表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

財布と誓い

 昼下がりの市場は、香辛料の匂いと商人たちの呼び声で満ちていた。

 フィオナは、袋から小銭を一枚ずつ慎重に数え、必要な食材だけを買っていく。

 その横で、アランは籠を抱えた老婆に声をかけられ、すぐさま銀貨を一枚、いや二枚、手渡していた。


「ちょっと、ご主人様! 何してるんですか!」

「困っていたのだ。助けてあげねば」

「もう……」

 ため息をつきながらも、老婆が笑顔で頭を下げて去っていくのを見て、フィオナは責めきれなかった。


 ――あの日のことを思い出す。


 父に呼び出されたのは、冬の終わりの冷たい朝だった。

「お前に頼みがある」

「またお使いですか?」

「違う。アラン様の……付き人をしてほしい」

 突然の申し出に目を丸くした。父は続ける。

「ありゃあ命知らずだが、根っからの善人だ。財布の紐も心の紐もゆるゆるでな……放っておけば、身代も命もすぐ無くす」

 苦笑しながらも、父の声には深い信頼と敬意があった。

「だから、お前が見てやれ。あの人を正しく生かすために」


 それからの日々は予想以上に慌ただしかった。

 金貨を抱えて孤児院に駆け込み、負傷した兵士に薬代を渡し、旅先では宿代まで知らない旅人に出してしまう。

 そのたびにフィオナは財布を奪い返し、支払いを立て直し、頭を抱えた。


 けれど――。


 誰かが泣いていれば、必ず立ち止まる。

 誰かが困っていれば、必ず手を伸ばす。

 その純粋さは、滑稽で、危なっかしくて……でも、温かい。

 気づけば、自分もそれに絆されていた。


「……ほら、もう一銭もあげちゃ駄目ですからね」

「わかっている」

 と言いつつ、アランは市場の片隅で迷子になって泣く子どもに膝をつき、笑顔で話しかけていた。

 フィオナは呆れながらも、その姿を目で追ってしまう。


 財布の管理人であり、監視役であり……そして、誰よりもその背中を信じてしまっている自分がいることを、認めざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ