⑥ 女の子の言葉づかい。優の自衛策。『無理してあたしみたいな話し方しなくてもいいと思うけど』
いざ、初デートへと向かうべく、マンションを出発した僕たち。
しばらく駅までの道のりを、ふたり並んで歩いていく。
隣の和奏へ視線を向けると、先ほどマンションから持ってきたトートバッグが肩に掛けられている。
バッグの口はジッパーで留められており、中は見えない。しかし、デートにこのバッグは重そうだな……。
「和奏、それ、重くない……? 僕が持つよ……?」
「い、いえ……、これはあたしが持っていたいから大丈夫よ……」
「そ、そう……? 分かった。
辛くなってきたら持つから、言ってね?」
「ありがとう……、優」
そんなやり取りをはさみつつ、進んでいくと、やがて駅前通りへと出る。
駅にだいぶ近づいてきたのか、電車がレール上を走っていく音が聞こえてきた。
手前の信号が赤になり、立ち止まる。
「これからどこ行くの……?」
「電車で1時間くらいのところよ」
明確な行き先は教えてくれなかった。
駅に着いて私鉄に乗り、和奏と並んで座席に腰掛ける。
電車が動きはじめ、加速していく電車の車窓から景色を眺める。
和奏はスマホを見はじめてしまい無言。
僕は、普段乗らない路線なので、ボーッと看板や建物を見ていた。
「次は、鐘ヶ淵〜、鐘ヶ淵〜、お出口は——」
30分ほど進むと、僕が住む街、溝ヶ淵の駅に停車した。
普段、バス通学の僕はあまり電車には乗らないが、たまに用事があった際に利用する、その駅。
ホームから見える、駅前のマスドの看板。
(……あ、あのマスド、中学の頃、
友だちとよく行ったなぁ……え? 友だち……?)
——そこで、ようやく思い至る。
勝手知ってる地元の駅。
つまり、知り合いに見つかるリスクが一番高いということに……。
(もし、中学時代の友達が、近所の人が、
今の僕の格好を見たら……?)
万一、知り合いに僕が女装していると、バレた場合の可能性……。
——冷や汗がドバっと出た。
「ハァ、ハァ……、」
(い、息が……、苦しい……!)
胸のあたりに手を当て、必死に顔を俯かせて誰からも見られないようにする。
——和奏がこちらを伺う。
辛そうにする僕の様子に事情を察したのか、隣から僕をそっと抱きしめてきた。
「大丈夫よ……」
耳元で囁くように言われ、すこし気持ちが落ち着いてきた。
「はぁ…………、」
一息つけ、和奏から体を離す。
——そこに至って、そもそも僕たちの周りには、誰もいなかったことに気付いた……。
◆◆◆◆
停車時間が過ぎ、電車が走りはじめる。
そして、そこからさらに30分ほど経過した頃。
「ここで降りるわよ」
停車した電車。ホームへと降り立つ。
広々とした改札を抜けた。
駅前に出ると、様々な形や高さのビルが建ち並んでいる。
——はじめて来る駅だが、なかなかいい雰囲気の街だ。
「……和奏はここ、よく来るの?」
「はじめて来る場所よ。家から近いと、やっぱり知り合いに見つかるリスクが高いから。さっきはごめんなさいね?」
先ほどの、地元駅でのことだろう。
「うぅん……和奏が抱きしめてくれて、なんだか安心した。ありがとう……」
「ふふっ……行きましょ?」
彼女は僕の手を摑むと、ふたりで街の中へと歩みを進んでいく。
◆◆◆◆
駅から5分ほど歩く。
本日の和奏の姿。長い黒髪をポニーテールに結んでいる。普段はしていない銀ぶちのメガネまでかけている——、変装のつもりだろうか……?
「あっ、見て!」
突然走り出す和奏。
「そんな大きな荷物抱えて走ったら危ないよ! じゃない……危ないわよっ!」
自ら言葉遣いを訂正しつつ、急いで彼女を追いかけた。
◆◆◆◆
「これ可愛くないっ?」
ちょこんと、地にかがんだ彼女。
店先の床に置かれたケース内に並ぶ、小さな食器たちを指差している。
「たしかに可愛いな……いえ……可愛いわね」
和奏の顔が渋く染まる。
「……無理してあたしみたいな話し方しなくてもいいと思うけど」
「いや、万が一知り合いに見つかったら、言葉遣いでバレそうでだし……」
「……その前に、声だけで、あなたって分かっちゃうかもしれないわよ?」
(——どっちにしろ詰みだし!)
そんなやりとりをしていると、和奏が通りの向こうを見て木製の看板を指差す。
「あっちに喫茶店があるわよ。少し休みましょう?」
視線を向けると、ちょっと段差を下りたところに店が見えた。
『喫茶 時代家』と、看板に店名が記されている。
(ひとりで入るには、ハードルが高そうな店だな……)
しかし、今はひとりではない。
頼もしい味方。僕の彼女である和奏がいる。
「……うん、ちょっと休んでこっ!」
僕は、明るく答えるのだった。
◆◆◆◆
すこし緊張しつつも、喫茶店、時代家の扉を開ける。
カランコロンと小気味いい音が店内に響いた。
カウンターには、あごヒゲを蓄えた、やや強面の渋めなマスター。そして、テーブルを拭いて掃除しているウェイトレスさん。
店内は昭和レトロ漂う雰囲気で、黒電話や、レコードプレイヤーなど懐かしい品々が、そこかしこに並べられている。
ウェイトレスさんが掃除の手を止めて、こちらへとやってきた。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「ええ」
「ではご案内致します」
ちょっとおしゃれな、その店内。
(や、やっばり、ちょっと緊張してきたかも……!)
思わず、となりに立つ和奏のブレザーの裾を、指先で摑んでしまう。
「こちらのお席にどうぞ……。
フフッ……、ごゆっくりしていってくださいね……」
ウェイトレスさんの目が、僕の手。
和奏のブレザーを摑んでいる、その手を見ている。
(み、見られた——!)
はずかしさに、慌てて手を離す僕。
「……どうしたの?」
上目遣いにたずねてくる和奏。
「いや、ウェイトレスさん見てたし……」
「そう? 気にしなくていいのに……」
不満げに漏らしつつ、トートバッグを足元へ静かに下ろす。
すこしして、先ほどのウェイトレスさんが、冷たい水とメニューを運んできてくれた。
「はい、お水どうぞ」
僕の前に丁寧に水を置くウェイトレスさん。
ニコリとこちらに微笑みを向けてくる。
「あ、ありがと……」
小さな声で答えた僕。
(ウェイトレスさん、なにか勘づいてる……??)
「ね、ねぇ、和奏……、
ウェイトレスさんに男だってばれてないかな……?」
「……どう見ても、素敵な女の子よ……。鏡見る?」
和奏がバッグから手鏡を取り出し、こちらに見せてくる。その鏡に反射する、僕のキラキラとした顔。
「うっっ……」
——その輝きに、思わず目を逸らした。




