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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王子を辞めて笑うあなたと、すべてを失った私~聖剣の花嫁は逃げられる~

作者: れとると

 7000字ほどのハピエン百合です。微ざまぁ。

 ――婚礼前日、聖剣に選ばれた王子は逃げた。花嫁ロメリアは、望みも未来も全部失う。

 残されたのは空の鞘と、たった一人の親友だけ――。



「ロメリア。君との婚約は破棄だ」

 告げられた瞬間、花瓶の白薔薇がぼとりと落ちた。

 書類の山の向こうに、長い金髪を弄っている婚約者の姿。

 彼が好む薔薇の芳香が、ロメリアの鼻に付いた。

「ラック殿下。式は明日、なのに」

 ロメリアが聞き返すも、王子は壁にかかる抜き身の長剣――王位選定の聖剣を眺めていた。

 鎖で下げた空の小鞘を、ロメリアは握り閉めた。


「完璧な僕に抜かりはない。破談になれば、王家も君の家も大打撃で――国が転ぶ」

 ロメリアの胸に憧れの王子への恋慕と、完璧と自称する彼への不満が渦巻く。

「だから僕は、王子を辞める」

 陶器の割れる音が響いた。


 ラックが髪をいじるのをやめ、朗らかな笑みを見せた。初めて見る笑顔にロメリアは胸が熱くなり、声が出せなくなる。

 彼が悠然と扉から出ていき、ロメリアはハッとなった。

「お待ちを! 誰か殿下を連れ戻して! 早く!」

 翡翠の鞘を握りすぎて、手が痛む。


 ――選定された王子は、聖剣を残して姿を消した。



 * * (同日) * *



 王子がいなくなって、城は大騒ぎになった。

「やはり、私がやるしか……」

 ロメリアは謁見を終え、唇を噛んだ。


「女など、黙って茶でも飲んでいろ」

 背後から尊大な声が聞こえる。普段サロンに引きこもっている、第一王子。ラックの兄だ。

「ラックめの腰ぎんちゃく。この俺に聖剣を献上せよ」

「御身が雷撃に焼かれますが。よろしくて?」

「チッ」

 第一王子が去るのを待ち、ロメリアは鼻を鳴らして執務室へと戻る。

「……城の外にも出られない、臆病者の役立たずめ」


「剣が次の王を選んでくれれば、私も解放されるのに」

 ロメリアは執務机に座り、積まれた書類から目を逸らす。

 少し開いていた引き出しを閉め、それから気になって引き開けた。

「これは?」

 便箋が一枚。筆跡は見間違えようもない。

 失踪したラックの私信が、ロメリア宛てに残されていた。



 * * (二か月後) * *



 ラックが戻らぬまま、季節が変わった。

 老いた国王は倒れて床に伏した。王妃も余裕がなく、当たりがきつい。

 ロメリアは実家取り潰しをちらつかされて、国の行政長に据えられた。

「ひどい国。男は政争に明け暮れ、女は雑用ばかり。身分がなければそれすら……家がなくなったら私は」

 ロメリアは愚痴をこぼし、廊下で足を止める。


「ご不満ならば君の実家の公爵領、我々が陛下に接収を進言するとしよう」

 元老院から出てきた老人たちが、ロメリアを嘲った。

「――やってご覧あそばせ」

 ロメリアが据わった目で睨むと、彼らは色めきだった。

「領地の接収など、元老院が進言すれば越権。慣習により院は解体されます。過去7度と同じように」

 廊下がしん、と静まり返る。

「失礼」

 ロメリアは老人たちの間を抜け、早足に去った。

「この国はもう……機能していない。私が、なんとかしなくては」


 深夜、執務室にようやく戻ったロメリアは、机の引き出しを開ける。

『僕の手掛けていた資料を示す。これで王国は君一人でも回せる』

「二日で引継ぎが為った……仕事は一カ月経っても減らないけれど」

 彼女は悔しさをにじませ、かつて見つけた私信をランプにくべた。

『――聖剣を返す。僕は盾となる。いつか完璧の仮面を捨てて、君の元へ帰ろう』

 「盾となる」それは彼の口癖。勇ましく、ロメリアへの愛と共に吐いていた。

 灰になる彼の痕跡を、ロメリアは澱んだ目で見つめる。

「……何が盾か。私を矢面に立てておいて」

 書類の山の一番上に「督促」の赤字が見え、反射的に破り捨てた。


 花瓶は空で、もう香りもない。壁の長剣は、錆が浮いて見える。

 ロメリアは小鞘を撫でる。ひやりとした感触が、今は心地いい。

 鞘を胸に当て、冷たさで息を凍らせる。


 ――王子を辞めると笑った彼の顔が、ひどく歪んで記憶に残っている。


 ロメリアは怯え、机の端を爪でこすり、乾いた木肌のざらつきを確かめた。

 彼の顔が思い浮かび、ここのところよく眠れていない。

「私も、逃げればよかったですね」

 だが逃げれば、助けの手は二度と伸びない気もした。


 ふとその目が、一通の便箋に留まる。

 それは招待状の返事。多くの者が離れる中、唯一残ってくれた大事な友達からの。

「リモニー……」

 彼女の名を呼び、便箋を破ろうとして二枚目が見えた。

 一昨日届いた、今日訪ねてくるという手紙。


 紙を引き出しにしまい、ロメリアは項垂れる。

「もう結婚している、はずだったのに」

 残されたのは崩れた書類の山だけ。もうラックの好きだった、薔薇の香りすら感じない。

 ロメリアの心は剣のない鞘のように、空っぽで。壁の聖剣がロメリアの視界に入った。

「お父さま、お母さま。私はもう限界です……」

 掠れた声で呟き、ロメリアは落ち窪んだ目で剣を見据えた。

 ――あれを手にすれば雷に焼かれ、楽になるのではないか。


 こんこん、と扉が叩かれた。ロメリアはびくりと肩を震わせる。救いか絶望かわからぬ音に、声を返した。


「どうぞ。お待ちしていました」

 ドアが開いた。薄暗い執務室に、女が入ってくる。

 ロメリアが近づくと、フードをとった彼女の桃色の髪から、ふわりと薔薇の匂いが広がった。

「夜分に失礼いたします、ロメリア様」

 彼女は最後まで残ってくれた親友、男爵令嬢リモニー。

 涙を溜めないようにと目をつぶり、ロメリアは彼女の背中を押す。


「あなたの身分では、昼は入れてあげられませんもの。座ってください、リモニー」

 ロメリアは手ずから茶を支度し始める。

 ことり、と包みが置かれた。

「椅子は結構。用件を先に」

「これは。またナイフを増やしたのですか?」

「ナイフ投げは乙女の嗜みです。ロメリア様も是非……いえそうではなく」

「仕事が片付いたら、考えてあげましょう――あっ」

 ポットが滑るが、リモニーが素早く受け止めた。


「あたしがやります。包みをどうぞ」

 リモニーに言われ、仕方なくロメリアは布包みを開く。

 中から出てきたのは、抜き身のナイフ。

 刀身が、乳白色にかすかに光る。壁の長剣と違い、氷色の光が胸に突き刺さる。

「まさか! そんなはずは。形も違うし」

 ロメリアは壁の剣とナイフを見比べ、口を手で覆った。


「聖剣を――お返しに参りました」

 紅茶の澄んだ香りが、ロメリアの鼻をくすぐる。


 ――翡翠の鞘と対で、真なる王と王妃を選んで姿を変えるという〝聖剣〟。

 彼女は首から下げた空っぽの〝小鞘〟を握り締める。それは綺麗な緑色で、伝承のものによく似ていた。

「剣なら、そこに……」

「あれは偽物。触って大丈夫ですよ」

 リモニーが長剣を差し出す。ロメリアは恐る恐る触れるが、何も起きない。

「ではこちらにお手を」

 ロメリアがナイフの柄に触れた瞬間、全身に電撃が走る。どんっと執務机に腰が当たる。

 書類の山が崩れ、紙が静かに舞う。インクのにおいが苦く鼻に飛び込んだ。


「聖剣、本物。でもなぜ? あなたも、触れているのに。もしかして」

「選定を受けています。だから返上、なのです」

 リモニーがするりとナイフに布を巻いている。揺れる明かりが、彼女の頬を照らしている。

「女が王位なんて。しかも男爵の娘。受けられるわけ、ないですから」

 ロメリアは膝の力が抜け、椅子に座り込む。


「この聖剣、ラック王子が押し付けていったんです」

 リモニーに行方不明の婚約者の名を出され、ロメリアは息を呑む。

「姿をくらます前、大きな包みを持ってきて。あたしが触れたら、ナイフになりました」

「あ、あぁ。選定した相手に合わせて、形を変えると聞いています」

 ナイフの白い布越しに、輝きが見える。ロメリアは目が釘付けになった。

 カップを差し出され、彼女は桃香を吸いこむ。胸に鈴鳴りが走るようだった。


「待って、ラック殿下は」

 ロメリアは思いついて尋ねるも、リモニーが首を振った。

「居場所は知りません。とにかくあたしは、ほとぼりが冷めるのを待ってそれを返しに来たんです」

 リモニーも座り、遠慮なく茶を飲み始めた。

 ロメリアは手が付けられず、水面とナイフを交互に見る。

 かちゃり、とリモニーの少しの無作法で陶器が鳴った。

「然るべき人に渡るように。それは、あたしじゃない」


 リモニーの言い様に、ロメリアは金髪の貴公子を思い浮かべる。

「殿下が持つべきだ、と?」

「あの人にあげては、ダメですよ。これ以上、苦しめては」

 予想外の一言を受け、ロメリアは小鞘の表面に手を置いた。冷ややかな感触が、高鳴る心臓に落ち着きを与える。

「努力して完璧を演じてたけど、趣味じゃないそうです」

 リモニーの一言で胸がざわついて、ロメリアはぎゅっと小鞘を握り締める。


「軽く言ってましたが、学園の頃はかなり悩んでました」

「そんなこと、私には一言も……」

「ロメリア様にだけは、言えなかったんでしょう」

「どうして?」

 ロメリアが顔を上げると、リモニーが優しい目で見ていた。

「ラック王子が頑張ってたのは、あなたのためです。たぶん」


「殿下のそんなお姿、見たことがありません」

「見せなかっただけ。あなたに甘える方が楽しかったんですよ」

 ロメリアはカップを持ち上げる――。


 『僕はロメリアの盾だ。まだ倒れないぞ!』

 騎士学園の演習で、彼は傷だらけになりながら下手くそなロメリアを守った。

 完璧で、自分を守ってくれる王子様。いつも愛を甘く囁いて。

 だがロメリアを裏切って、消えた。


 ――持ち上げたカップを、ロメリアは静かに戻した。

「いい迷惑でした。それなら頑張る姿の方を見たかった――」

 彼女は吐き捨てる。銅皿の灰を見ながら。


「そう言うロメリア様は、頑張りすぎです。もう、いいでしょう?」

「いい、とは」

「聖剣を王家に渡し、あの王子が選定されていなかったと公表するのです」

 リモニーの声は、僅かに震えていた。


「そうすればあなたは、自動的に王妃候補ではなくなる。あとは家に帰りましょう」

 リモニーに告げられ、ロメリアは目を見開く。

「ラック殿下が、そのように言われたの?」

「いいえ。これはあたしの意志です」

「どうして」

 尋ねるロメリアに対し、リモニーの声は静かだった。


「学園の頃、たくさん助けてくれたロメリア様への恩返しです。あなたがいなければ、あたしは周りに潰されていました」

 リモニーが苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 彼女はラックに付きまとわれ、良からぬ噂に苦しんでいた。

 ロメリアは誤解をとくついでに、手を差し伸べたのである。


「あなたを連れて帰ります。ひどいお疲れようですし。さぁ、まずはそのお茶を飲んで」

 優しい声で囁かれ、ロメリアは勘が働いた。

 そのお茶には――睡眠薬が入っているだろう、と。

 このままだとロメリアは、リモニーに連れ去られてしまう。

「嫌です。私にはまだ、やるべきことがある」

「ラック王子。別の引継ぎ先として、監査局に渡りをつけていたそうです」


 初耳だった。ラックはロメリアの他にも、使える手駒を用意していたのだ。ロメリアは悔しくて、唇を噛みしめる。

「やっと彼らが動けるので、ロメリア様がいなくても――」

「嫌です……!」

 静かな部屋に声が響き、灯りが大きく揺れる。


「殿下も失ったのに、ここを離れたら! 私は私でなくなる!」

「ロメリア様」

「あなたにはわからないでしょう? 私には、ここしかない! ここでお役に立てなければ、もう私には何もないのです!」

 ロメリアの実家は兄弟が多い。居場所などなかった。

 学園でも目立った成績は残せていない。凡庸だった。

 完璧な王子の隣だけが、ロメリアの輝ける場所だった。


「帰って。私は城に残る。離れません」

 それが幻でも、まだつかめるなら。ロメリアは手を離したくないのだ。

 俯く彼女は、リモニーが椅子を引く音を聞いた。次いで、近くなる足音を。

「リモニー?」

「責任、とります」

 ロメリアが顔を上げると、すぐ近くに桃色の髪がなびいていた。


「いったいなにを」

「あなたをこんなになるまで放っておいた責任、とります!」

 リモニーの手の中には、布から取り出された聖剣が握られている。彼女の手が伸び、ロメリアの胸元に下がる鞘を引き寄せた。

「この形、ぴったりだと思いません?」

 翡翠の鞘に乳白色の刃が当たり、キンと鳴る。


「や、やめ! そんなことになったら、私は――」

 ロメリアの頭に、過去の事例が思い浮かぶ。

 聖剣の選定は絶対。もしも鞘と剣が揃ったら、性別も血縁も国もすべて超えて二人は結ばれる。新たな王と王妃になるのだ。

「ロメリア」

 近くから、薔薇の香りが漂ってきた。


「あたしは、置いてかないよ。ずっとここにいる。あなたのそばにいる」

 リモニーが持つ小鞘が、ロメリアの目に入る。

 剣が鞘に近づいていく。

「リモニー……」


 ――その鞘は物心つく前、ラックとリモニーの三人で遊んでいた時に拾ったもの。以来、様々な幸運をくれたお守りだった。

 まず、ラックが聖剣に選ばれたと発表された。

 同時に、ロメリアとの婚約も成った。それに伴い、実家は隆盛。

 師に恵まれて励み、ロメリアは若くして政務を任されるほどになった。


 辛いこともあったが、懸命に耐えた。

 すべては――憧れの王子様の、妃になるため。

 それも、幻だったが。ラックは言うほど完璧ではなかった。

 あまつさえ彼は、ロメリアを捨てて去った。


「この鞘と剣は、あたしたちが子どものころに見つけたんだ。思い出して、ロメリア」

「えっ――」

 リモニーに言われ、記憶の欠片が蘇る。そうだ、鞘だけじゃない。

 見つかったのは剣と鞘。失われていた聖剣の対。

 鞘はロメリアを選んだ。それは妃の証。

 そして剣は――リモニーを王に選んだ。


 幼いラックは喜んで、笑って言った。

『ならふたりがおうさまになれるように、おれがまもるよ』


 ――失くしてなどいなかった。とっくにすべてが奪われていた。

 ロメリアの心を埋められるものは。ずっと、リモニーが持っていたのだ。


 かちり、と音がした。切っ先が鞘に収まろうとしている。

 強烈な匂いが吹きあげてくる。だがそれは、バラではなくて。

 ほんのりと甘くて、澄んで心休まる、リモニーを思わせる桃色の香り。

「最初からあたしは……あなたが欲しかったんだ。ロメリア」

 リモニーの手が震え、刃はわずかに宙で揺れた。

 香気の中、ロメリアは思い出す――。


 史上最強の騎士、リモニー・マッシュ。勇敢で、敵などなかった。

 だが女だからと侮られ、陰で泣いていた。

 ロメリアは手が血だらけになるほど剣を振るう彼女を、何度も見た。

 なぜかと聞けば「ロメリアの剣になりたくてね!」と答える彼女を。


 ――大事な親友が、あのリモニーが怯えている。ロメリアはリモニーの瞳を覗き込んだ。

「ロメリア、あたしこわい。嫌われたく、ない。でも」

 リモニーの手に、ロメリアは手を重ねる。

「大丈夫。怖くないわ、リモニー」

 彼女は鞘を持ち、ぐっと押し込んだ。

「今度は私が、あなたを導く番よ。一緒に行きましょう?」

 刃が鞘に隠れていく。自分の心が埋まるのを感じる。


 視線が壁の長剣を捉えて、ふと金髪の彼を思い出す。

「守ってくれるって、言ったのに」

 ロメリアは笑みを見せる。泣きそうなリモニーを安心させるために。

「殿下、あなたが悪いのです――さよなら」

 腕を伸ばし、リモニーを力強く引き寄せた。


 刃が収まり、鈴なりが響く。闇に包まれた城が、昼よりも強い光に覆われた。


 真昼のような光が静まると、二人の呼吸だけが残った。

 抱き合ったまま、どちらからともなく頬を寄せる。

 剣と鞘が合わさる澄んだ音が、まだ胸の奥で鼓動のように響いていた。



 * * (一年後) * *



 気づけば一年が過ぎていた。

 夜明け前の中庭を一人、ロメリアは通り過ぎる。一年前はなかった小さな花々が、そこら中で咲き誇っていた。

 あの日の充足を思わせ、彼女は鞘に入った短剣の柄を握る。

 ひやりとした感触が、霜の含まれた空気と共に身を冷やした。

 ロメリアはその冷気を視線に乗せる。


「それで――あの時、なぜ逃げたのです」

 庭園のベンチに、手枷を嵌められた金髪の男が座らされていた。

 髪がばっさりと短く刈り込まれ、穏やかな笑みが見えている。


「剣に選ばれたのはリモニー。僕が王になれば国は割れる。君を得るためには、彼女に王座を譲るしかなくて……」

「すべてを奪われた、と」

 男爵令嬢を王座に据えないために、偽りを被せられていたラック。

 たびたび国に姿を見せていた彼を、ロメリアは捕えて連れ戻した。

「選定は人の心まで変えない。そうだろう? ロメリア」

「まさかあんなことして、まだ私があなたを好いているとでも?」


 ラックの顔から、完璧な笑みが抜け落ちる。

 ロメリアは心の底から笑った。首から下げた小さな聖剣が、鞘ごと揺れる。

「仕事を与えます。私の盾だというなら働きなさい、ラック」

「……わかった」

 ロメリアは庭を歩み去る。小さく「いつか君を」という声を聞きながら。

「彼女は報われなくとも、私を愛してくれた。だから私の心は奪われたのです――」


 王城廊下に戻ったロメリアは、早起きの女行政官に報告書をもらった。

 使用人でも貴族でもない制服姿の彼女は、ロメリアたちの改革の証でもある。

 焼き菓子を渡して女官を労い、ロメリアは書類を読みながら廊下を進む。

「陛下の策定した女性活用は順調。次は治水ですね……」

 ロメリアは執務室を訪れ、首を傾げた。


「今日も仕事がないのですが――我が王」

 机には書類が一枚もなく、桃色髪の国王だけが鎮座していた。

「そりゃあもう終わらせたよ? もっとロメリアといちゃ付きたくて」

 いつ寝たんだと呆れながら、ロメリアは伴侶を睨む。

 リモニーは自分の胸元を指した。

「あなたのすべては、あたしのものだ。さぁ、あたしを癒せ我が妃」

 ロメリアは彼女を無視し、置いてあった茶をぐっと一息に飲んだ。


「仕事が無いなら朝議へ。ご老人方は懐疑的ながらも話は聞いてくれます。しかし何分、早起きですから」

 重鎮たちのしわくちゃな顔を、ロメリアは思い浮かべる。

 辛抱強く話し、彼らは女の自分らの開く会議にも出てくれるようになった。

「この時間なら、サロンの連中と顔を合わせなくても済みますしね」

 第一王子らや彼らにおもねる貴族たちは、サロンから出てこない。

「あの人たち、追放先決まったしもう見ることもないでしょ」

 リモニーがうそぶき、ロメリアは「まだ秘密でしょうに」と小さく笑った。


「じゃなくて! 仕事終わってない! あたしを甘やかせロメリア!」

「それは」

 いきり立つリモニーに対し、ロメリアはため息を吐く。

 ロメリアの胸下で、鎖で下げた鞘が揺れた。彼女のすべてを隙間なく詰めて、鈴なりをさせて揺れていた。


「もう少し、日が高くなってからにしましょう。我が王」

 ロメリアは妖しくほほ笑む。

 リモニーが耳まで真っ赤になった。数時間前のことでも、思い出したのであろう。

 反論しようと開いたリモニーの口に、ロメリアは手製の焼き菓子を押し込む。

 ロメリアは、もごもごと大人しくなったリモニーの手を引いた。

 甘い香りが、リモニーの口元から僅かに広がっている。


 聖なる剣と鞘に選ばれた王妃は扉を開く。

 赤い顔をした王を連れ、彼女の国へと二人で繰り出す。

 小さな花の爽やかな香りが、一人でも多くの民に届くことを願って。


 日の入りと共に、新しい鐘の音が国中に響き始めた。


 ご精読ありがとうございます。ご評価、ご感想よろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
幼少期とはいえ男爵令嬢がよく高位貴族と王族の幼馴染になるような縁があったなあ
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