⑪ カノジョたちの事情。カレのための事情。『 時間がある時じゃないと難しいのよ……』
和奏との初デートも終わり、休日明けの月曜日。
妹の琥珀と一緒に朝食をとってから、家を出る。
和奏とのデートからまだ完全に覚めきっていない僕は、若干ぼんやりした気持ちで学校に到着し、昇降口で上履きに履き替える。
すると、唐突に軽く背中を叩かれた。
「優、はよーーっす」
航汰が口元に手を当てながらあくびをしている。
「おはよう、航汰」
他クラスの女の子たちが、上履きに履き替える航汰を見て、黄色い声をキャーキャーあげて騒いでいる。
イケメンってのは凄い。
航汰とは、色恋沙汰の話はあまりしないが、僕の知らないところで経験豊富なんだろうな……。
しかし、僕にだって生まれてはじめて彼女ができたのだ!
しかも、誰もが羨む、黒髪清楚美人の亜桜和奏。
——女装でデートするという条件付きではあるけれど……。
「ん? なんだか機嫌良さそうだな……失恋早々、何かいいことでもあったか?」
「そ、そんなことあるわけないだろ……」
航汰がズボンのポケットに手を入れて歩き出す。
僕もそれに合わせて教室へと向かう。
「和奏にふられた男子、1週間は立ち直れないってもっぱらの噂だからな。優が元気そうでよかったぜ」
「そういう情報は告白する前に教えてよ……」
嘆息している間に教室へと辿り着く。
クラスメイトに挨拶しながら和奏の席に視線を向ける。
すでに授業の準備をすませたらしい彼女が、凛と話していた。
ちなみに、和奏からレインで『教室内では話しかけないで!』とお達しが来ていたため、僕のほうから声を掛けることはない。
和奏と僕の席は割と近いため、自席に座ると自然に会話が聞こえてくる。
「和奏と土曜日遊べなくて寂しかった……」
「……ごめんなさい、凛……ちょっと急用が入ってしまって……」
「……うぅん、わがまま言ってごめん……。
あたしも日曜は毎週スイミングスクールで忙しいから、お互いさまなのに……」
「……今度埋め合わせするから、待っててね、凛……」
凛を優しくギュッと抱きしめる和奏。
女の子同士の親密な密着。
「あら……?」
和奏が凛から身を離す。
彼女の僅かに膨らむ胸元へと視線を向ける。
「……凛、もしかして、ちょっと大きくなった? ちょっと触ってもいい……?」
「い、いいよ……」
凛の背後へと周り、その膨らみを両手で揉む。
「やっぱり、大きくなってる……」
「う、うん。このあいだ計ってもらったら、ちょっと大きくなってた……ねえ、あたしも触っていい……?」
「もちろんよ……」
おそれ知らずなのか、凛は正面から和奏の両胸を揉みはじめる。
凛の手の中で、和奏の乳房が、ぐにゅぐにゅと形を変化させていく。
「うわっ……! ちょっと前に一緒にお風呂入った時より大きくなってない……?!」
「そ、そうかしら……?」
「ほんと凄い……! こ、今度お風呂入る時は、あっちのほうも……い、いや……なんでもないっ!」
「……凛どうしたの? 顔真っ赤よ……?」
「な、なんでもないからっ……!」
女子同士ならたまに見掛ける、そんな一連のスキンシップ。
顔を赤らめる凛に、ほっこりした感慨を覚えた。
◆◆◆◆
ホームルーム前にトイレへ行こうと教室を出る。廊下にいた和奏と目が合った。
周囲をささっと見渡し、誰かに見つからないよう、廊下の陰にふたりで移動する。
「土曜日はありがとう。あんな楽しいデート、はじめてだったわ」
「うん、僕も楽しかったよ」
「また行きましょうね」
「……ねぇ、僕と遊ぶの、日曜にしたほうがいいんじゃないかな?」
凛が土曜日しか空いてないなら、僕とのデートは日曜でもいいはずだ。
「日曜はあたしも毎週、塾があってね……。なかなか時間がとれないのよ。
でもね、凛とは平日でも、塾とかスイミングで忙しい時以外は、放課後に遊びへ行ったりしてるから大丈夫なの」
「うーん……」
「……そもそもね、あなたとのデートは、女装があるじゃない? 時間がある時じゃないと難しいのよ……。どうしても1日がかりになっちゃうからね」
和奏と話を終え、おたがいトイレへ。
用を済ませた僕。教室に戻ると、扉の前に誰かがいた。
——クラス委員長の、オンオンこと、恩田麻音。
彼女が、胸のあたりで腕を組んで立っていた。
メガネの奥の視線が険しい。
「……殿村くん。あなた、さっきコソコソと、和奏となにか話してたでしょう?」
(見られていたのか……!?)
「……先生からの伝言を聞いただけだよ」
「廊下の陰で人目を憚って……? 一体どんな話をしてたんだか……」
「恩田には関係ないでしょ……」
「……まあ、いいわ。ただ、彼女に対して、よからぬことは考えないことね」
「よからぬことって、なにさ……」
「高校生なんだから、ちょっとは考えなさいよ……。
他の男子みたいに、和奏と男女間の関係を持ちたいだけなら、当然、そこで傷付く人が出るの。
彼女自身はもちろん、和奏と親しい人も、ね」
——和奏と言葉遣いは似ているものの、まるで犬みたいに、きゃんきゃんと噛み付くような雰囲気の恩田。
物騒な、なにかを見透かしたような物言い。
(面倒なことにならなければいいけど……)
——ピロン。
スマホにレインの着信——、和奏からだ。
『今度、おととい買った服着てお出かけしない? ちょっと着ただけですぐ帰っちゃったから、あの服着てまたデートしましょうよ』
——僕は、すぐさまOKの返事を送った。




