表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/54

30:貴方とのひととき


 ゆらゆらと、微睡みの中を意識が漂っている。



  

 気が付くと、レティシアは石造りの小さな部屋の中にいた。たくさんの本棚と、仕事をするための大きな机。

 見覚えがある。オルコット家のお屋敷のどこかにある、父がよく仕事をする時に使っていた書斎だ。

 

 目の前には、悲しげな顔をした父がいる。その顔はすっすらとぼやけていた。


「レティシア」


 優しく名前を呼ばれて、これは夢だとすぐにわかった。もう、顔が思い出せなくなってきている……。

 父親はその場で屈み、レティシアのネックレスに触れた。


「お父様……?」


 レティシアも真似して、ネックレスに手を伸ばした。自分の手はとても小さい。


「このネックレスを、どんな時も決して外してはいけないよ」


「はい」


 こくりと、素直に頷いた。


 両親との約束を、レティシアはずっと守ってきた。一度だって外すことはなかった。


 父は寂しげに微笑む。 


「お前が18歳になる、その時まで。ちゃんと守れるね、レティシア」


 父親の声が遠のく。書斎の景色が水に沈むように揺らいだ。


(お父様……!)


 伸ばした右手はどこにも届かない。だというのに、柔らかな熱が、そっとレティシアの手を包んだ気がした。


 だからきっと、大丈夫――






 *






 暗い水底から浮かび上がるように、レティシアの意識は目覚めた。

 寝不足の時のように、頭が痛いし瞼も重い。まだ眠っていたい――体はそう訴えているのに飛び起きてしまったのは、気絶する前の記憶をはっきり覚えていたからだった。


(私……ネックレスを取られて……)


 咄嗟に探った胸元にネックレスの感触があって、ほっと息を吐き出す。


 そろりと目を開けた。まず飛び込んできたのは、見慣れた天井。もうすっかり馴染んでしまった、研究所の自分の部屋だ。倒れた後、誰かがここまで運んでくれたのだろうか。


 ふと、温かいものが右手に添えられていることに気付いた。そちらに視線をやると、サイラスがいた。

 上半身はレティシアのベッドに突っ伏すようにして――どうやら、眠っているらしい。

 右手のぬくもりは、彼の手に包まれていたからだった。


 ドキッと心臓が跳ねる。


(ど、どうしよう……)


 自覚したばかりの恋心がそわそわと騒ぐ。


 恥ずかしくて、けれどよく眠っているらしいサイラスを起こしたくはなくて、そっと右手を動かして脱出しようと試みた。けれど彼の指は、離すまいとレティシアの手をしっかり握っている。


 何度か試したけれど、レティシアの手が解放されることはなかった。そしてサイラスも目覚めない。穏やかに呼吸しながら、あどけない寝顔を晒し続けている。


(寝てるところ、初めて見た……)


 人間なのだから寝るのは自然なことだけど、レティシアと同じ早朝から起きている人だし、生活感がなさすぎるから、こうやって無防備に寝ているところはどうにも違和感がある。


 ふと、その赤髪に触れてみたいと思ってしまった。他の人にだったら、例えクレアだって、こんな風には思わないのに、どうして――


 体に宿る熱に浮かされるようにして、そっと左手を伸ばす。触れた髪は思ったよりも柔らかかった。そのまま手櫛で梳かしてみると、さらりとした感触が心地良くて、思わず二度三度と続けてしまう。


(貴方が、好きです……)


 自制することには慣れているはずなのに、どうしても止められない。レティシアの顔に、自然と微笑みが浮かぶ。


「気に入りましたか?」


 低い声が響いた。レティシアの息が止まる。


「……っ、お、起きて……!?」


 ぴたりと手を止めた。彼の目は閉じられたまま。唇の端が持ち上がり、いつもの穏やかな笑みを作っている。


「はい。くすぐったくて目が覚めました」


 瞼がゆっくりと持ち上がり、青い瞳が真っ直ぐにレティシアを捉えた。その光が、レティシアを強く惹き付ける。思わず手を引っ込めてしまう。


「やめてしまうんですか? 続けても、俺は構いませんが」


「し、しりませんっ」


 レティシアは逃げるように、彼とは反対側からベッドを降りようとした。


「待って」


 けれど、握られたままだった右手を、サイラスは離してくれなかった。振り払うこともできずに、レティシアは潤んだ瞳で彼を見返す。


「……俺にも、確かめさせて下さい」


 何を、と問う暇もなく、サイラスの手が伸びてきた。レティシアが先ほど彼にしたように、髪に優しく触れられ、梳かされる。


 最初は躊躇いがちに。

 2回目は、大切なものを慈しむように。


「……貴女が無事で、良かった」


 掠れた声に、胸が高鳴った。赤い顔を隠すこともできず、レティシアはサイラスを見つめる。


「あ、あの、私……っ!」


 思わず、大きな声が出る。


 瞬間、ばんっ! とけたたましい音と共に、自室の扉が勢いよく開いた。


「レティシア様、どうされましたか!」


 足音荒く入室してきたのはクレアだった。

 彼女の視線が、涙目のレティシアと、手を離そうとしないサイラスの間を往復する。


 みるみるうちに、クレアの顔が真っ赤になった。


「なっ……なにしてるんですか!!」


 彼女の絶叫は、屋敷中に響き渡るんじゃないかと思うくらい大きかった。


 クレアはこちらに走ってきて、力いっぱいサイラスを引き剥がす。


「おや」


「サイラス様がそんな人だとは思いませんでした! 寝込みを襲うなんて、最低ですっ!」

 

「誤解だよ。……半分くらいは」


 クレアに怒られたサイラスが余計な一言を付け加えるものだから、彼女は手をふるふると震わせて主を睨み付けた。


「あの、クレアさん、元はといえば私がいけないんです」


「この状況のどこをどう解釈すればそうなるんですかっ!」


「わ、私が先に手を出したんですっ」


「はい!?」


 クレアがすっとんきょうな声をあげた。サイラスはくすくすと笑っている。


「本当だよ。オルコット嬢が、寝ている俺を――」


「や、やめてください……!」


 レティシアは大きく首を横に振った。彼の口から説明されたら、今度こそ本当に心臓が止まってしまうだろう。


 


 というわけで、レティシアはクレアに己の罪をすべて告白する羽目になり、その隣でサイラスは何故か誇らしげに微笑んでいた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
fooooo(^q^)!! サイラスがいつもよりイジワル度が高いので、 きっとレティシアが目覚めて嬉しくて テンション上がっちゃったんじゃないかなと 思いながら読んでました♡♡♡ 相当安心したんでしょ…
「誤解だよ。……半分くらいは」 正直者でいいことです(笑) ネックレス、最初から18歳縛りがあったんですねぇ。サイラスは少し勘づいてるようですし、何を背負わされてるのか、気になって夜も7時間しか眠れ…
悪い男ですね〜^^; 思わずときめいてしまいましたよ...。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ