愚痴と忠義の狭間
宿の食堂で、フィオナは湯気の立つスープをすすっていた。
隣のテーブルから、くぐもった笑い声が聞こえてくる。
「ほら、あの落ちこぼれの坊ちゃん、昨日カカシに突撃したんだってよ」
「ははっ! よっぽど頭の中まで花畑なんだな」
明らかにアランのことを指していた。
フィオナの手が止まる。匙を置き、ゆっくり立ち上がった。
「……あんたたち、今なんて言った?」
笑い声が止まり、酔客たちが目を瞬かせる。
「いや、ちょっとからかっただけで――」
「私のご主人を、口汚く笑うな」
低く鋭い声が食堂に響く。
アランの突拍子もない行動を何度も愚痴ってきたはずなのに、他人から馬鹿にされるのはどうしても許せなかった。
しばしの沈黙のあと、酔客たちはそそくさと席を立ち、食堂から出て行った。
席に戻ると、アランが首を傾げている。
「何があった?」
「別に。……変な噂されてただけです」
「ふむ……。フィオナは私をよく叱るが、こういう時は随分と頼もしいな」
アランは屈託のない笑みを浮かべる。
胸が、少しだけ熱くなる。
忠義? いや、それだけじゃない気がする。
でも、そんなはずはない――。
フィオナはスープを一口飲み、視線を逸らした。
「……勘違いしないでください。私は監視役です」
そう言いながらも、心の奥で何かがほんの少し、形を変えていくのを感じていた。