風車に挑むご主人様
私は、うちのご主人様を愛している──と、胸を張って言えるほど聖人でもなければ、頭のネジが抜けているわけでもない。
だから正直に言う。
アラン様は、顔はいい。剣も強い。背も高く、立っているだけで絵になる。
……だが、頭の中は完全に別世界でできている。
今日もその証拠が、目の前にそびえ立っている。
「フィオナ、見ろ……あれだ……!」
アラン様は鋭い視線を遠くに送る。
私も視線をたどると、そこには大きな風車が回っていた。
青い空を背景に、のどかな丘の上でのんびりと羽根を回している。
どう見ても、ただの風車である。
「……あれがどうかしましたか」
「見ればわかるだろう。あれは魔王の擬態だ」
「わかりません」
「羽根は腕だ。あの回転は、我らを威嚇しているのだ!」
いや、威嚇じゃなくて風を受けて穀物を挽いてるだけだと思うんですが。
こういうとき、私は大体止めるか、諦めるかの二択を迫られる。
止められる時は止める。でも、アラン様が剣に手をかけた瞬間、それはもう諦め時だ。
「行くぞ!」
「行かないでくださ──ああもう!」
馬が疾走を始めた。
ああ、今日もやってしまうのか……。
アラン様は、かつては大名家の跡取り息子だった。
だが家は没落し、家臣も全員去ってしまい、残ったのは我がスミス家だけ。
両親は現実を受け入れられず、彼を「世界を救う英雄」に育て上げるべく、教育という名の洗脳を施した。
そして、その監視役──もとい従者として私がつけられたのだ。
だから私は今も、こうして後ろから必死に馬を追い、風車の主に平謝りする未来を予感している。
「くらえ、魔王め!」
アラン様が剣を振りかざす。
金属の光が日差しに反射して眩しい。
だが相手は風車だ。風車は何もしてこない。
その羽根がぐるん、と回って、アラン様を直撃──するわけはなく、馬の足元の地面が少しえぐれただけ。
……と、思ったらアラン様の足場が崩れ、馬から投げ出された。
「きゃ──! アラン様!」
私は駆け寄り、土埃の中からご主人様を引きずり出す。
彼は顔や髪に土をつけたまま、満足げに笑っていた。
「ふ、ふ……さすがだ……あれほどの威力……やはり魔王だ」
「どこをどう見たらそうなるんですか! 相手は風車です! 穀物を挽く、ただの!」
「偽装だ。奴はこの地の人間を油断させているのだ」
もう話が通じない。
私がため息をつく間に、風車の持ち主と思しき農夫が駆け寄ってきた。
怒鳴られるのは私の役目だ。
「すみませんすみません、弁償しますから……!」と頭を下げ続け、アラン様を小突きながらその場を離れる。
夕方。丘のふもとを歩きながら、私はまだぼやいていた。
「ご主人様、いつか本当に命を落としますよ」
「案ずるな、フィオナ。私はこの剣で世界を救う運命なのだ」
「……運命はもうちょっと慎重に歩んでください」
そんな私の言葉に、アラン様は笑って前を向く。
どこまでも真っ直ぐな背中。
……ああもう、だから余計に手がかかるんだ。
これが、私の日常である。