41:決意
「で、結局普通に食べたってわけか」
「あんなにレティシア様が工夫してくれてたのに!」
ダイニングに戻ってきたフレデリカとクレアは呆れていた。とはいえ、その言葉にはからかいの色も混じっている。
「本当に美味しかったからね。何より、レティシアさんの気持ちが嬉しかった」
サイラスが言い訳を口にする……のだけれど、その言葉はあまりにも真っ直ぐすぎた。
(気持ちが嬉しい、なんて……それじゃ、まるで……)
引いていた熱が再度湧き上がってきて、焦る。このままではレティシアに都合の良いように彼の発言を捉えてしまう。
「あ、あの、モーガンさんもサイラスのこと、心配していましたから!」
咄嗟に料理人のことをフォローしたら、なにやら3人から微妙な視線を向けられてしまった。
「あー、話を戻すよ。本邸の方に、お兄様宛てに手紙が届いていた。それを今日は持ってきたんだよ」
テーブルの向かい側に座るフレデリカが、1通の封筒を差し出した。封蝋の形で、精霊教会からの手紙だとわかる。
精霊の巫女に関する問い合わせの回答だろう。
「ありがとう」
サイラスが手紙を受け取り、早速開封する。中に入っていた手紙はたった一枚。彼はそれを真剣な眼差しで目を通し、すぐにテーブルの上に置いた。
「とりつく島もないね。教会の方は秘密主義だから、あまり期待していなかったけど、予想以上だった」
サイラスがやれやれと頭を振る。
『機密事項につき、お答えできません』
手紙の内容は、ひどく端的で簡素だった。
それが、レティシアの心を重くした。
(私は……何者なんだろう)
ずっと魔力ゼロ体質で生きてきたのに、今、突然階段を踏み外したような感覚に襲われた。
小さく身を震わせる。左隣に座っていたサイラスがそれに気付き、レティシアの手をそっと握ってくれた。
「大丈夫。貴女は貴女です」
「……はい」
どうしていつも、サイラスはレティシアに欲しい言葉をかけてくれるのだろう。握られた手を、握り返したい衝動に駆られる。
少し離れたところでクレアも心配そうにレティシアを見守ってくれていた。
「それに、俺としては、フレデリカの持っているもう一通が本命だよ」
「もう一通?」
「おや、バレてた?」
フレデリカは笑いながら、懐からもう一通、手紙を差し出す。レティシアに向かって。
「わ、私ですか」
生まれてこの方、個人的な手紙を貰った記憶はない。
お腹の辺りに鈍い痛みを覚えつつ、フレデリカから封筒を受け取る。
差出人を見て、まず自分の目を疑った。封蝋に刻まれていた紋章は、王冠――つまり、アルヴェイン王家の人物からの手紙だった。
咄嗟に思い浮かんだのは、元婚約者で第二王子のメルヴィンのこと。彼くらいしか、レティシアと接点のある王族はいなかった。
――役立たず。
そんな彼の言葉がありありと甦ってきて、息が浅く、早くなる。
「レティシアさん」
強張った全身に、優しく声がかけられた。繋がった指先からじわりと温もりが広がって、少しずつ力が抜けていく。
レティシアは深呼吸をした。
「そんなに身構えなくても大丈夫。差出人は、貴女の味方です」
「味方……?」
サイラスの言葉に、全く心当たりがない。
不安に思いつつも封蝋を切り、中の手紙を取り出す。
そこに記された「ハワード・アルヴェイン」という署名に、今度こそレティシアは倒れるかと思った。
「お、王太子殿下から……」
震える声で、それだけ言うのがやっとだった。
王太子は病に伏せる父王の代わりに政務を行っているから、実質的にこの国の頂点と言える方。そんな相手からの突然の手紙に、呼吸を乱しながら目を通す。
「城に呼び出された?」
「は、はい。一週間後に、会いたいと……」
生まれこそ伯爵家の令嬢とはいえ、レティシアはそういう公的な場に出たことがほとんどない。
どうすればいいのかわからず、緊張よりも戸惑いが勝った。
「そうですか。実は、殿下に君のことを相談したのは俺なんです」
「えっ!?」
予想外の一言に、レティシアは目を丸くした。
「俺と彼は腐れ縁ですから」
サイラスの声色は、どこかふてくされているようにも聞こえた。
「ここだけの話、ティンバー家は代々王家の直属の部下で、ズブズブの関係なんですよー」
近付いてきたクレアが、こっそり耳打ちしてくれる。
「……聞こえているよ、クレア。まあ、あながち間違ってはいないが」
サイラスが苦笑いを浮かべた。クレアは愛想笑いをしつつ、またレティシアから離れていく。
「お兄様は魔法の研究で、私は近衛騎士として、王家を支えているんだよ。お兄様と殿下は長い付き合いでね」
「……最後の一言は余計だよ」
サイラスが頭を振った。
手紙に、もう一度目を通す。
この手紙が届いたこと自体は、ティンバー家の伝手。だけど、宛先はレティシアだ。
それを改めて確認して、手が震えた。
教会はレティシアを拒絶するのに、王太子は会いたいと言う。それはきっと、大きな意味を持つ違い。
最初はただ、サイラスの研究のためにここに来ただけだった。それがいつの間にか、国の上層部を巻き込むような話に発展している。
怖いと思った。けれど、それ以上に――
(私は、貴方を信じている)
真っ直ぐに立つ貴方と、並んで立っていたい。だから、前に進みたいと思った。
「……殿下に、お会いします」
王城に行けば、メルヴィンに会わずに済む保証はない。
花祭りの日のことが、頭を過る。あの時の彼は、相変わらずレティシアを否定し、見下していた。おまけに、ネックレスを奪おうとした従妹のドリスに荷担するようなことまでしていた。
そんな人と、会いたくない。二度と関わりたくない。そうやって突っぱねるのは簡単だけど、レティシアはそうしたくはなかった。
(メルヴィン殿下なら、私の『期限』について知っている)
ネックレスの魔石に触れた。
奪われたときの感覚を思い出すと、身がすくみそうになる。明確に記憶されている死の感覚は、時が過ぎてもちっとも拭えない。
それでも、メルヴィンとはもう一度、向き合わなければならない。
(私は、知りたい)
自分の思いの丈を心の中で呟く。
思い出すのは、研究所に来てからの温かな日々。彼が持っているかもしれない情報が、レティシアにはどうしても必要だった。
自分の守りたいものを、手放さないために。




