母達とお出かけ
「お義母さん、明日お忙しいですか?」
明日は年休を取ってドレスを見に行くことにしていた。
男性の衣装はすぐ決まるだろうし、彼の方は休みの日に決めればいいだろうけど、わたしのは多少こだわるとすれば試着にも時間が掛かるだろうし、付き合わせても退屈なだけかなと思って最初は一人で行くつもりだった。
夕飯時に母にその話をしたら、意外にも食いつきがいいので、何気なく
「そんなに気になるんなら、お母さんも行く?」
と聞いてみたら二つ返事で行くとのこと。自分が着るわけでもないのにそんなに行きたいものかしら?
尋ねたら、そりゃあ多少気になるわよと何故か照れたような返事。あっさりしたうちの母でもこうなんだから、もしかすると尚人さんのお母さんも行きたいかなと思って、声を掛けてみたのだった。
『わたしが行ってもいいのかしら』
どこか遠慮したような返事ではあったけど、気乗りがしないという感じではなかったのでさらに聞いてみた。
「母も一緒なんですけど、少し時間があるようだったらそのあと三人でランチでも一緒に行きませんか?」
結局それで話がまとまり、翌日は三人でのお出かけとなった。
「さすがに何着も着替えると疲れた……」
セット料金の中に含まれている貸衣装とはいえ、あちこちを見てまわる結婚前のカップルを惹きつけるにはそれなりの品を置いてないと勝負にならないのだろう。点数はさほど多くもなかったが、まずまず気に入ったものを見つけることが出来た。
「二番目に着たあれもよかったけど、まあ、あんたには決めたやつの方がよかったかもね」
二番目の……とは母が着てみろと言った物だったけど、かわいさ加減がイマイチわたしには合ってないと思った。夢見るのはいいけど、娘の歳を考えなさいよって感じ。
「あら、諒子さんが選んだのがやっぱり素敵でしたよ。大人っぽくって、シンプルだけど上品な感じで、よく似合ってたわ。ベールとか、ブーケなんか持てばいっそう引き立つんじゃないかしら」
物は言い様ってホントによく言ったものね。半分以上お世辞と分かっていても、なんだか気分がよくなってくる。
「わたしたちのころはまず打ち掛けに振り袖、お色直しのドレスって感じだったけど、白いウェディングドレスもなかなかいいもんねぇ」
「ほんと、教会っていうのも憧れたけど、結局ごく一般的に神前で三三九度でしたもんねぇ」
なんて結構母親同士であれこれ盛り上がってるうちに、だんだんいつものよそよそしさがなくなってきて、これはこれでよかったなって思った。
「じゃあ、そろそろランチに向かいますか」
ドレスの試着には一人なら車でさっさと行こうと思っていたんだけど、三人でランチをすることにしたので、それならちょっと街に出て、ランチバイキングに行こうということになり、電車でのお出かけとなった。
九十分単位のバイキングで女性が元を取れるなんてことはまずないけど、これだけあれこれ食べようと思ったら、それ以上の値段を取られるのも本当のことで、バイキングに来るとやっぱりいつも張り切ってしまう。
「それもおいしそう。どこにあったの?」
「これ結構いける」
「もうちょっとあっさりした味付けでもいいわよねえ」
なんて話してるうちにいっそう口調も砕けてきた。お義母さんもいつの間にか諒子さんではなく、諒子ちゃんと呼んでくれるようになっていた。
「ドレスを見に行ったのも楽しかったけど、こういうランチも久しぶりで楽しかったわ」
少し食事のペースも落ち着いてきたころ、お義母さんが言った。
「あんまりお出かけしないんですか?」
わたしの方はまだあれこれと手を伸ばしながら、お義母さんに聞き返した。
「学生時代の友達と集まるときぐらいねぇ。でも、年にそう何回もあるわけでもないし」
「お母さんは結構行くわよね? サークル仲間とだっけ?」
「たまに行くわね。いつも豪華にってわけじゃないけど、みんな他にそういう機会もない主婦ばっかりだから。尚人さんのお母さんはそういうの何かやってらっしゃる?」
「いいえ、わたしは何も」
「あら、じゃあうちのサークル見に来ませんか? 公民館でやってるんですよ。ある程度人数がいないと公民館を借りるにも使用料を取られちゃうから、いつでもメンバー募集してるの。太極拳をベースにしたストレッチみたいな物なんですけどね」
なんだか母は張り切ってサークルの勧誘を始めた。例の酒井さんも参加しているサークルだから、お義母さんにも知り合いがまったくいない訳じゃないとでも思ったのかしら。
「わたしに出来るかしら。運動なんてやったことなくって」
お義母さんはちょっと不安そうに答えたけど、まったく興味がないというわけでもないらしい。
「大丈夫ですよ。わたし達より十も二十も上みたいな人が来てるから。それにわたし、もともと腰痛があったんだけど、始めてから痛むこともあんまりなくなって、週に一回でも身体動かすと違うんですよ」
どうしようかしらと悩む様子に言ってみた。
「見に行くだけでも、行ってみたらどうですか。それから決めればいいんじゃないですか」
そうねぇと言った顔はまんざらでもなさそうだった。
「そうだ、お義母さんって携帯持ってますか?」
「ええ、あんまり使わないけど」
公衆電話代わりにしかなってないわと言った。
「番号教えてもらっていいですか? というかわたしのを登録してもらった方が、これから連絡取ったりするときに都合がいいと思うんで」
ここしばらくは出歩いてるときが多いから……と付け加えると、バッグから携帯電話を取りだした。
「やり方分からないからやってくれる?」
はい、と受け取った。
アドレス帳に登録して、ワンタッチの方にも登録した。メール機能も付けてあったので、使うかどうかは分からないけど、そちらの方も出来るだけ簡単に呼び出せるようにして、使い方を説明した。
「使わないかもしれないですけど、どうしても連絡つかないときに、あとでメッセージを読めますから、伝言板代わりにも出来ますよ」
分かるかしらと不安顔。
「慣れれば使えると思いますけどね。今まで必要がなかったから使おうと思わなかっただけでしょ?」
「わたしも教えてもらっていいかしら」
いざというときの連絡先にと言って、母も番号を交換する。母の方は多少慣れていて、自分で登録して、お義母さんの分はやはりわたしが登録した。他人の慣れない携帯を操作していたわたしより母の方が手早かったようで、しばらくするとお義母さんの携帯が震えてイルミネーションが光った。今の間に母がメールを打ったらしい。ちょうどいいので、メールが来たときの開き方や、返信の打ち方を説明しておいた。
自分の母親と同世代の人にこんな言い方はおかしいけれど、一生懸命の様子がなんだか可愛いらしかった。
ちょうどいいお腹休めになった。
「もう少し食べられる? わたし、ケーキとフルーツ取ってくる」
値段分と行かないまでも、もう少し食べておかねばと、立ち上がった。
ランチの間にリフォームの話もちょっとした。
「そう言えばお義母さん、どの程度リフォームするか考えてますか? この前尚人さんに聞いたらまだ先のことと思ってたから、詳しいことはまだ話してないって言ってましたけど……。それによって今のマンションに一時入るか、すぐ同居するか変わってくるから、どうなのかなって思って」
「尚人からもちょっと聞いたけど、そんなに慌てて同居しなくたっていいのよ?」
「いえ、わたしもいきなり翔君の母親になるのに、一日中いきなり二人で過ごすのも不安があるし……」
そう言ったらお義母さんは何も口には出さなかったけど、ちょっと驚いた顔をしてうちの母の方も見た。
「……尚人の考えもあるだろうから、この話はあの子もいるときにゆっくり話しましょう」
まあ、どっちにしろ話を詰めるときはそうなるんだけど。
「ねぇ、リフォームすることは決まってるんだったら、この後ちょっと住宅展示場でも見てかない?」
のんきな声で母が話に加わった。
「お母さんは関係ないでしょうが」
呆れた声で呟くと、いい年をした人が、だってぇと続けた。
「家なんて一回建てたら庶民にはもう建てられないじゃない。でも住宅展示場って見に行くだけでも楽しそうじゃない? かといって建てる予定もないのに冷やかしに行くのも悪いような気がするし。どこで頼むか知らないけど、見ておいてもいいんじゃないの。お母さんも連れて行ってよ」
連れて行ってよって、子どもか。思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。
「でも住宅展示場のハウスメーカーって、新築とかしか扱わないんじゃないの?」
「そうだとしても相談とかのってくれるところとかぐらいはあるんじゃないの?」
また適当な。
「お義母さんどうします? どこか知ってる工務店とかあるんですかね?」
「いいえ、ないわ。どこに頼むとも具体的に話に出たこともないし。でも、そうねぇ……、見に行ってみましょうよ」
お義母さんまで……。
すでに二人してどこに展示場があったとか盛り上がり始めたので、苦笑しながらもまあいいかと付き合うことにしたのだった。
その日の夜遅くに尚人さんから電話があった。
『こんばんは』
「こんばんは」
『今日はありがとう。うちの母さんまでいつの間にか誘ってくれたんだ? すごく喜んでたよ』
「それならよかったです。わたしもお義母さんに来てもらってよかった。うちの母と二人だけじゃ、ドレス選びで険悪になったかも」
笑いながら言ったけどそれはホントのことで、歯に衣着せずと言っても限度がある。似たもの親子のわたしたちは、相手の言葉に悪気はないと分かっていても、遠慮のない余計な一言にかちんと来ることは多々あった。今日はお義母さんがいたおかげでエスカレートせずにすんだ。
「お義母さんが気前よく褒めてくれるから、気分よく選ばせてもらいました」
『ふーん、見るの楽しみだな。ランチもよかったってさ。かなり楽しかったみたいだ』
「うん、おいしかったですよ。……お義母さんの携帯選んだのって尚人さんですか?」
『そうだよ。母さんも家にいることが多いからほとんど家電で事足りるんだけど、出掛けたときに公衆電話があんまり見つからないらしくってさ、翔を連れてるときなんか困ることがあったらと思って』
「メールもほとんど使ってなかったんですよね。うちの母とやりとりしてる様子が、なんか可愛かったですよ」
電話の向こうから笑い声が聞こえた。少し間が空いたあと彼が言った。
『久しぶりにはしゃいだ感じの母を見たよ。それを見て僕も嬉しかった……。それでお礼を言いたかったんだ』
それだけ……と言ってそのあとはたいした用事もなく電話を切ったんだけど、なんだかいつもと違った様子の終わり方にちょっと不思議な感じがしたのだった。
いつも読みに来ていただいてありがとうございます。
※ 母二人の表記がわかりにくいとご指摘いただいて少し直しました。
ここまでのお話は二人がまだ結婚してないので、敢えて『お義母さん』としないでいたのもあって、ぼんやりとこの話に突入したのですが、読み返してみると、べったり母二人と諒子の三人の会話となると確かに誰が誰やら……。
そのほかにも誤字、脱字、表現の誤りなど、気が付いたことでもあれば教えていただけるとありがたいです。
この後もお楽しみいただければ幸いです。