④ 彼女とカノジョ。蜜月の抱擁。『……凛っ! いつも感謝してるッッ』
翌朝。和奏と僕の、秘密の関係がはじまってから、一夜が明けた。
窓の外から聞こえる鳥の鳴く声を聞きながら、自室のベッドから起き上がる。
目覚まし時計を見ると、朝6時半を示していた。
学校は朝8時からだが、家からバスで30分ほどかかるため、あまりのんびりはしていられない。
制服に着替え、階段を降り、洗面所で顔を洗う。
ものの数分で支度が済んだ。
昨日、和奏のマンションで女装してメイクした際には、軽く1時間くらいはかかっていたことを考えると、男子ってラクだなぁ、と感じてしまう。
まあ、僕が女装に慣れてないってのもあるんだろうけど……。
リビングに顔を出すと、小2の妹、琥珀がすでに朝ご飯を食べはじめていた。
「にいにい、おはよ〜」
ちょっと伸びた髪を頭の上でちょんまげに結んでいる。
「おはよう。琥珀」
琥珀の向かいに座った僕。
母さんが僕の分の朝食を運んできてくれた。
トースト、目玉焼き、ソーセージ、コーヒーをそれぞれ並べていく。
「優。あなた、昨日帰り遅かったけど、なにかあった?」
「……いや、なにもないよ」
和奏と付き合うことになった件は、彼女が秘密にしてほしいと言ってきたため、航汰にも伝えていなかった。
なんとなくごまかすように、コーヒーをひとくち、口に含む。
「そう……?
——あら、優? あなた今日顔色いいわね。
もしかして、あなた昨日、彼女でもできたんじゃない?」
僕の顔を覗き込んで母さん。
特大の、余計な一言を放つ。
「——ゲホッ、ゲホッ!」
口に含んだコーヒーが気管に入り、激しく噎せてしまう。
「にいにい、大丈夫……?」
琥珀が椅子から降りてきて、背中をすりすりと擦ってくれる。
「あらあら、大丈夫?
ヘンなこと言ってごめんなさいね……」
「……も、もうおかしなこと言わないでよ……!」
「彼女ができるのはヘンなことじゃないわよ?
琥珀だって、お兄ちゃんに彼女ができたら、見てみたいわよね?」
「見たーーい!」
ブンブンと首を縦に振りながら、激しく同意する我が妹。
(い、いかん……、
女子ふたりのペースに呑み込まれている……)
「……そう言えば、父さんは?」
話題を変えようと、この場に姿の見えない父さんのことを話題に出す。
「……あなたが眠ってる間に出掛けたわよ。
最近忙しいみたいね。……あ、優も時間、大丈夫?」
時計を見ると7時近くになっていた。
「やばっ!」
慌てて、そばに置いていた鞄を引っ掴む。
「行ってくる!」
「はい、いってらっしゃーい」
「にいにい、車に気をつけてね〜」
ふたりの声に見送られつつ、外へと走り出した。
◆◆◆◆
教室に入ると、航汰はすでに登校しており、準備を済ませていた。後ろの席に座った僕に訊ねてくる。
「優、昨日の亜桜への告白はどうだったんだ?」
「……ああ。玉砕だったよ」
沈痛な面持ちを作って答える。
流石に、和奏の秘密(百合好き)や、僕が彼女と女装してお付き合いすることになった話をするわけにはいかない。
「ん? 駄目だったのか……?
意外とうまく行くと思ってたんだがな」
「昨日、骨拾うとか言ってたくせに……」
「それはそれ、ってやつだ。
でも、罰ゲームで告白しただけなんだから、振られたとしても、気にするなって」
(——別に、あの罰ゲームの命令だけで、
美人の和奏に告白したわけじゃないんだけどな……)
「……あ、そう言えば、航汰が罰ゲーム代わってくれようとしてたけど、誰に告白するつもりだったの?」
「俺か?
……まぁ、亜桜でないことはたしかだな……」
——ガヤガヤ……、
航汰との会話を遮るように、突如、教室の入り口付近が騒がしくなる。
入り口へと視線を向けると、ふたりの少女が颯爽と教室内に入ってくる。見目麗しい、その美人ふたり組み。
ひとりは、昨日から僕と秘密のお付き合いがはじまった、黒髪清楚美人にして破格のバストを持つ、亜桜和奏。
そしてもうひとりは、メガネをかけ、忠犬を連想させるような真面目な雰囲気を醸し出す、クラス委員長の、恩田麻音。
恩田は、和奏と比べると胸は控えめだが、腰は細いし、顔立ちは美人上位に入る。
成績についても、学年1位の航汰にも匹敵するほど。才色兼備を地でいく優等生だ。
小学校時代のあだ名は『オンオン』。
名前の頭とお尻の部分を繋げただけのニックネーム。
中学にあがってから、そのあだ名で呼ぶと怒るようになったらしく、今では彼女の前では誰も呼ぶことはない。
「……おい、お前が、亜桜さん誘えよ……?」
「えっ、俺……っ!?」
不意に背後からヒソヒソと聞こえる、
男子ふたりの声。
「……あ、亜桜さん!
遊園地のチケットあまってるんだけど、
休みの日にでも、俺たちと、行かない……?」
勇気を振り絞るような男子の声音。
それに対し、和奏は——、
「——あたし、男性には興味ないの。
他を当たって」
——彼女の鋭く眇められた目。
——氷点下の冷たいまなざし。
「ご、ごめん……」
すごすごと男子たちが引き下がる。
「まったく、不毛なことね……」
恩田は静かに呟くと、
額を突き合わせて話していた、
僕と航汰のほうを一瞥。
——しかし、興味をなくしたのか、
ふいっ、と目を逸らした。
和奏は、先ほどの男子たちを尻目に、
僕の席の近くにある自席へとついた。
「おはよう、凛……」
「あっ……和奏、おはよう」
和奏が、目の前の席に座る小柄な少女と、朝のあいさつをかわす。
少女の名前は、持月凛。
不機嫌そうなつり目に、ウルフカットの頭。
巨乳の和奏とは対照的に、控えめなバスト。
身長は150センチながら、水泳部期待のホープ。
和奏とは、中学時代からの親友らしい。
……僕達の関係を絶対バラさないようにと、釘を刺された相手でもある。
「……昨日の放課後、和奏、あたしとおしゃべりしたあと、一緒に遊び行く予定だったのに、すぐ帰っちゃったでしょ……? やっぱりご両親が海外赴任中で大変なの……?」
——しまった、凛と予定があったのに、僕のところに来てくれたのか。なんで僕なんかのために——。
「……ちょっと、家で切らしてた物を思い出してね……ごめんなさい」
「謝らないで……! 和奏は忙しいんだもの。何か困ってたら遠慮なく言ってね?」
「……うんっ。ありがとう……! ……凛っ! いつも感謝してるッッ」
和奏が、ガバっと凛に抱きつく。凛のあまりない胸に、和奏の巨乳がお餅のように、ぶにゅーっと押しつけられた。
「ちょっ、みんな見てる……」
「すりすり〜〜」
「やっ、やめてっ……!」
和奏にほおずりされ、手をジタバタとさせる凛。
しかし、本気で突き放す気配はなく、彼女にされるがままになっている。
——そんな微笑ましい光景を見ながら僕は、授業の準備をはじめるのだった。




