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偶然にもほどがある


「お母さんのお友達で、お仲人が趣味の人っていたよね」


 何年か前までよくお見合い話を持ってこられたが、わたしに彼が出来た頃からぱったりと話がこなくなっていた。

「……あの人がお話持ってくのって、みんな二十代前半のお嬢さんみたい」

 ちょっと言いにくそうに母が言った。

 ……なんだ、そういうこと。彼氏が出来たから母が断ってたんじゃなくって、彼女の基準とする年齢をわたしが通り過ぎてしまったってことだったのね。がっくり。

 




 休憩コーナーで自販機のコーヒーを飲んでいるところを、総務に勤める原田さんに呼び止められた。彼女はわたしの四期下で、仕事上の関わりもないので普段話すことはあまりない。

「島野さん、澤口さんと別れたって本当ですか?」

 彼の方はどう思っているのか知らないけれど、わたしの方は気持ちが決まっていたのでそうだと答えた。

「じゃあ、わたしが付き合うことになっても構いませんよね?」

「その話は澤口さんとどうぞ。わたしはもう関係ないから」

「それならもう彼に関わらないでくださいね」

 だから、わたしに言うなっちゅうの。

 原田さんは以前から彼のことが好きだったらしく、ライバル視されてるなとうすうす感じてはいたけど、面と向かってここまで言われるとは思わなかった。言うだけ言うと靴音も高く去っていくのを呆気に取られて見送った。



「島野さん、結構あれこれ言われてるわよ」

 振り返ると一つ下のフロアで働く、お局様と称される香川さんが自販機でコーヒーを買っているところだった。

 彼女は事務サポートのエキスパートで、一般職での入社ながら仕事が出来る。ばりばり働く営業メンバーも、お世話になっている彼女には頭が上がらない。お局様と言ってもわたしより二歳上なだけで、わたしにはこれまでは社内に彼がいて、まがりなりにもキャリアコースにのっかっているからそう呼ばれなかっただけで、たいした違いはなかった。

 親しいと言うほどでもないけど、ぽつぽつとプライベートなことも話さないというわけでもない。なにしろある程度の年齢を超えると、がくんと同性の同僚が減ってしまうんだから。

 わたしもその予定だったんだけどなあ……、今のところ数少ない同志となってしまった。

「あー、そうですか」

 まあ、いろいろ言われてもしょうがないか。わたしが自分の都合で、一方的に振ったことには違いないんだし。

「総務辺りを中心に……」

 顔を原田さんの去った方に向けて笑いながら言うのも、嫌みじゃなくおもしろがって言ってるんだろうことは分かる。言葉がきついと、若い子には敬遠されてるけど、そういう意味では裏のない人でわたしには逆に付き合いやすい。原田さんタイプの人の方がわたしには理解不能のことが多いし、よっぽど怖い。

「まあ、しょうがないですよ。どっちが悪かった訳でもないと思うんですけど、今更っていう理由でこちらから一方的にお付き合いをやめたんですから」



 勤めてから六年も経つと、会社の中で新たな出会いなんてなかなかない。まして職場の同僚でもある元の彼と別れたことは、誰かに言ったわけでもなかったけど、わたしが一方的に彼を振ったことがあっという間に知れ渡っていて、まるで悪い女にでもなった気分。言い訳してまわる気もないから、職場で相手が見つかることもこの先ないと思われた。


 


 いよいよ結婚斡旋所みたいなところに相談するしかないかしらと思い始めたとき、母がお見合い話をもらってきた。

「諒子、酒井さんがお見合い話もってきてくれたんだけど……」

 えっ、ホントと喜んだわたしに複雑そうな顔を見せる母。一応聞くだけ聞いてみてくれたらしい。

「あれ? でも、酒井さんって、若い人にしか話をもってこないって人じゃなかったっけ?」

「訳ありなのよ……」

 そう言って見せられたスナップ写真と釣書。


 写真で見た感じさわやか系。何が問題? と思って釣書を見た。

 三十二歳の会社員。会社もそこそこ名の知れた会社だしと思っていたら……。

「バツイチで子どもが一人いるんだって。別れてまだ半年も経ってないらしいわよ。しかも一人息子でお母さんの身体が弱くて将来は同居希望だって」

 ふーんとその場では即答を避けた。




 週末の近所の公園。

 砂場や遊具を備えたその公園は、小さな子どもを連れた親子達で賑わっていた。休日の午前中にそれをうらやましげに眺める独身女が一人。

 いろいろと信じられないような事件がテレビや新聞を騒がせる昨今、見ようによっちゃあ十分に不審人物だよねと自嘲気味に考える。




 別にキャリアウーマンになりたかった訳じゃなかった……。

 将来の夢はかわいいお嫁さんで、寿退社をして優しいお母さんになって、子どもに囲まれた幸せな家庭をもつことだった。

 保母さんにも憧れた。

 それがなまじ学校の成績が良かったせいで、たいして考えもせずに、自分の成績で行けるめいっぱいの高校に進学してしまい、そこで推薦をもらえていわゆる有名大学に進学した。こつこつとまじめな性格のおかげで、在学中には就職に有利そうな資格は取れるだけ取った。そのせいか、運が良かったのか、就職の時もたいして苦労もせずに決まった。


 一流といわれる企業に就職し、強く望んだわけでもなかったが、キャリアコースにのっかった。仕事には手応えを感じもしたし、そのときそのときで精一杯ベストを尽くした。それでもやっぱり一番の夢はお嫁さんで、結婚したら会社は辞めて自分の手で子育てをしたかった。

「どこで間違っちゃったかなぁ……」

 ため息をつく。



 ベンチに座るわたしの足下に、ころころとキャラクターの絵が描かれたボールが転がってきてぶつかった。拾い上げて見回すと一,二歳の男の子がたどたどしい足取りでにこにこと駆けてくる。こちらも自然と笑顔になった。二メートルくらい手前で立ち止まって、じっとこちらを見ていたので、ボールを彼に向けてゆっくりと転がした。男の子はボールを取ろうと屈んで後ろにそらし、きゃっきゃと笑い声を上げながら追いかけて拾うと、振り返るなりまたわたしの方に向かって笑顔でボールを投げた。

 んーっ、かわいいーっ。

 ボールはあさっての方向に飛んでいった。男の子のきらきらと輝いて期待している目に、ついこちらも笑っていそいそとボールを取りに行った。もう一度投げ返そうとしたら男性の声。


「すみません」

 お父さんが来ちゃったか。そりゃそうだ。こんな小さな子から長い間目を離すはずがない。ささやかな癒しの時間は終わったのねと残念に思いながら、ボールをお父さんの方に返そうとした。

 振り返ってあれっと思った。知り合いじゃないけど、どこか見覚えのある顔。思い出せないままに彼にボールを渡すと親子は離れていった。お父さんが転がすボールを追いかける男の子。それを優しく見守るお父さん。

 見るともなくその親子を見ているとさらに渇望感がわき上がった。辺りを見回すと、よその親子連れもみんな楽しそう。わたしより全然若く、まだ学生で通りそうなお母さんもいるっていうのに……。


 よしっ、決めた。取りあえずお見合いしてみよう。それでダメだったら、今度は結婚相談所にでも何でも登録するわと心に決めた。




「お母さん。この前のお見合いすることに決めた」

 散歩から帰って早速母に告げた。父とテレビを見ながらお茶を飲んでた母が心配そうに言った。

「いいの? あんた初婚なんだし、もう少し待てば別のお話もあるかもよ。離婚してて子持ちなんて、何かと難しいんじゃない?」

「取りあえず会うだけ会ってみて、ダメそうだったら次をさがすことにした。こっちも若くないんだし。釣書どこにやった?」

 本当にいいのと言いながら出してきた写真と釣書。

 封筒を見て、あっ、と思い出した。慌てて中身を取り出し、写真を見た。



 偶然にもほどがある。

 どこかで見たことがあると思ったら……。そこにはついさっき公園で見かけた、ボールの男の子のお父さんが写っていた。




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