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まるで一目惚れ?


「金曜日、修羅場ってたんですって?」

「おはようございます」

 朝のロッカールーム。挨拶もすっ飛ばしてそう聞いてきた香川さんに、ずれてると承知の返事をした。

「……おはよう。ねぇ、無視?」

「無視なんてとんでもない。円滑な人間関係はまず挨拶からですからね」

 しれっとそんなことを言ったりなんかして。


 しかし、金曜の終業後の話が月曜の朝にはもう噂になってるの? みんなどんな情報網もってるんだか……、恐ろしい。

「別に修羅場ってたってほどじゃないですけど、なんで知ってるんですか?」

「営業は金曜日に飲み会やってたのよ。ちょうど店に向かう前に、みんなあなたたちを見かけたみたい。他の課の子も結構来てたし、酒の肴になってたわよ」



 金曜の夜は自己嫌悪から弱気になってたわたしだったけど、週末に翔君の笑顔に癒され、ポジティブな思考が戻ってくると、極度な落ち込みからは解放された。

 噂が走って彼には気の毒だけど、あんな目立つところで話が揉めてることを人に見られたのはわたしだけのせいじゃないんだし。

 でも、ちょうど飲み会の日だったとは。

 タイミング悪っ……。



「ねぇ、なかなかいい男らしいじゃない。それで澤口さんから乗り換えたって話だったけど」

 誰が話作ってるのよ。

「違いますよ。別れてからお見合いしたんです」

 ロッカーにバッグをしまいながら返事をする。

「え、そうだったの?」

「別れたっていう認識が違ってたみたいで、その点は反省してますけど、二股なんてかけてませんよ」

「なーんだそうだったの……。ってそれなのにもう結婚退社の話してるの?」

 驚いた様子で二度見された。

「だって、次のワークチームに入っちゃったら、途中でやめられそうじゃないですもん」

 ハイヒールを脱いで、社内履き用のサンダルに履き替える。

「そっちじゃなくって、別れたのってついこの前でしょ? それでお見合いしてもう結婚の話になってるのってこと」

「そうですよ。じゃ、そろそろ行きます」

 始業時間も近付いてきたし、いつまでも話してるわけにはいかない。




 金曜日の夜、家に帰ってから携帯を見ると何件か和真からの着信があった。

 まだ気持ちの整理も着いてなかったので、その日は電話を折り返すことはしなかった。

 日曜の夜になってようやく彼にメールを入れて、今日のお昼に会って話す約束をした。



 会社からは少し離れたレストラン。ランチにしてはちょっと高いけど、昼時の予約が出来るのでここを選んだ。

 食事が運ばれてくるまでは、当たり障りなく仕事は忙しいのかとかそんな話をした。

 値段なりの少しばかり気取ったお料理が運ばれてきた。しばらくお料理を口にしてから話し始めた。

「今日、会社で何か言われた?」

「ああ、ちょっとな……」

 バツの悪そうな顔を見せた。

「金曜日、営業の飲み会だったんだって。それで話が広がっちゃったらしいよ」

 悪かったなと小さな声で言った。

「わたしはあと少しで辞める人間だからもう構わないけど、澤口さんの方がやりづらいでしょ」

 名字で呼んだせいか、また嫌な顔をした。



「別れ話を切り出したときは唐突すぎたわね。ゴメン。……あの時はわたしも動揺しちゃって、言うだけ言って帰っちゃったけど、もっときちんと気持ちを伝えるために、話しとけばよかったのにね」

 食事もかなり進んだところで話を切り出した。彼は食べる手をほんのちょっと止めた。

「結婚すれば、誰でも子どもを欲しがるものって思い込んで、三年も付き合ってたのに、なんでこんな大事なことも話してくれなかったんだって、裏切られたような気がしちゃって……。それで、自分勝手にそれまでのことを放り投げるように別れを切り出しちゃった。いい大人がとる態度とは言えなかったわね。あのあと話そうとしてくれてたのに、それも無視するような態度でゴメン。もう折り合いは付かないだろうなってさっさと思い込んじゃった……」

 彼は少しずつ食事しながら聞いていた。


「わたし、小さい頃からの夢は、子だくさんの優しいお母さんになることだったの。現実にはそんなにたくさんだと、お金も掛かるし、二,三人が良いとこかなぁって思ってたんだけど……」

 間をおいて続ける。

「澤口さんが本当は子ども欲しいとは思ってないのに、わたしに合わせて作っても良いって言ってくれたけど、それで結婚して、本当に幸せになれるのかな? あなたも言ったとおり、子どもは騒がしいものよ。そのことに耐えられないなら、家庭でくつろげないって感じるんじゃない? そしたら家庭から離れて行きがちになるんじゃないかしら。そのことにわたしは不満を持つんじゃないかな。多分わたしはおとなしく黙ってなんかいないわよね。そしたらもっと家にいるのが苦痛になったりするんじゃない?」

 彼は食べるのをやめて、黙ったまま聞いていた。


「……澤口さんは子どもが欲しいわけでもなかったから、わたしが言い出すまで結婚だってそんなに急いでなかったんでしょ? でも、わたしは年齢からいっても、子どもが欲しかったらもうのんびりしてられないの。……もしかしたらあと十年もすれば、あなたの子どもに対する気持ちもまた違ったかも知れないわね」

 一通りの気持ちは伝えたかなと思って自分も食事を再開した。


 それまで黙っていた彼が口を開いた。

「どうしてこんなに早く結婚するのを決めたんだ?」

「この前の法村さん、お見合いで知り合った人だけど今度は行き違いがないように、最初から子どもが欲しいかどうか確認したのよ」

 そのときのことを思い出して自分のことながらちょっと笑ってしまった。

「初対面なのに、あんまりわたしがストレートにあれこれ聞くもんだから、驚いてた。……彼、離婚してて一歳の男の子のパパなんだけど、偶然二人が公園で遊んでるところを見かけたことがあったの。そこにわたしも加わりたいと思ったのよね……」

「……ふーん、まるで一目惚れだな」

 ずいぶんいい顔で話すんだなと、それまでと違ってなんだかさばさばとした表情で言った。ただ、彼の言った言葉には驚いた。わたしはとっても実際的な関係と思ってたんだけど、彼がそう思ったならと敢えて訂正しないでおいた。


 何となく了解してもらえたような雰囲気になったので、軽口を叩いた。

「澤口さんだってまだまだ捨てたもんじゃないわよ。社内だけでもずいぶんもてるじゃない」

 彼を狙ってるのは原田さんだけじゃない。

「それこそ、お嫁さんタイプばっかりじゃね-かよ」

「もてる男はつらいわね」

「俺を振ったやつが言ってるんじゃねー」

 その口調は、まだわたしたちが付き合い始める前の、同期の友達だった頃と同じようだった。




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