⑮ 雨中の休憩。和奏と優の体験談。『するだけなら、付き合ってなくてもできるわよね……』
突然降り出した雨にずぶ濡れとなった僕たちは、『休憩』のため、ラブホテルへと足を踏み入れた。
冷えた肌へ張りつく服の気持ち悪さに耐えながら、受付を済ませる。
女性ふたり(僕は女装だけど)で、どう思われるかとヒヤヒヤしたが、入室まで誰とも対面することなく部屋まで来れた。
突然降り出した雨のため、ずぶ濡れになった服は、部屋の乾燥機に入れ、乾くのを待つ。
個室内。
下町にたたずむ、昭和から令和までが入り混じったようなそのホテルの内装。
けばけばしく、淫靡に感じる赤い壁。
日常ではお目にかからないであろう円形ベッドや、ガラス張りのテーブルに、ソファ。
大型テレビにカラオケまである。しかし、テレビにつながるカラオケ機材は、収録曲が平成初期のまま時を止めていた。
——僕たちが生まれるずっと前から、そこでおこなわれてきた性の営みの数々を見守り続けてきたのであろう、その空間……。
「はじめて入ったけど、こんな感じなのね……」
和奏と僕、交互にシャワーを浴びる。
彼女のことだから、
『女の子同士、一緒に入りましょう?』とか言い出すかと思ったが、そんなことはなかった。
——ホッとした反面、ちょっと残念な気持ちも湧いてしまう。そんな自分に嫌気がさした。
風呂上がり。ベッドに腰掛ける和奏の姿。その肢体はバスタオル1枚のみに包まれている。
薄い布1枚に隔てたられただけの彼女の体。その布を内側から押し上げる、大きな乳房。
……心臓が爆音をあげる。
(——いま、和奏をベッドに押し倒したら拒否されるだろうか……)
ふと浮かんでしまった最低な思考。
——首を振る。
(いくら恋人同士でも、無理やりシたら……、)
赤い壁の反射か、妖しく朱に染まる和奏の顔。
なにかに浮かされたようにも感じるその表情。
「……ねえ。優はキスしたこと、ある……?」
「え……」
突然差し込まれる、思いがけない質問。
和奏の目が僕を射貫く。
その、なにかを見透かしたような目。
(——ドクン……!)
鼓動が一拍跳ねる。
硬直したままの僕。
そのまま彼女は、ベッドへ仰向けに横たわる。
バスタオルに包まれただけの肢体。
呼吸に合わせ上下する大きな胸元。
脚はぴったり閉じられ、バスタオルの裾の奥は見えない。
和奏が目を閉じた。
——口元。軽く口づける過ちめいた感触。
ヒミツのその感触……、
「……なら、エッチは……?」
「あ、あるわけないじゃん! 付き合うのは、和奏がはじめてだし、童貞だよ……」
「ふぅん……」
「……わ、和奏はしたことあるの……?」
知りたいような、絶対に知りたくないような、その質問。
「まあ、するだけなら、付き合ってなくてもできるわよね……」
彼女の口から漏れる、不穏当な発言。
心臓が一拍跳ねた。
細い指先を、あごへと押し当て。
「……これ、ヤッてみる……?」
和奏の細い指先。
ソレが、僕の目の前にある、『太く固い棒』を摑む。
「えっ……?」
ドキリとする僕。心臓が跳ねる。
——和奏の目が蠱惑げに僕を見ていた。
◇◇◆◇
「…………、……………ッッ!」
ベッド上。
高らかに熱唱する和奏。
昭和後期に流行り、令和の現代まで受け継がれるその名曲。
『太く固い棒』——マイクを強く手に握り、歌いあげた彼女。
カラオケで熱唱する和奏の姿。
(さっきは、ヤバかった……!)
マイクを握りながら言われたから、カラオケだと分かっていたものの、エッチなことをするのかと錯覚してしまった……。
……普段の彼女とは違い、力強い歌声。
おなかに手を当てて、歌唱するその姿。
——しかし、彼女の体はバスタオル1枚で包まれただけ。もし、勢いあまって脱げたら、一大事だ……。
「——優は、なに歌う?」
和奏のバスタオル姿を見てヤキモキしていたら、リモコンを手にした彼女がたずねてくる。
「……じゃあ、—————を」
「いま、入れるわね……、はい、マイク」
マイクを和奏から受け取り、歌いはじめる。
「…………、…………、……………………♪」
両手でマイクを握り、僕たちがまだ小さかった頃に亡くなってしまった女性歌手の恋愛ソングを歌う僕。
——ジーッッ……。
……そして、歌う僕の姿を、ジッと見つめてくる和奏。
その下の体は、薄いバスタオルに包まれただけ。
……しかも、先ほどは気付かなかったけど、乳首のようなものも透けて見えている。
——本能が疼きはじめた。
「んっ……、」
思わず歌を止めて唸る。
「……優、もしかして喉痛い……?
飲み物取りましょうか……」
「う、うん、頼むよ……」
飲み物を取るため、ベッドから下りる和奏。
自身の下腹部に目をやる。
昂ってしまったソコ……。
(——手で隠しながら歌う……、のはナシだよな……)
和奏が見ていないうちに昂りを鎮めようと、バスタオルをめくる。
「……あら? 飲み物どこ入れたかしら……」
僕に背中を向け、荷物の中から飲み物を探しだすのに難航している。
「──ハッ、ハッ……、」
出来るだけ声を抑えつつ。
彼女の後ろ姿をハラハラと見守りながら、息を殺して、自らを必死に落ち着ける。
「あっ、飲み物あったわ……!」
「……ッ!」
絶妙なタイミング。
——和奏が振り返った瞬間。
「……あっ!」
瞬間。
……ベッドに散らばる、
性の残滓。
「……ごめんなさい……、
まさか、シてるなんて思わなくて……、」
口元に手を当て、顔を真っ赤にする和奏。
(……なにシてるんだ、僕…….)
◇◇◆◇
やがて濡れた服も乾燥が終わり、お互い背中を向けあい着替えを済ませる。
『休憩』を終え、ラブホテルから出る僕たち。
「すっかり晴れたわね……」
空は、先ほどの雨が嘘のように明るく晴れていた。
「ほんとだ……」
晴れ渡った空の下。雨の名残りを示すように、すこし濡れた地面と建物がキラキラと輝く。
「……ねっ、帰りましょ……?」
和奏が僕の手を、ちょこんと握ってくる。
「……そうだね、行こう」
——雨降って、地固まる。
そんな言葉が、僕の頭に浮かんでくるのだった。




