表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/44

40:居場所の証明


 時刻はお昼過ぎ。

 レティシアとフレデリカが最後の準備を整えている中、クレアの手で、サイラスがダイニングに強制連行されてきた。


 ここ数日、サイラスはいつもレティシアが目覚める頃まで起きていて、朝必ずレティシアに挨拶をしてから寝ている。そのせいか、まだ眠そうに見えた。


 中で待ち受けていたレティシアとフレデリカを見て、サイラスは珍しく戸惑ったような表情を浮かべる。


「レティシアさん? それにフレデリカまで……」 


「お兄様。クレアから食事をちゃんと食べていない、って聞いたんだけど? どういうことかな?」


 さすが近衛騎士というべきか、フレデリカの言葉には威圧感がある。


「……それで、これを?」


 サイラスがテーブルの上に鎮座しているクローシュに目を向けた。銀製のそれは、陽光を反射してきらりと輝く。


「はぁ……愚兄が鈍いのは相変わらずだね。私はそこまで兄想いじゃないよ」


 フレデリカがぼやきながら、ちらりとレティシアに視線を送った。彼女に勇気付けられ、レティシアは意を決する。


「わ、私です」


 レティシアは前に一歩、進み出る。


「その、サイラス様が研究しながらでも食べられるものがないか、考えてみたんです。それで……私が……」


 サイラスから何の反応もなくて、言葉が尻すぼみになってしまう。


(もしかして、迷惑だった……?)


 不安が過り、顔を俯ける。


「……レティシアさんが、料理を?」


 意外そうなサイラスの声。レティシアは思わず頷きかけて、慌てて首を横に振った。


「フレデリカ様とクレアさんが手伝って下さったんです。初めてでしたし、とても良い出来とは言えないんです……」


「私たちが手伝ったのは、本当にちょっとだけですよー」


 クレアが笑いながら言う。


「……レティシアさん、顔を上げて下さい」


 サイラスに促され、レティシアは恐る恐る顔を上げた。視界に映った彼は、柔らかい笑顔を浮かべていた。


「貴女が俺のために考えてくれた、その気持ちがとても嬉しいですよ。……頂いてもいいですか?」


 その言葉と表情に、息が苦しくなる。


「は、はい」


 震える声で、それだけ返事をするのがやっとだった。


 サイラスが席に着いた。緊張のあまり固まっているレティシアに代わって、クレアがクローシュを持ち上げる。

 

 下から現れたのは、一口サイズのサンドイッチがいくつかと、マグカップに入ったポタージュ。

 どちらもカトラリーなしで、片手で食べることができるものだ。サンドイッチの切り口はガタガタで、お世辞にも美味しそうとは言えないけれど……これが、今のレティシアの全力だった。


「甘いものが好きなこと、覚えていてくれたんですね」


 サイラスは迷わず、たったひとつだけ用意していたフルーツサンドに手を伸ばした。たっぷりのクリームと小粒のベリーが挟まっている。


「は、はい」


 しなやかな指がフルーツサンドを掴み、口元へと運ばれていく。レティシアが作ったものを、サイラスが食べている。

 その事実がどうしてか、直接見てはいけないようなもののような気がして、レティシアは思わずテーブルに背を向けてしまった。


 いつの間にか、クレアとフレデリカがダイニングから消えていることに、その時気付いた。


 息が上がる。

 

「美味しいです」


 見えない背後から、サイラスの声が響く。聞き慣れているはずの声は、今はどうしてかレティシアの耳をくすぐるような熱を帯びていた。

 悲しい要素はひとつもないのに、瞳が潤む。


「レティシアさん。顔を見せて下さい」


「い、いやです」


「どうして?」


 レティシアは今、顔を赤くして、泣き出しそうで、なのに表情は緩んでいるだろう。サイラスに向ける顔がない。


「……恥ずかしいです」


「なら、俺がそちらに行きましょうか」


 笑いながら言われて、ますますレティシアの鼓動が高鳴る。もう、どうにかなってしまいそうだった。


「意地悪です……」


 小声で抗議する。返事は返ってこない。

 代わりに席を立つ音と、微かな衣擦れの音が聞こえて、サイラスが本気だと悟った。慌てて振り向く。彼はレティシアの顔を見て、満足したように椅子に腰を下ろした。


「食べるのが勿体無いですね」


 なんて軽口を言いながら、サイラスは2個目のサンドイッチを、ゆっくりと食べる。

 

 そして――彼は何かを思い出したように、ふと手を止めて、レティシアに視線を向けた。

 そのまま、真剣な表情で再び口を開く。


「好きです。とても」


 訪れた沈黙の中で、心臓がどくんと大きく跳ねた。青い瞳が、まるでレティシアの心の奥底まで見透かすように、真っ直ぐに向けられている。


(私の気持ちを受け取ってもらっただけ……なのに)


 どうして、こんなに落ち着かない気持ちになるんだろう。自分でも説明がつかない感情に息が詰まって、くらくらする。


「なら、良かった……です」


 絞り出した一言に、曖昧な笑顔を添える。サイラスはふっと空気をやわらげた。


「貴女が作ってくれたものを研究しながら食べるのは、少し……いや、とても勿体ないですね」


 サイラスの声色が本気で悩んでいるように聞こえて、レティシアは慌ててしまう。


「それでは本末転倒だと思います……」


「そのくらい、気に入ってしまったんです」


 サイラスがマグカップを手に取る。彼がそれをゆっくりと傾けるのを、レティシアは熱い顔でじっと眺めていた。


「また、作ってくれませんか?」


「!」


 レティシアは息を呑んだ。

 

 初めてだった。

 初めて、サイラスから甘えられた。それは、レティシアの存在を、ここにいてもいいと、肯定されているようで。


 フレデリカが言ったこと――レティシアがサイラスを支えられているという、何よりの証だった。


 だから。


「はい!」


 レティシアはとびきりの笑顔を、サイラスに向けた。

 





3章 完


活動報告に3章あとがきも書いています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「好きです。とても」  →何が?それとも誰を?(笑) クレアとフレデリカも消えるの早いですね! クローシュ持ち上げて、下がった瞬間すでに撤退し始めてたってことじゃないですか。 さすが、デキる女性たち…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ