⑤ 同性愛の仮定。ノットイコールな命題。『あなたが男性を好きなら、一番仲のいい航汰くんが恋愛対象になるのかしら?』
和奏と僕の秘密のお付き合いがスタートし、はじめて迎える週末の土曜日。
数日前に彼女からレインで、デートの誘いをうけていた。
デートのお迎え&僕の着替え(女装)のため、和奏の住むタワーマンションへと再び赴く。
エントランスで和奏の部屋番号を呼び出し、ロックを解除してもらって、彼女の部屋にあがる。
「お邪魔します……」
「いらっしゃい、優」
僕の訪問に扉を開けた和奏。
上はディープグリーンのセーターに、下は淡いブルーのスウェットパンツという、ラフな私服姿だった。
「溝ヶ淵からだと、ここまで結構かかったんじゃないかしら?」
「30分くらいだから大丈夫だよ」
彼女には先日、自宅住所を伝えていた。
しかし、和奏とデートできるなら、1時間や2時間くらいかかっても、苦にならないだろう。
玄関で靴を脱ぎ、出されたスリッパに履き替える。凛との会話どおり、両親は不在のようだ。
「和奏は今ひとり暮らし中なの?」
「そうよ。お父さんが海外赴任中で、お母さんもそれについて行っちゃって。
たまに鍵かけ忘れそうになるから、防犯面ではオートロックにしたいのだけど……」
亜桜家の家庭内事情を聞かされながら、奥にあるリビングへ入った。
「ソファにでも座って、ゆっくりしててね」
大型テレビの前に、4人くらいはラクに座れる大きなソファが置かれている。
遠慮するのも悪いかとソファに腰掛けた。
「飲み物持ってくるわ。紅茶でいいかしら?」
「うん、ありがとう」
キッチンに立つ和奏を見ると、ペットボトルなどの紅茶ではなく、きちんと茶茶から淹れはじめた。
しばらくしてカップを2つ手にし、戻ってくる。
「どうぞ」
「いただきます」
ひとくちすする。
……おいしい。
思わず、自分の口元が、ふっと綻ぶ。
「……お口にあったかしら?」
「すごくおいしいよ」
しばらく無言の時が流れる。
そこへ和奏がふと漏らす。
「——あなたが、女装してもいいって言ってくれて、本当によかったわ……」
「……あのさ、和奏って女の子が好きなんだよね?
だったら本当は、僕よりも、凛のほうがよかった……?
たぶん彼女なら、和奏のこと嫌わないと思うし、もし一番仲のいい凛と付き合えたら、女装とか気にしなくていいんだよね……?」
和奏の言葉に対し、言いたくないことが、勝手に口をついた。
「……たしか、優って、メガネかけてて成績が学年1位の男の子と、仲良かったわよね……?」
「航汰のこと……?」
「……そう。航汰くん。
もし、あなたが男性を好きなら、一番仲のいい航汰くんが恋愛対象になるのかしら……?」
「え、うーーーん……」
——自分が同性愛者だと仮定する。
これまでの人生で関わってきた、自分が親しくしていた男の子や、年上の男性の顔を思い浮かべていく。
小学3年までクラスが一緒で、今は遠くに行った引っ越した同い年の男の子、
近所に住んでいた大学生のお兄さん、
20代の若い男性担任……。
——なかでも、小学校で同じクラスだった男の子には、異性へのドキドキに似た、恋慕のような感覚もあったように思う。
顔立ちは、なぜかうまく思い出せない。
しかし、あの子との間には、墓場まで持っていきたい大事な『秘密』まである……。
しかし……、翻って、航汰と付き合った想像をしてみる。
航汰と手を繋いでの下校。
休日のラブラブなデート。
人目を盗んでの、キ、キス……、
——ホテルでなかよくエッチ…………ッ?!
(……うぐっ、
航汰とはいくら仲が良いとはいえ、辛い想像だ……)
——やはり、恋愛対象にはならない、と思う……。
「……でしょう? 恋愛としての好きと、親友として好き、は違うのよ」
「まあ、たしかにそうかも……」
「あたしにとってはね、凛は仲のいい女友達なの。恋愛感情はそこにはない。
……だいたい、凛だって、あたしに告白されたら困るでしょう? あっという間に、今の距離感ではいられなくなるわ」
和奏が目を伏せ、紅茶をひとくち飲んだ。
◆◆◆◆
「今日はあたしも着替えようかしら」
クローゼットから女子制服一式が入った袋を取り出し、以前に僕が着たものと同じ種類のブレザーを広げた。
「そう言えばこの制服って、和奏が中学生だった時の物なの?」
うちの学校の制服は黒のセーラー服であり、スカートもデザインが全然違う。
「あら。これ、なりきり制服っていうのよ。校章も入ってないし、休日に制服デートしたりするために着るものなの」
大学生や社会人で制服を着る人たちは、こういうのを利用しているのかもしれない。
「それにしても、なんでこんなに色々持ってるの……?」
スタイルのいい和奏には必要のないパッド入りのブラや、ウィッグ、なりきり制服や、清楚な雰囲気の彼女には少しかわいすぎる洋服。ちょっと大人な服の数々……。
「……さあ、着替えはじめましょ」
僕の質問には答えず、和奏が音頭をとった。
◆◆◆◆
先日よりはサクサクと進む着替え。
ブラウスとスカートを身に着け、ボブカットのウィッグを着けたあと、化粧台の前で和奏にメイクを施してもらう。
——ピンクのリップだけは、和奏にお願いして、再び自分で塗った。まだドキドキするけど……。
「ねぇ、そのリップ、優にあげるわ。その子も優に使ってほしがってるみたいだから」
和奏からピンクのリップをいただいてしまった。
(ホントに僕、女の子になっちゃったみたいだな……)
手のひらの上のリップを見て思った。
前回と比べると早く着替えが済んだが、時計を見ると、やはり1時間くらいはかかってしまった。
和奏が、鏡の前に座る、綺麗に変身した僕の顔を見つめる。
「やっぱり、かわいいわぁ………♡♡」
抱きつき、頬ずりしてくる。
和奏の巨乳が、僕のパッド入りの胸越しに当たっている。胸が触れているのに気付いていないのだろうか……?
しかし、凛にしていたのと同様、女友達とハグする程度の感覚なのかもしれない……。
「——やっぱり不織布パッドだと、ちょっと固いわね……あたしの胸は柔らかくて気持ちよかったでしょう?」
和奏が、僕のパッド入りの胸を見ながら聞いてくる。
(やっぱり、胸当たってるの気付いてたし……!)
そんな気持ちを切り替えるよう、彼女にたずねる。
「……和奏は着替えないの?」
「そうね、あたしも着替えましょう」
ぱっ、と僕から離れる。
するとおもむろにセーターへと手を掛ける。腕をクロスさせると、そのまま脱いだ。
その下のキャミも脱ぎ、彼女の大きな乳房を包む、淡いピンク色のブラジャーが露わになる。
細やかな刺繍が施されたそのブラジャー。その中の大きなふたつの膨らみ……。
航汰によれば、たしかバスト91……!!
(——ごくり。)
思わず、生唾を呑みくだす。
「ちょっ……! なに脱いでるのっ?!」
「なによ、ブラジャーくらいで……女の子同士でしょう?」
「女装だからっっ」
「あんまり気にしないの」
和奏は気にせず、僕とお揃いのなりきり制服に着替えていく。
僕に背中を向けると、スウェットパンツを脱いだ。
ショーツに包まれた綺麗なお尻が見え、慌てて目を逸らす。
——ショーツはブラとお揃いの淡いピンクだった。
スカートを穿き、ブラウスの上にブレザーを着る。
「和奏も準備できたことだし、行こうか?」
「——あ。優、外でちょっと待ってて?」
「ん……? 分かった。玄関前にいるから」
5分ほど外で待っていると、大きなトートバッグを手に提げた和奏が出てきた。
「さあ。楽しいデートに出発しましょう!」
口角をあげた彼女が、高らかに宣言した。




