先祖に誓う
長い旅(?)を終え、ようやく帰り着いたのは、アランの実家――いや、正しくはかつてアランの実家だった屋敷だ。
屋根瓦はところどころ落ち、壁の漆喰は剥がれ、門扉は片方が外れて傾いている。
どこからどう見ても、幽霊屋敷と呼んだ方がしっくりくる。
「……帰ってきたな、フィオナ」
「ええ。屋敷は逃げませんからね、アラン様」
「……今、軽く失礼なことを言ったな?」
「気のせいです」
埃まみれの玄関を抜け、二人は屋敷の廊下を歩く。
そこには、かつての栄華を物語る立派な肖像画がずらりと並んでいた。甲冑に身を包み、剣を掲げた祖先たちの姿が、今にも壁から飛び出してきそうな迫力でこちらを見つめている。
ただ、その額縁にも蜘蛛の巣が張っているのは否めない。
アランはその一枚の前で立ち止まった。
厳しい眼差しをした騎士――アランの高祖父だという。
その視線を真っ向から受け止め、アランは胸を張る。
「高祖父上、必ずやこのアラン、世界を救ってみせます!」
声は廊下いっぱいに響き渡り、埃がふわりと舞い上がった。
台所では、フィオナが鍋の蓋を開け、少し眉をしかめて中をかき混ぜていた。
旅の途中で拾った干し肉と、庭の隅に勝手に生えていた野草で作るスープは、どう見ても“騎士の晩餐”には程遠い。
それでも、背後からアランの堂々たる誓いの声が聞こえてくると、フィオナはため息をつきながら返事をした。
「はいはい、がんばってくださいませ、アラン様」
心のこもっていない返事なのは自覚している。だが、こうでもしないとやってられないのだ。
しばし、鍋のぐつぐつという音だけが屋敷に響く。
ふと視線を上げると、廊下からこちらを覗き込むアランの姿があった。
その顔には、ほんの少しだけ柔らかい笑みが浮かんでいる。
「……フィオナ。いつもそばにいてくれて感謝している」
唐突な一言に、フィオナは手を止めた。
けれども次の瞬間、アランは再び廊下に仁王立ちし、別の肖像画に向かって拳を掲げる。
「曾祖父上! ご覧ください! 我が忠義の従者フィオナです!」
「……やっぱり頭おかしいんじゃないですか、この人」
呆れと、ほんの少しの誇らしさを胸に、フィオナは再び鍋をかき混ぜ始めた。