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22/51

22:気付き


 それは、花祭りの前日のこと。


 午後の明るい日差しがサイラスの研究室を照らしていた。レティシアはいつものように彼と対面し、体質の研究を続けている。


 魔法を無効化する体質は負担が大きいとわかったため、今日の話題は魔力が無いことが中心だった。


「貴女に魔力がないというのは、間違いなさそうですね」


 いつものローテーブルには、所狭しと謎の物品たちが陳列されている。手に取ると魔力に応じた光を放つ子供用の玩具、得意属性を測定するガラスでできた器具、魔力を回復させるポーションなど。

 サイラスは様々な手法でレティシアの魔力を観測しようと試みたようだけれど、結局一度も実験は成功しなかった。


 テーブルの片隅で、すっかりお馴染みになった土人形(ゴーレム)が散らかしっぱなしの物品をしげしげと眺めている。


「ただ、原因まではわかりません。魔力回復のポーションは効果『だけ』はありましたから、魔力を取り込むことはできても、保持する機能に問題があるのかも……」


 サイラスがレティシアを上から下まで眺めながら、仮説を呟いてはメモしていく。キラキラした、まっすぐな視線が気恥ずかしくて、心臓が跳ねる。彼と目を合わせることができなくて、土人形を見ているふりをしてやり過ごした。


 そんなくすぐったい空気を破ったのは、控えめなノックの音だった。


「サイラス様、お話し中にすみません」


 扉の外からクレアの声がした。


「フレデリカ様がいらっしゃいました」


「わかった。……すみません、オルコット嬢。どうやら来客のようです。今日はここまでとさせて下さい」


「はい、わかりました」


 レティシアの返事を聞き届けてから、サイラスは席を立ち、部屋を出ていく。


 扉が閉じてから、レティシアは細く息を吐いた。緊張の糸がほどける。


 土人形がきょとんとレティシアを見上げてきた。主がいなくなっても健気に動き続けるそれが可愛らしくて、思わず手を伸ばしかけ、寸前で思いとどまった。


 レティシアが触れれば、この子はバラバラになってしまう。


 近付きたいのに、決して触れることはできない。

 土人形は、なんだかサイラスそのもののような気がした。





 

 無人の研究室にいても仕方がないので、レティシアも部屋の外へ出た。


 玄関ホールで、サイラスが見慣れない女性と話しているのを見かけた。先ほどクレアが言っていた、フレデリカ様という方だろうか。


(綺麗な人……)


 レティシアの第一印象がそれだった。誰もが振り向くような美貌の、まだ年若い女性だ。


「なるほど、それは興味深い話だね」


「実は、古文書の記録によると――」


 ふたりは熱心に意見を交わし、頷き合っていた。女性は、サイラスとよく似た赤い髪をしていた。立ち位置も、距離も、どこか気心の知れた家族のように、穏やかに笑いあっていて―――レティシアの胸に、ちくりと鈍い痛みが走った。


 思わず、胸を手で押さえる。


 どうして、こんな気持ちになるのだろう。


 この場に居づらくなる感覚が、モヤモヤと心のなかに渦を巻き始める。

 これ以上、サイラスのことを見ていられない。レティシアは逃げるようにその場を後にした。






 *





 

 あれから図書室に行って、セシルに魔法の勉強がしたいと言って、お勧めの本をいくつか紹介してもらった。本を読めば少しは気分転換になるかと思ったけれど、気分はちっとも晴れなかった。


 夕食と入浴を終えて、後は眠るだけで今日が終わる。なのに未だに昼間の光景が頭にこびりついていた。サイラスと知らない女性の顔が、ちっとも離れてくれない。


「はあ……」


 思わずため息が零れてしまった。集中できなくて、魔法について記された本を閉じる。


「レティシア様?」


 照明の魔石を操作しようとしていたクレアが、くるりとレティシアを振り向いた。


「ごめんなさい。何でもないです」


 誤魔化そうとしても、クレアは騙されてはくれなかった。レティシアが座る椅子に歩み寄り、そっと顔を覗き込んでくる。


「……レティシア様、昼間、何かあったのですか?」


 栗色の瞳からは、心からレティシアを案じる気持ちが伝わってくる。


 なんと答えていいか迷って、レティシアは窓辺に視線を向けた。サイラスから貰った花の種が、小さく芽を出している。

 その植物のように、ただ真っ直ぐにいられればいいのに。モヤモヤした心を恥じるように、目を伏せた。


「サイラス様のところから戻ってきてから、様子がおかしいようですが……はっ、まさかサイラス様がまた何かやらかしたんですか!?」


「ち、違います……!」


 慌ててクレアを宥める。相変わらず、クレアからサイラスへの信頼度は低いらしい。


「私の気持ちの問題なんです」


「気持ち、ですか?」


 クレアが静かに聞き返してくる。これは多分、言わなければ納得してくれなそうだ。


「公爵様が誰か、知らない女性と話しているのを見かけて、それで……」


 心に浮かぶことを、取り留めもなく呟く。クレアはただ黙って聞いてくれた。


 ざわめく胸に手を当てて、深く息をする。


「……変、ですよね。別に、嫌なことを言われた訳ではないんです。なのに、どうして……」


 心の内を吐き出すレティシアの背に、そっとクレアの手が添えられた。


「変じゃないです。大丈夫、あの方はちゃんと大切にする相手を選びますから」


 強くて、けれど柔らかな声が、部屋を満たす。背中に触れた熱が、優しくレティシアを解していく。


「それは、どういうことでしょう……」


 クレアはまだぴんときていないレティシアを見つめて、やがて何かに気付いたように頷いて、微笑んだ。


「レティシア様、今日はちょっとだけ夜更かししてくれませんか?」


「夜更かし?」


「はい! お茶でも飲んで、おしゃべりして、ゆっくりしましょう」


 クレアは意味深な笑みを浮かべて、そう言った。



 

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