43:反響と予感
あれから毎晩、サイラスはレティシアの部屋の外で過ごしていた。ロードリックに「本当にストーカーじみてませんか?」と言われ、クレアに「お目覚めがいつになく遅いです! 夜更かしし過ぎでは?」と怒られた。
それでも、レティシアを見守ることをやめられなかった。
セレストが、レティシアの体質の鍵を握っている。
その事実だけが、サイラスを動かしていた。
セレストの言葉通り、次に彼女が現れたのは5日後の、やはり真夜中だった。
「サイラスさん……」
レティシアの部屋の扉が開き、彼女と同じ顔をした精霊が顔を出す。サイラスは無言で立ち上がった。そのまま、自分が座っていた椅子を差し出す。また倒れられては敵わない。
「ありがとうございます」
セレストは素直に椅子を受け取り、そこに座った。レティシアなら、一度大丈夫ですと遠慮するだろうなと、そんなことを考える。
「待っていて下さったのですか」
「そうです。レティシアさんのことが心配ですから」
少し棘のある言い方をしたにも関わらず、セレストは気にした様子はなかった。
彼女はぐるりと視線を巡らせ、暗闇に包まれる廊下を見回す。
「ここがどこか、聞いてもいいでしょうか。神殿ではないようですが」
「俺の……アルヴェイン王国のティンバー公爵家が所有している屋敷ですよ」
この精霊に、人間世界の常識があるかはわからない。できる限り丁寧に答えると、セレストはゆっくりと頷いてみせた。
「この子は、オルコット家の娘ですよね? なぜティンバーの屋敷にいるのですか?」
「俺が連れ出しました。酷い扱いを受けていたので」
サイラスの言葉に、セレストは考え込むように口を閉ざした。精霊遺跡に行った時、セシルは精霊のことを「気まぐれで子供っぽい」と称していたが、セレストは落ち着いていて、きちんと対話ができる大人だと感じる。
「貴女は、夜にしか現れないのですね」
サイラスから、質問を振ってみる。
ここ数日、レティシアを観察していて気付いたことだ。昼間の彼女は常にクレアやセシル、あるいは自分と一緒にいる。その間、違和感を覚えるような言動や雰囲気はなかった。
「はい。この子の意識が深く眠っている時にしか、私が浮上する方法がないのです」
セレストの言葉に、サイラスは目を細める。
「精霊セレスト。貴女は何故、レティシアさんの中にいるのですか?」
「……その質問がサイラスさんから来るということは、この子――レティシアは、やはり正式な巫女ではないのですね」
静かな声の中に、微かにレティシアへの感情が滲んでいる。それを感じ取り、サイラスは僅かに肩の力を抜いた。少なくとも、セレストにレティシアを害そうとするつもりはないらしい。
とはいえ、何を考えているかはまだ読めない。サイラスは慎重に口を開く。
「巫女は随分前に廃止された制度のようですよ。貴女の言い方だと、巫女は身体の中に精霊を宿す存在、ということで良いでしょうか」
「はい。私と巫女は、魔石を通して深く結び付いています」
セレストが胸元で輝くネックレスを持ち上げる。
「だから、この子が貴方を深く想っていることを知っています。……サイラスさん、貴方はレティシアをどう思っていますか」
探るような瞳で、セレストがサイラスを見据えた。彼女もまた、こちらを見定めている。そんな気がした。
「大切に想う人ですよ。心から」
サイラスは迷いなく告げる。セレストは姿勢を崩さず、こちらを静かな眼差しで見つめ続ける。
にらみ合うような沈黙が、数秒。
先に動きを見せたのは、セレストだった。
「わかりました。レティシアがそうするように、私も貴方を信じます」
セレストは態度を和らげた。微笑む顔が、レティシアが時々見せてくれる笑顔によく似ていて、何となく気に障る。
「私にとっても、レティシアは大切な存在ですから」
「ならば、何故レティシアさんの体を使うような真似をするのですか」
サイラスの問いに、セレストは目を伏せた。
「この子を心から大切にしてくれる方に、お願いしたいことがあったから、です……」
彼女の声が力を失い、体がぐらりと揺れた。見るのはこれで2回目だ、さすがに何が原因か、見当はすぐについた。
「時間切れですか」
「そのようです。すみません、倒れる前に戻ります」
セレストはよろよろと立ち上がり、壁に手を添えながら部屋へとゆっくりと歩いていく。
レティシアの体が転んで傷付かないように、サイラスも黙って付き添った。
ベッドの中へ戻ったセレストが、サイラスをじっと見上げる。
「サイラスさん。レティシアのために、私を――」
彼女が迷うように視線を彷徨わせる。言いにくそうに迷うその姿が、どうしてかレティシアと重なる。
(違う)
心の中で呟き、強く否定する。
(彼女はセレストだ。レティシアさんじゃない)
そう言い聞かせなければ、まるで二人が溶け合ってひとつになってしまうような、そんな恐ろしい錯覚に襲われてしまいそうで――
「私を、……殺してくれませんか」
レティシアの唇から言葉が滑り落ち、その詳細を告げないままに、翠の瞳が閉ざされる。
告げられた言葉の重さに、サイラスは目を見開いた。
(……殺す……)
レティシアの優しい声と同じ音色で紡がれたそれが、耳の奥に反響し、残り続ける。彼女の穏やかな寝顔に、胸が締め付けられるようだった。
握っていた手を開き、また握る。
レティシアが大切だから、迷う必要なんて、ない。
そう思ってしまう自分が、何よりも怖かった。
もしこの選択をしてしまえば、いつか必ず、自分自身を切り裂くことになる――
そんな予感だけが、重く胸に残り続けた。




