00 焼かれる者、踊る者
その日の空は、これから起こる惨劇など知らぬ様子で、雲ひとつなく晴れ渡っていた。
冷たい風が城門前の広場を吹き抜ける中。集まった民衆は肩を寄せ合い、石畳の上で今か今かとその時を待ちわびている。
やがて、城壁の上――黒ずんだ砲身を掲げた旧式の砲台が、沈黙を破るように火を噴いた。
耳を劈く爆音とともに、赤黒い煙が、澄みきった青空へと無遠慮に突き上がる。
放たれたのは祝砲ではない。
王の誕生でも、勝利の凱旋でもない。
それはただ――鐘の代わりに鳴らされる処刑の合図。
轟く咆哮は広場を包む喧騒をよりいっそう煽った。
「始まるぞ……!」
「この日を待っていたんだ!」
ざわめきが広がり、誰もが喜色を浮かべている。
人々は目を逸らさない。
王家最後のひとりが焼かれる、その瞬間を見逃すまいと。
広場の中央に組まれた舞台の上では、火刑人が高々と松明を掲げ、積み上げられた薪と布に勿体ぶるように火をくべた。
ぱちぱちと弾ける音が徐々に強くなっていく。
火の粉は舞い上がり、晴天だった空をじわじわと曇らせていく。
立ち昇る黒煙の麓。
白く染められた磔柱に縛り付けられた女王は、足元で燃え盛る炎と詰めかけた群衆を、ただ無言で見下ろしていた。
泣きもせず、叫びもせず。
絶望も怒りも、救いを求める色すら浮かべてはいない。
「さあさあ、皆様お立ち会い!」
火刑台の手前に躍り出たのは、薄汚れた縞模様の衣装を纏う道化師だった。
鈴のついた二又帽子を揺らし、紅く彩られた大きな口を三日月に歪める。
「ここにおわしますは愚鈍なる女王様! 国を飢えさせ、皆々様を苦しめた元凶にございます!」
聴衆の間から怒号と嘲笑が湧き起こる。
それに合わせ、道化師は滑稽な踊りを交え、さらに声を張り上げた。
「金が尽きれば民を搾れ! 麦が尽きれば飛蝗を食え! それならば我々は、こう返せばよろしい!」
腰を振り、膝を突き、両手を天へと差し伸べる。
見上げた先――磔にされた女王に向け、哀れみを乞うかのように。
「『陛下ぁ! 金も麦も尽き果てりゃ、残るはその尊き首ばかり! どうか我ら飢えた民に、その身ひとつを下さいませぇ!』」
ひときわ大きく叫ぶと、応じるように罵声が飛びかった。
野次馬たちは手を叩き、足を鳴らし、言葉をなぞるように声を揃える。
――だが。
その熱狂の渦中。
襤褸を纏う女王は、ただ静かにそこにあった。
誰も見ず。
誰にも応えず。
無表情のまま。
無言のまま。
彼女だけが、この狂乱とは違う世界の中にいた。