誰も口を挟めない side 尚人
「お昼食べたらみんなで式場見に行きません?」
その言葉で、もう一つ確認しておくことがあったのを思い出した。
その場は既に彼女主導で、お昼は何にしようかと話は進んでいた。
「この前お寿司だったし、今日はウナギにでもしましょうか? 天丼もおいしいお店なんですよ」
「なんだかいつも店屋物ばっかりですみません」
「それを言うなら、こちらこそいつも急にお邪魔することになってすみません、ですよ」
まったくこの子が何でも思いつきで決めちゃうから……と女性陣のひとしきりの会話があって、電話で注文も済ませたところで切り出した。
「あの、式と披露宴のことなんですけど……」
「尚人さん、披露宴はいいって言ったじゃない」
彼女はそう言うが、聞くべきことは聞いておかないと。
「親戚の手前ってこともあるだろうし、一応ご両親の意見も聞こうよ。うちは呼ばなきゃいけないような親戚はもうないけど、諒子さんの家はそうじゃないだろう? あと、結納のことなんかも……」
「披露宴も考えてなかったんだから結納もいいですよ」
本当にあっさりしてるな。二人だけだったら、苦笑して話を先に進めるところだけど……。
「ご両親はどう思ってらっしゃるんでしょうか?」
せっせせっせとだるまを崩す翔のために、延々とだるまを積み上げているお父さんは何も言わなかった。
「諒子さんのお兄さんは有名ホテルでかなり立派な挙式披露宴されたと聞きましたけど、そういうところじゃなくっていいんでしょうか? 僕と違って諒子さんは初婚ですし、お父さん達もいろいろ考えてたんじゃないですか?」
お父さんが何も言わないのをみてお母さんが答えてくれた。
「それもみんな諒子が言い出したことでしょう? 一応聞いてますけど、法村さんの方で構わないんだったらあとは二人で決めてくれても……」
ちょっと待っててねと言って彼女がその場を離れてすぐに戻ってきた。
手には昨日集めてきた式場のパンフレット。
「こっちがホテル系でこっちは結婚式専門に扱ってるところ。全体にホテルは高めの料金設定で、お兄ちゃんの時でどんな感じかは分かってるでしょ? で、ここが一番良いかなと思ったんだけど、こぢんまりとしてるけど会場が新しくてきれいだったし、お手頃で日取りも余裕で押さえられそうなのよね。一生に一度の結婚式って言うけど、たった一日のお披露目に何百万もかけるよりも、そのあとの生活にお金かけたいなと思って。尚人さんのご実家、リフォームを考えてくださってるんだって。翔君にも兄弟が欲しいし、そうなったら教育費だって備えておきたいでしょ?」
まさに僕を説得したときのように、すらすらと言葉を紡ぐ。
「見に行ってみようよ。結構雰囲気良くって素敵だったのよ」
母親二人はそれぞれパンフレットを手に取って眺めていたが、うちの母なんかは心なしかホテルのパンフレットを長く見ていたように感じたのは気のせいか? そんなことを気にも留めないように、いや、気付いていたかもしれないが、彼女は自分の気に入った式場の良さを力説していた。
みんなで食事を済ませて、いったん家に戻ってスーツを着替えて、二台の車に分乗して取りあえず彼女一押しの式場を見に行った。
昨日と違って今日は結婚式が入っていたようで、チャペルの中などは見られなかったが、ちょうど中から人が出てきて、ライスシャワーでもするのか緩やかな階段になった両脇に人が並び始めたところだった。招待客は二,三十人といったところか。天気も良く、庭園の緑も映えて写真に収めるにはこれ以上ないだろうという眺め。庭園には何か所かチャペルの外観に合わせたような東屋ふうになってるところがあって、そこも花で飾られていた。フォトスポットになっているのだろう。
邪魔にならないように少し離れたところから見ていたが、母親達はこういうのも悪くないわねなどと印象が良くなったようだった。
「今日は中は見られなさそうだけど、広々としたって感じじゃなかったけど、内装が品良くまとめてあって、それが逆にまた良い雰囲気かなって思ったの」
「思ってたよりずっといいわね。あんたが料金のことばっかり言うから、もっと安っぽいのを想像しちゃったわ」
「わたしだってそれなりに思い出に残るものにしたいもの。お金のことばっかりにこだわって、何も、ここの最低料金で済まそうなんて言ってないわよ。無駄を省いて、こだわるところだけオプションで上乗せしていけばいいじゃない」
「諒子さん、家族だけって言ってたけど、職場の方とか、お友達とか招いたりしなくていいの?」
うちの母が尋ねた。
「職場関係はともかく、友達はよびたい気もしないではないんですけどね。まあ、そっちの方は別口で何か考えます」
取りあえず雰囲気だけ見てもらうことは出来たので、その場をあとにして家に戻った。
翔が眠ってしまったので、今度はうちの実家の方でさらに話を続けることとなった。
「どれにしますかー?」
帰りにちゃっかりとケーキを買ってきた彼女は早速お皿に取り分けている。
「翔にはショートケーキ残しておいてやってくれる?」
「分かってますよ。一緒に食べられたら良かったのにね」
彼女はあちらの車の方に乗っていたので、僕たちよりあとで家に着いて、リビングの続きの和室でまだ翔が眠っているのを見てがっかりしていた。好みも覚えていてくれたようで、この前みたいに食べさせてくれるつもりだったみたいだ。
「今日のところで決めちゃっても良いかしら?」
ケーキを食べながら、晩ご飯のおかずでも決めるような気軽さで彼女が尋ねた。
母親二人が顔を見合わせた。
「今日のところって言っても一か所しか見てないし……。較べようもないわよ」
彼女のお母さんが口を開いた。
「較べる必要なんてないわよ。上を見ればキリがないんだし、あそこで大丈夫かどうかだけ考えてくれれば……。お母さんはどうでしたか?」
うちの母にも尋ねてくれたが、そうねぇと言葉を濁した。花嫁である諒子さんが乗り気のようなので、もう口を出す気もないのだろう。
「尚人さんはどうでした?」
お父さんの方には尋ねもしないで僕に振られたので、答えあぐねる。ちらっと見るとちょうど目があった。
「ああ、僕のことなら気にしないで良いから」
「……諒子さんが本当にそれでいいなら、僕も良いけど……」
そこまで言ったところで、
「じゃあ、決めちゃって良いですよね?」
と言葉を重ねるように返された。
もう、式場のことでは誰も口を挟まなかった。というか挟めなかった。
そして予約を取り付けるべく、その翌週に式場との相談予約をさっさとその場で入れたのであった。
拙い作品を読んでいただきありがとうございます。
お気に入り登録をしてくださる方が200人を超え、また読みに来てくださる方もたくさんいらっしゃる様子に、なんだか力がわいてきます。
時折間も空きますが、なるべく今くらいのペースでの更新を続けたいと思っております。
今回のお話は楽しんでいただけたでしょうか。