⑩ 夜道の不安。男子としての面目躍如。『ちょっとは僕にも恋人らしい事、させてよ?』
会計を終え、アパレルショップをあとにした僕たち。
紙袋やトートバッグを抱え、ショッピングモール内の通路へと出た。
ふと天井を見上げると、ガラス越しに空がオレンジ色に染まっているのが見える。
「あら、もうこんな時間だったのね。どうしましょう……もう帰る?」
「そうだね、僕も少し冷えてきたかも。帰ろう」
ちょっと長めのフレアスカートとはいえ、やはり、この姿はちょっと肌寒い。
「和奏、家まで送るよ。着替えもしなきゃいけないし」
「……あのね、優。これ……」
和奏が、1日中、ずっと持ち歩いていた、トートバッグを差し出す。
「開けてみて……」
ジッパーを開けると、男性物の服に下着類が入っている。
僕が、女装する前に着てきた、着衣一式だ……。
「あたしの家まで送って、また優の自宅に戻ると時間がかかるでしょう……? 着替えは駅前のレンタルスペースとか借りればいいから、とりあえず、持って出てきたのよ……」
和奏のお言葉に甘えれば、僕の家には早く帰れる。
(——ただ、もしも、和奏が夜の帰り道、万一、暴漢にでも襲われたりしたら……?)
最悪の事態が脳裏をよぎる。
僕も男だ。下半身でしか物事を考えられなくなる恐ろしさも分かる。
「あたしの家まで行くと、また往復しないといけないでしょう? だから……」
「——駄目だッッ!」
僕が大きな声を出すと、和奏の肩がびくりと跳ねた。
「…………ねぇ、ちょっとは僕にも恋人らしい事、させてよ?
夜道を女の子ひとりで帰すのは危ないんだから。
大事な和奏に万一のことがあったら嫌だし…………」
「……ええ、そうね……。あなたのお言葉に甘えさせてもらうわ……?」
彼女がくすりと微笑んだ。
◆◆◆◆
駅に戻り、行きとは逆方向の電車に乗る。
空いた車両を探し、座席にふたり並んで肩を寄せ合い、腰掛けた。
周りの乗客を見渡す。
——僕たちはちゃんと、女の子同士に見えているのだろうか。
女子同士ならよくある距離感で、和奏と身を寄せ合う。
「今日は楽しかったわ……。ずっと昔から、女の子同士でデートがしてみたかったの……」
(——ほんとは『男子』なんだけどね……)
和奏に求められるまま女装をしている僕。
モヤモヤした感情が浮かび、右手を胸に当てた。
パッドのおかげですこし膨らんだ胸が、息をするのに合わせて動く。
「ちょっと手繋いでもいい……?」
膝の上に置いていた左手を、和奏が握ってきた。
それに応じて、彼女の指へ自分の指を絡める。
——いわゆる恋人つなぎ。
「ん……」
そのまましばらく和奏の手の温度を感じていた。
「次は、溝ヶ淵ー、溝ヶ淵ー、お出口は……」
「あなたはこの駅なのよね……」
「ちゃんと自宅まで送るから」
「うん……」
僕たちを乗せた電車は永遠にも似た時間を走っていく。
左隣から、和奏の甘い香りが流れてくる。
本日の余韻に浸る僕たちを乗せ、電車は彼女の自宅の方角へとレールの上を進んでゆくのだった。




