31:レティシアの選択
話をすべて聞いたクレアは、はぁぁ、と大きくため息をついた。ほんの出来心が大騒ぎになってしまって、レティシアは俯く。
「と、とにかく、レティシア様が無事で良かったです。とても心配したんですからね」
クレアが疲れきった顔で、そう言った。
「あ、クレアさん、花祭りのお土産があって……」
レティシアが購入していたガラスボールのことを口にすると、クレアの大きな瞳が僅かに潤んだ。
「はい。昨日、ちゃんと受け取りました。レティシア様、私のためにありがとうございます」
「昨日……」
「はい、昨日、です」
ドリスにネックレスを奪われた花祭りの日から、レティシアは丸1日眠ったままだったらしい。サイラスやクレア、屋敷のみんなにはずいぶん心配させてしまったようで、申し訳なく思う。
なのに、当たり前みたいにレティシアを想ってくれることを、嬉しく思う自分もいる。
そんな心を恥じて、レティシアはそっと目を伏せた。
「貴女を危険に晒してしまいました。申し訳ありません」
「……謝らないで下さい。あんなことになるとは、私も思いもしませんでしたから」
派手な言動を繰り返すメルヴィンに気を取られ、周囲を注意していなかったのはお互い様。そう言いたかったのに、サイラスは悔しげに表情を歪める。
(そんな顔を、して欲しくないのに……)
自分の不甲斐なさに、唇を噛んだ。
「倒れた理由に、心当たりはありますか? 俺は、ネックレスを奪われたせいではないかと推測していますが」
サイラスからの問いかけ。レティシアは返答に迷い、ネックレスに触れた。
「両親と、どんな時も決してネックレスを外さないと約束をしているだけです。倒れた理由まではわかりません……。外したことも、倒れたことも、これが初めてです」
ドリスにネックレスを奪われた時の――冷たい死の感覚がまざまざと甦り、レティシアは身を震わせた。クレアが気遣うように寄り添い、背中をさすってくれる。
「ご両親は、ネックレスが何なのか知っていた可能性が高そうですね。そうなると、オルコット家に関わるものなのだろうか……。それならドリスの言動もうなずける」
サイラスが部屋の中を歩き回りながら呟いた。額に指を当て、考え込むような動作をする。けれど結論は出なかったようで、軽く首を横に振った。
「ドリスはまたネックレスを狙ってくる可能性が高いでしょう」
彼の重々しい発言に、レティシアは黙って頷いた。ドリスの様子からして、この程度で諦めるとは到底思えない。
(ドリス……)
昔、レティシアを『お姉さま』と慕ってくれた従妹は、もうどこにもいない。そう、はっきりと突きつけられた気がした。
「オルコット嬢」
肩を落とすレティシアに、優しい声が降る。
「次は、必ず守ります。安心してください」
力強い言葉。
思わずサイラスを見つめてしまう。彼の決意に燃える瞳が眩しくて――
(私は、18歳の誕生日に死ぬかもしれない)
そう言ってしまったら、今あるものが壊れてしまう気がした。心に浮かんだ言葉を、発する前に飲み込む。
苦しくて騒ぐ胸を押さえて、ひとつ呼吸をした。
(きっと、貴方は)
死ぬ運命について告げたら、きっとサイラスは、クレアたちは、助けようとしてくれる。そう予想できてしまうくらい、いつの間にかレティシアは彼らを深く信頼していた。
全部話して、助けてもらえば、レティシアの気持ちは楽になるかもしれない。でもその代償として、彼はきっと笑わなくなる。
レティシアを救おうとして、奔走して、顔をいつも強張らせるサイラス――
それを見ることだけは、絶対に嫌だった。
はじめて得た、『ここにいたい』と思える居場所を、レティシアは守りたい。
あなたの笑顔を、守りたい。
だから。
レティシアは誰にも見られないように、後ろ手でぎゅっと拳を握りしめた。
「ありがとうございます。頼りにしています」
心を殺して、微笑む。笑うことは苦手なのに、彼のためと思えばこんなにも滑らかに笑顔を浮かべることができる。
その事実が、どうしてか苦しい。
「はい、頼りにして下さい。そのネックレスについても、一緒に探っていきましょう」
サイラスが笑う。レティシアを安心させるように。その裏で、隠しきれない知的好奇心が滲んでいる。
胸の上の重りが、ふっと軽くなった気がした。
(良かった)
彼の好きな表情が見られて、レティシアの緊張が和らぐ。自分の選択は間違っていなかったと、そう思えた。
「ところで、何か食べられそうですか?」
サイラスに聞かれて、思わずお腹に手をやった。体調が悪かったからか、あまり食欲はない。
「軽くでも、何か食べた方がいいかもしれませんよ」
「そうですね! 私、食べやすいものを貰ってきます!」
クレアが即座に反応し、小走りで部屋を出ていった。
扉が閉まる音が、静かな部屋の中、やけに大きく響く。
サイラスは軽い足音が去っていくのを黙って聞いていた。それから、ゆっくりとレティシアに向き直る。
青い瞳に浮かぶ真剣な光が、レティシアを射抜いた。雰囲気の変化に、背筋が伸びる。
「オルコット嬢」
名前を呼ぶ声は固い。身構えるレティシアのベッドにゆっくりと歩み寄り、サイラスが顔を近付けてくる。
目覚めたとき以上に、距離が近い。
「……何かあれば、いつでも話して下さい」
耳元で囁かれた言葉に、レティシアの顔が熱くなる。サイラスが身を離し、いつも通りの笑顔を見せてくれた。
(貴方は……)
レティシアの隠し事に気付いている。追求はしないのに、逃げ道を残してくれている。
そんな気がして、サイラスの顔が真っ直ぐに見られなかった。




