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道化師は泣き、女王は笑う  作者: Mel


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34 最期の寝物語

 ……なんだ、その顔は。

 随分とひどい顔を晒しているじゃないか。


 ああ、ここが常世だとでも思ったのか?

 生憎だな。お前はまだ死ぬ定めにはないらしい。


 謂わばここは、夢の中かもしれんな。

 お前が都合のいい夢を見ているのかもしれないし――。

 あるいは、私が今際の際に見た夢なのかもしれない。


 せっかくだ。少しばかり、話でもしようか。

 いつもお前が喋ってばかりだったんだ。

 最後くらいは、私の話を聞いても罰は当たるまい?


 とはいえ……何から話したものか。

 ――ああ。まずは、謝らねばならんな。

 お前には悪いことをしたと思っていたからな。


 本当はここまで巻き込むつもりはなかったのだ。

 それなのに……お前が、無遠慮に私の世界に入り込んできたものだから。

 だから、最後まで付き合わせてしまったではないか。


 ……まったく、愚者とはよく言ったものだな。


 道化の存在すら知らぬ貴族院の連中を嘲笑いもしたが、実のところ、私も初めてだったのだ。

 道化師などという者を目にするのは。


 なにせあの者たちは酒と政争にばかり興じていたからな。

 愉しみといえば人を蹴落とすことばかり。

 だからこそ、お前の芸を初めて見たときは……正直、驚いたものだ。

 こんなことを生業にする者が、この世にはいるのかと。

 私の知らない世界が、この世には確かにあるのだと。


 ……なんだ、恨み言でも言いたげだな。

 どうせこう思っているのだろう?

 一度だって笑わなかったくせに、とな。


 そうだな。確かに、笑うことはなかったかもしれないな。

 だが、お前は勘違いしているようだな。

 私はずっと、心の内では嗤っていたのだぞ?


 お前は「人が悪うございます」などとふざけたことを言うかもしれないが……。

 ……ずっと夢見てきたのだ。

 この国が滅び去るその時を。

 こんな世界で生きてきたんだ。性根が腐るのも、当然だろう?


 即位したばかりの頃は、青臭くも父の遺志を継ごうとしたさ。

 民は蒙昧な葦であるからこそ、導かねばならぬと。

 貴族院に抗う力を持たぬ我ら王族が悪いのだと。


 罵られようとも、施策の真意が伝わらずとも。

 いつかは理解してもらえると、信じていたのだ。


 我が子を喪った時だってそうだ。

 葬列で、少しくらいは悼んでくれると――どこかで期待してしまったのだ。

 そんな都合の良い話などありえないというのに、まったく、愚かな話だと思わないか?

 ……結果は、知っての通りだ。



 ……。

 ……それだけなら、飲み込めたんだがな。

 ……お前には言っていなかったことがあるのだが……。

 我が子はな。

 汚物まみれの棺から引きずり出され。

 小さな躯を、弔問客という名の観衆の前に晒されたのだ。


 皆、笑っていたよ。

 民草も、貴族も。

 髪を振り乱し、泣き叫ぶ私を。

 醜く変色した幼子の遺体を。

 指差して、嗤っていたのだ。


 ――おかしいだろう?

 忌み嫌われていたことは、知っていたのに。

 それでも、どこかで信じていたんだ。

 民は無知ではあるが、悪ではないと。

 分かり合えるはずだと。


 だが……違ったようだ。

 あれが彼らにとっての正義だったのだ。


 だから私は自分に言い聞かせたよ。

 私が愚鈍な王だったから。

 導けなかったから。

 この仕打ちも仕方がないのだと。


 

 なんて、な。

 ……あんなこと、受け入れられるはずがないだろう?


 

 確かに私は何も成し得なかった王だ。

 だが、それでも私は人間だったのだ。


 あれも誰かの手引きだったのかもしれないが、もはやどうでもよかった。

 民を愛そうとした女王は、死んだ。

 復讐を誓った畜生が、生まれた。

 我が子の尊厳を穢し、私を畜生道に堕とした者たちは――その報いを受けねばならぬ。



 ……そう、誓ったというのにな。

 父の友人を名乗る男が現れたときに、希望を抱いてしまったんだ。

 この身を案じてくれる者が、まだいたのだと。

 父は私を想ってくれていたのだと。

 

 ……きっと彼は、血の繋がる身内が残されていると聞けば、私が喜ぶと思ったのだろうな。

 まさかそれが私を絶望に叩き落とすことになろうとは、思いもしなかったのだろう。

 

 だって仕方がないだろう。

 私は九つで王に祭り上げられ、少しずつこの身を食い千切られてきたというのに。

 存在も知らぬ妹だけは父の手で密かに逃がされていただなんて……知らないままでいたかったよ。


 その事実を知った時、もう全てがどうでもよくなったのだが……。

 お前たち一座を使おうと持ちかけてきたのは、近衛団長の妹だった女だ。

 ……そう。あの侍女。私のためだと言って、随分と好き勝手に動いていたようだな。

 だが、それを咎める権利など私にはないだろう。

 忠臣であった彼女の兄をみすみす死なせてしまったのは――他でもない、この私なのだから。



 あの女は必死だったよ。こんな私を、生かそうと。

 それも無理はない。

 私のために彼女の兄は死んだのだ。

 生かされた以上は生き抜かねばならぬと、あの女は思っていたのだろう。


 ……それが私への"罰"だと、あの女自身も分かっていたのだろうな。

 蓋を開けてみれば、私を本気で慮る者など誰一人としていなかったということだ。



 ……。

 ……なあ、どうしてだ?

 どうして私ばかりこんな目に遭わなければならなかった?

 どうして私ばかり、すべてを失わねばならなかった?

 どうして、私ばかりが、誰にも望まれぬ女王を演じ続けねばならなかった?


 ――ああ、誤解しないでくれ。

 別に、あの娘を恨んでいるわけじゃないんだ。


 初めて会ったとき、あの娘は眩しいほど真っ直ぐだった。

 幸せに生きてほしいと……本心から、そう願ったよ。

 恨めるわけがない。

 あの娘は、何一つ悪くないのだから。


 侍女だってそうだ。近衛たちだって、女医だって、城に仕える者たちの中にだって、私の身を案じる者はいたさ。

 でも……私のために誰かに死なれるのは、もう嫌だったんだ。

 

 だから私は、夢想することにしたんだ。

 父が心血を注いだあの堤防が、民の手で壊される時を。

 母なる蒼河が、すべてを呑み尽くす日を。

 そんな未来を思い描くことが、私にとって何よりの幸せだったんだ。


 ……言っただろう、性根が腐っていると。

 民も貴族も、この国のすべてが沈む光景を想像するだけで、この心は慰められたんだ。

 何を言われようと、いずれ死ぬ者共の戯言だと。

 心の内で嗤っていられたんだ。


 お前たちのこともただ利用しただけに過ぎない。

 正直、そこまで期待もしていなかったしな。

 遅かれ早かれ、あんな国は滅びる運命にあったのだから。

 ただ、その日が少しでも早まるよう、運命の輪とやらをこの手で回したかっただけなんだ。


 あとはお前たちが、この国の愚かさと末路を歌い広めてくれれば、それでよかった。


 それだけのはずだったのに。


 それなのに……お前は。


 未来を語り、私を笑わせようなどと――。


 ……馬鹿馬鹿しくて、仕方がなかったはずなんだがな……。



 身体は、正直なものだな。

 何かに心を動かされることも、痛みすらも、この身は忘れていたはずなのに。


 ……お前のせいだ。


 お前のせいで、私は焔の熱に苛まれたではないか。

 お前のせいで、空を舞う白い鳥に己を重ね、涙してしまったではないか。


 ……お前のせいで……。

 ……愚かにも、ただの畜生が、また"人"なんかに戻ってしまったではないか……。


 

 ……そうだな。

 来世なんてものがあるならば、せめてもう少し、真っ当な人生を歩みたいものだ。


 お前には、世話になったからな。

 またどこかで会うことがあれば――その時は、傍にいることを許してやろう。

 手品の種だって、今度こそは見つけてみせるさ。


 そしてまた、私に寝物語でも聞かせるがいい。

 その時までせいぜい話の種を増やしておくことだ。

 私が見ることのできなかった世界に、心が躍ったのは確かなのだから。


 ……なんだ、それだけでは不服か?

 私はもう女王ではない、だと?

 それならばお前ももう、私の道化師ではないということだな?

 それは残念だ。

 共にある理由も、なくなるということなのだから。


 ……冗談だ。

 お前は喧しかったが……不思議と居心地は、悪くなかった。



 ……違う。愛は、語らなくていい。


 これ以上思い出させるな。

 


 もう二度と、私を人に戻してくれるな。


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