40:居場所の証明
時刻はお昼過ぎ。
レティシアとフレデリカが最後の準備を整えている中、クレアの手で、サイラスがダイニングに強制連行されてきた。
ここ数日、サイラスはいつもレティシアが目覚める頃まで起きていて、朝必ずレティシアに挨拶をしてから寝ている。そのせいか、まだ眠そうに見えた。
中で待ち受けていたレティシアとフレデリカを見て、サイラスは珍しく戸惑ったような表情を浮かべる。
「レティシアさん? それにフレデリカまで……」
「お兄様。クレアから食事をちゃんと食べていない、って聞いたんだけど? どういうことかな?」
さすが近衛騎士というべきか、フレデリカの言葉には威圧感がある。
「……それで、これを?」
サイラスがテーブルの上に鎮座しているクローシュに目を向けた。銀製のそれは、陽光を反射してきらりと輝く。
「はぁ……愚兄が鈍いのは相変わらずだね。私はそこまで兄想いじゃないよ」
フレデリカがぼやきながら、ちらりとレティシアに視線を送った。彼女に勇気付けられ、レティシアは意を決する。
「わ、私です」
レティシアは前に一歩、進み出る。
「その、サイラス様が研究しながらでも食べられるものがないか、考えてみたんです。それで……私が……」
サイラスから何の反応もなくて、言葉が尻すぼみになってしまう。
(もしかして、迷惑だった……?)
不安が過り、顔を俯ける。
「……レティシアさんが、料理を?」
意外そうなサイラスの声。レティシアは思わず頷きかけて、慌てて首を横に振った。
「フレデリカ様とクレアさんが手伝って下さったんです。初めてでしたし、とても良い出来とは言えないんです……」
「私たちが手伝ったのは、本当にちょっとだけですよー」
クレアが笑いながら言う。
「……レティシアさん、顔を上げて下さい」
サイラスに促され、レティシアは恐る恐る顔を上げた。視界に映った彼は、柔らかい笑顔を浮かべていた。
「貴女が俺のために考えてくれた、その気持ちがとても嬉しいですよ。……頂いてもいいですか?」
その言葉と表情に、息が苦しくなる。
「は、はい」
震える声で、それだけ返事をするのがやっとだった。
サイラスが席に着いた。緊張のあまり固まっているレティシアに代わって、クレアがクローシュを持ち上げる。
下から現れたのは、一口サイズのサンドイッチがいくつかと、マグカップに入ったポタージュ。
どちらもカトラリーなしで、片手で食べることができるものだ。サンドイッチの切り口はガタガタで、お世辞にも美味しそうとは言えないけれど……これが、今のレティシアの全力だった。
「甘いものが好きなこと、覚えていてくれたんですね」
サイラスは迷わず、たったひとつだけ用意していたフルーツサンドに手を伸ばした。たっぷりのクリームと小粒のベリーが挟まっている。
「は、はい」
しなやかな指がフルーツサンドを掴み、口元へと運ばれていく。レティシアが作ったものを、サイラスが食べている。
その事実がどうしてか、直接見てはいけないようなもののような気がして、レティシアは思わずテーブルに背を向けてしまった。
いつの間にか、クレアとフレデリカがダイニングから消えていることに、その時気付いた。
息が上がる。
「美味しいです」
見えない背後から、サイラスの声が響く。聞き慣れているはずの声は、今はどうしてかレティシアの耳をくすぐるような熱を帯びていた。
悲しい要素はひとつもないのに、瞳が潤む。
「レティシアさん。顔を見せて下さい」
「い、いやです」
「どうして?」
レティシアは今、顔を赤くして、泣き出しそうで、なのに表情は緩んでいるだろう。サイラスに向ける顔がない。
「……恥ずかしいです」
「なら、俺がそちらに行きましょうか」
笑いながら言われて、ますますレティシアの鼓動が高鳴る。もう、どうにかなってしまいそうだった。
「意地悪です……」
小声で抗議する。返事は返ってこない。
代わりに席を立つ音と、微かな衣擦れの音が聞こえて、サイラスが本気だと悟った。慌てて振り向く。彼はレティシアの顔を見て、満足したように椅子に腰を下ろした。
「食べるのが勿体無いですね」
なんて軽口を言いながら、サイラスは2個目のサンドイッチを、ゆっくりと食べる。
そして――彼は何かを思い出したように、ふと手を止めて、レティシアに視線を向けた。
そのまま、真剣な表情で再び口を開く。
「好きです。とても」
訪れた沈黙の中で、心臓がどくんと大きく跳ねた。青い瞳が、まるでレティシアの心の奥底まで見透かすように、真っ直ぐに向けられている。
(私の気持ちを受け取ってもらっただけ……なのに)
どうして、こんなに落ち着かない気持ちになるんだろう。自分でも説明がつかない感情に息が詰まって、くらくらする。
「なら、良かった……です」
絞り出した一言に、曖昧な笑顔を添える。サイラスはふっと空気をやわらげた。
「貴女が作ってくれたものを研究しながら食べるのは、少し……いや、とても勿体ないですね」
サイラスの声色が本気で悩んでいるように聞こえて、レティシアは慌ててしまう。
「それでは本末転倒だと思います……」
「そのくらい、気に入ってしまったんです」
サイラスがマグカップを手に取る。彼がそれをゆっくりと傾けるのを、レティシアは熱い顔でじっと眺めていた。
「また、作ってくれませんか?」
「!」
レティシアは息を呑んだ。
初めてだった。
初めて、サイラスから甘えられた。それは、レティシアの存在を、ここにいてもいいと、肯定されているようで。
フレデリカが言ったこと――レティシアがサイラスを支えられているという、何よりの証だった。
だから。
「はい!」
レティシアはとびきりの笑顔を、サイラスに向けた。
3章 完
活動報告に3章あとがきも書いています。




