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日取り決定!……の前に

 

 

 あーっ、顔が突っ張る。

 さすがに石けんで顔を洗ったのはまずかったな。つるつるを通り越してお肌がぱりぱりしてる。昨日ちゃんと帰ってからパックするなり、何らかのケアをしとけば良かった。

 歯を磨いて顔を洗ってそのまま自分の部屋に戻り、遅まきながら今頃になってパックシートを顔に貼り付けている。美容液も十分浸透したかしらという頃に顔からはがして日常のお手入れをしながら鏡を覗き込む。

 アイブロウペンシルだよりの眉に整えてなくて良かった。彼に長時間すっぴんをさらすことになったものの、普段から休日には無防備にすっぴんで近所を出歩いたりするので、整えすぎてないのが思いもよらずひょんなところで役に立った。てんてん眉じゃちょっと怖いもんね。

 バカなことを考えながらメイクを整えていく。



 今日はこの後、翔君も連れて三人で式場巡り。本格的にというよりそれぞれがピックアップしたところを、式場の雰囲気を見がてらパンフを集めるといったところ。いくつかに絞ってから予約を入れて式場を見学しようかと思っている。


 お見合いの時、勢いで一ヶ月後に結婚したいって言ったけど、わたしだって現実的には無理だろうなとはもちろん分かってたわよ? ただ、のんびりしてる間に、無為にどんどん日にちが経っちゃうのがいやだっただけで……。

 今は、会社を辞めるのは一ヶ月以上先になることだし、その頃までに準備が出来ればいいかなという気持ちに落ち着いてきた。それでもうちの母なんかにはとんでもない話と思われてはいるし、尚人さんはお母さんに式場探しをするとは言ってあるものの、どうやら出来る限り早く式を挙げてしまおうとしていることはまだ告げてないらしい。



 今日一日、子ども連れであちこち回るので、彼は車で家まで迎えに来てくれた。おはようございますと彼に挨拶をしてから車に乗った。

 翔君には長時間付き合ってもらうことになるので、助手席に座るのはやめて、後部座席に乗った。

「おはようー、翔君」

「あーよー」

 んー、今日も可愛いー。

「これ、僕がチェックしてきたとこ」

 車を出す前に、シート越しに振り向いてプリントアウトしてきた紙を渡され、わたしの方も用意してきたものを彼に渡した。


「こんな立派なホテルの式場ってそれだけでお高いんじゃないですか?」

 彼が調べてきたのはどれも割と有名なホテルで、挙式のみも可とは一応書いてあったけど……。ここには値段が書いてないけど、自分でも調べてたときに二,三ちらっと見て、高い印象を受けて最初っから除外してしまった。

 こういうところを利用する人たちは結構な金額を落としていってくれる人たちだろうから、元々の設定金額から高いんじゃないだろうか? 多分そうに決まってる。

「こういうところは多分今からじゃ押さえられるのはずいぶん先ですよ」

とだけ言っておいた。


 わたしが調べて来たところは、それよりずっと安価なプランを売りにしている式場。

 事情があって昔結婚式を挙げることが出来なかった人のために、写真を残すというフォトウェディングというのから、できちゃった婚なんかで取りあえず式だけ急いで挙げたいと言うカップルなんかが利用しやすいプランを充実させているところを主にピックアップしてきた。

 今時は結婚を急ぐ人にもずいぶん便利なプランがあるらしい。列席者二,三十名程度までの挙式オンリーでなんと十万前後から、挙式の日取りが休日になったり、衣装のグレードを上げたりするたびに料金が加算されていくので、それぽっきりというわけにはいかないんだろうけど、準備自体は最短で二週間と書いてあったのには驚いた。

 会社を辞めるのは来月末なので、そこまで急ぐ必要もないんだけど……。家族だけに参列してもらえればいいので、式の規模や費用的にはそういうので十分じゃないかと思った。



 近いところから順に回っていくことにして、出発した。最初の目的地は彼が見つけてきた有名ホテル。

「土日って混んでるんだろうな」

「パンフレット集めるにはその方がかえって好都合かも。長々と説明されても時間ばっかり掛かっちゃうから」

 そんなことを車中で話していたんだけど、若干当てが外れた。今日は仏滅で、もともと式の予約自体は少ないらしく、最初に行ったホテルではウェディングフェアというのをやっていて、予約していなかったにも関わらず、説明しようと手ぐすね引いてるプランナーさんが大勢いた。

 子ども連れですから……とひったくるようにパンフレットを貰ってその場を退散した。立ち去る前に予約状況だけ聞いてみたら、やっぱりこの先三ヶ月は土日の予約は無理らしい。

 彼が見つけてきたところはどれも同じような格式のホテルだったので、多分他もみんなそんな感じじゃないかなと想像が付いた。費用の面でも、いったん手頃な価格で出来るところがあると知ってしまうと、こんなところにお金をかける必要はないと思ってしまう。


 近くに集中していた有名ホテルを先に見て回って、郊外の式場に向かう途中で昼食を取るためファミレスに入った。混み始めるぎりぎりのタイミングでうまく席に着くことが出来た。

「ホテルの方はやっぱりどこもすぐには無理そうでしたね」

「うん。あとは諒子さんが探してきたところだな」

 昨日呼び捨てで構わないと言ったのを忘れてしまったのか、今日になったらやっぱりさん付けで名前を呼んでいることにくすりと笑いが漏れた。

「なに?」

「え、また諒子さんって呼んでるから……」

「そっちこそ、相変わらず敬語じゃないか」

「丁寧に喋ろうとしてる訳じゃないんだけど、なんだかくせになっちゃって……」

「もう、普通に喋ってくれてもいいと思うんだけどな」

 そう言いながらにやっとしたのがなんだか意味深で照れてしまった。彼は気にしたふうもなく、食事が出てくるのを待つ間に翔君の気を引いておくために、バッグの中から折り紙を取りだした。

「いつも持ち歩いてるんですか?」

 翔君に話しかけながら、ゆっくりと折っていく。

「何かしらね。騒ぎ出してからじゃ、機嫌を直すにも時間が掛かっちゃうし、そうなるとこっちも食事どころじゃなくなるからね」



 翔君に関して、彼は本当に気長に、忍耐強く接していると思う。 

 彼のように離婚した場合、普通はもっと実家の母親に頼るものじゃないかなと思う。お母さんの身体が丈夫じゃないから負担にならないようにしているだけだと、何でもないことのように言うけど、本当に翔君が可愛いんだなということが伺える。

 最後のホテルを出てくる前に、翔君のおむつを替えるために彼はトイレに行っていた。おむつを替えるにも、施設によっては男性用トイレにはおむつの交換台を設置してないところも多いらしく、行く先々でこまめにチェックしていた。わたしが行きましょうかと尋ねても、まだためらいがあるらしい。

「下手かもしれないけど、やらないことにはうまくなりませんよ」

 翔君の他には身近に赤ちゃんなんていないんだから。

「いや、なんだかんだ言っても、諒子さんは独身のお嬢さんだから」

「……独身のお嬢さんって歳でもないですけど」

 遠慮の仕方がちょっと古風だわ。

 わたしとしては、このまま行けば翔君のママになるわけだから、徐々に世話の仕方を覚えて行くに超したことはないと思うんだけど、彼は結婚していきなり一児の母親役をさせることに、遠慮があるようで……。

 


「上手ですね」

 彼が翔君に作ってあげてるのは奴さん。折り方なんてすっかり忘れてたけど、見ているうちにだんだんと思い出してきた。

「よく覚えてますね」

「折り紙の本買ったんだよ」

 そう言いながら折ったものを組み合わせて翔君に持たせた。 




 午後に回るのは、全部わたしが見つけたところで、少し郊外にある結婚式を専門に扱う会場。式の他にも披露宴のホテルの優待斡旋もしてくれるらしいけど、こっちはわたしたちには関係なし。

 今日四つ目となった式場の施設を見てまわった。

 ここもやはり今日予定の挙式はないらしく、割とあちこち見ることが出来た。

「新しくてきれいですね」

 式場はあまり大きくないけど、年数があまり経ってないようで、建物も内装もきれいだった。郊外にあるので、庭も開けていて、きれいに整備された庭園はロケーションも良い。パンフレットに乗っている料金の説明も少しして貰ったけど、結婚式で必要になりそうなサービスはほぼ含まれていて、内容のグレードアップで料金が変化するらしい。


 眠くてぐずり始めた翔君を抱え、そのあとにまわった二件も同じような感じで、サービスの内容は少しずつ違っていたけど、条件を揃えるとほぼ同じような料金になるようで、ホテルとは設定している価格帯が違うといった感じだった。日取りもこちらの方が希望通りに取れそうだったのも、わたしの中ではポイントが高かった。



 その日はそのまま彼のマンションに案内してもらった。

 わたしたちの住む駅から三駅。遠いとも言えないけど、毎日翔君の保育所の送り迎えのために往復するとなると面倒には違いない。

 マンションは割と新しくて、駅から近くて間取りも良い。お家賃は結構するんじゃないかなと思った。多分奥さんのために選んだ物件だったろうに、彼の別れた奥さんは何がそんなに不満だったんだろう?



 帰りの車中で眠ってしまった翔君をリビングの隣の和室に寝かせ、小さな声で話した。

「こういうところでいいんじゃないですか?」

 貰ってきたパンフレットをテーブルに並べて、あとで見た郊外にある式場の方を指さした。

「本当に良いの? ホテルとかじゃなくて」

 彼はどうやらわたしに気を遣って、有名ホテルのプランばかりを考えていたようだった。

「披露宴をしないなら、せめて式だけでも華やかにしたっていいんじゃないか?」

「そんなに気を遣わなくっても、最初に言ったとおりで良いですよ。こういうところの方が日取りも押さえやすそうだし、キャンセルしたときだって被害は小さくてすみますよ」

 わたしの方は多分こっちの方からキャンセルを申し出ることはもうないだろうと思っていたので、最後に付け加えたのはほんの冗談だったつもりだったんだけど、彼は面白くなさそうな顔をした。

「冗談ですよ。ねぇ、ここに決めて日取り押さえちゃいませんか?」


 少し考える様子を見せてから彼が言った。

「あ……、そう言えば、正式にご両親に挨拶してないね。日取りを決める前にまず、そっちだった」

 あら? そう言えば、なし崩し的に両親達を引き合わせたものの、結婚することはわたしの口から告げただけで、はっきりとした挨拶はすませてなかった。

 さすがにまずいかも。

「明日、お父さんはご在宅かどうか聞いてみてくれないか? 結婚の挨拶に伺いたいって」

 その言葉に慌てて頷いた。


「もしもしお母さん? 明日なんだけど……」







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