え? 保育所辞めさせるの?」

 このまま保育所通いは続けさせるものとばかり思っていた。

「え? 子どもは自分の手で育てたいって言ったじゃないですか」

 さも当たり前のことのように言うけど……。



 結婚の条件を話し合ったとき、彼女がそう言ったのはもちろん覚えている。

 彼女が翔と親しくなろうとしているのを、嬉しくも、心強くも感じていた。でも、彼女はすぐにでも子どもを欲しいと思っているわけで、実際その気になればすぐにでも授かることだってあるかもしれない。そうなれば妊娠中に、動きたい盛りの翔ぐらいの子どもを、日中ずっと面倒見るのも大変だろうと思っていた。翔は既に保育所に慣れていることでもあるし、何となく今のまま保育所に預けて、日々の送り迎えをしてもらって、夕方以降の面倒をみてもらえるようになるだけでもずいぶん助かるなと思っていたのだ。


 彼女のきょとんとした顔を見て、彼女が翔のことを自分の産む子どもと分け隔てなく育てるつもりだと言った意味を再認識させられた。

 彼女が言う『子ども』の中には、当たり前のように自分の産む子だけじゃなく翔もしっかり入っていたのだ。

 逆に自分の方が、心のどこかで翔は彼女の子どもじゃないということで、彼女の覚悟を疑っていた訳じゃないのに無意識のうちに区別していた。

 彼女の気持ちに、口には出しはしなかったがかなり胸が熱くなった。



 取りあえずお母さんの考えも少し聞いておきますねと言って、このところ母のところにもよく顔を出してくれてるらしい。

 彼女が年休を取る日は翔を休ませて母のところに行きリフォームの話をしたり、家の中を母に案内してもらって、ついでに荷物を少し処分したり。

 この前は両方の母親と一緒にドレスの試着に行って、その足で住宅展示場まで覗いてきたとか言っていた。

 母は自分に意見を尋ねられるのももちろんだが、向こうのお母さんと一緒にその場に誘ってもらえること自体が嬉しいようだ。

 前の結婚の時に夢想していたように、実の娘が出来たようなそんな気持ちを味わっているらしい。


 彼女に出会って、自分の家族を自分と同じように思いやってくれる人がいるということは、紛れもなく幸せなことなんだと実感した。



「尚人、明日は諒子ちゃん来る日じゃないわよね?」

「うん、明日は会社」

 いつものように翔を迎えに行った夜、母がそう尋ねてきた。最近よく彼女に会うようになってから、母は彼女のことを諒子ちゃんと呼ぶようになった。親しくなったことの表われであるかのようで、自分も嬉しく思った。


「彼女に何か用事でもあったのか?」

「ううん、いいのいいの。諒子ちゃんのお母さんに、公民館のサークルに入らないかって誘われて見学に行くから、明日は出掛けてて来てもらっても、家にはいないからと思って確認しただけ」

「へぇ、何のサークル?」

「なんだか太極拳を取り入れたストレッチと体力作りのサークルなんだって……」

 インドア派な母が珍しい。普段は身体を動かすより、パッチワークだ編み物だと、手先を動かして楽しむタイプで、母が趣味で運動らしいことをやったというのはこれまで聞いたことがない。

「母さん運動なんかするんだ」

「諒子ちゃんのお母さんが、わたしたちよりもっと年配の方もやってるくらいだから大丈夫だって。それに諒子ちゃんのお母さん、始めて七,八年になるけどここ最近腰痛がよくなったっていうから、明日見学してみて、わたしにも出来そうなら、やってみたいと思って」

 


 母にももちろん友達がいて、年に二回ほど学生時代の友達と集まってるらしい。ただ、この近くでというと、僕が子どもの頃には役員関係で親しくなった人だとかもいたみたいだけど、僕が卒業すると自然と家で名前を聞くこともなくなった。あとはご近所でも立ち話をしたり、ちょっと家でお茶するぐらいで、一緒に出掛けたりとかいう話はあまり聞いたことがなかった。


 諒子さんが瑠璃ちゃんを見ていて母とのことを少し心配していた。瑠璃ちゃんが人見知りする子だと言って、その流れで母のことが出てきたことに、そのときは少し違和感を覚えたのだが……。

 人付き合いだって苦手そうにしているわけでもなさそうだったから、これまで自分の母親が人見知りするなんて考えたこともなかったが、大人だから一見して分かるような態度を見せなかっただけで、心から打ち解けるには時間が掛かる方なんだろうか?

 いわれてみれば歳は違っても、瑠璃ちゃんのお嬢さんっぽくおっとりとしたところが、母と共通するといえばそれも言えてるか……。 

 案外自分の母親のことは見えてないもんだなと、なんだかうきうきしている母を見て思った。


「じゃあ、そろそろ行くよ。明日楽しんでこいよ。お休み」

 今日も眠ってしまった翔を抱え、こんなのもあとわずかのことだなと思いながら、実家をあとにした。 


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