トライアングルレッスン・U2
愛してるゲーム。
相手を見ながら「愛してる」と言い、照れたり笑ったりしたら負け、というゲーム。
話の流れで愛してるゲームの話になり、タクミとヒロシは、平然とこんな事をのたまった。
「今さら悠衣子に愛してるとか言われても、なんとも思わないよな~」
「まあ、笑いを堪える方が大変そうだな」
そんな二人に、わたしはにっこりと笑って、
「あんた達、ちょっとツラぁ貸しなさいよ」
クラスの友人に鍵を借り、二人を引きずり込んだのは演劇部の部室。
「そこまで言うなら、まずはあんた達がわたしを照れさせてみなさい。題して、コスプレ愛してるゲームよっ!」
ハンガーに並べられた衣装を背に、タクミとヒロシにビシィッ! と人差し指を突き付ける。
「どんなテンションだよ」
「そもそもなんでコスプレなんだ?」
「あら、あんた達が言ったんじゃない。今さら普通に愛してるとか言われても、ちゃんちゃら可笑しくて笑うしかないのよ」
顔を見合わせ、ため息をつく二人。
「ったく、しょーがねーなー。その代わり、こっちも本気でやるからな。鼻血出しても知らねーぞ?」
「やれやれ……」
そして衣装をゴソゴソ。それを持ってパーテーションの奥に引っ込み、
最初に出てきたのは、タクミだった。
「フッ」
カッ、とかかとを鳴らして堂々と立つその姿は、純白のタキシード。胸には一輪の赤いバラを挿している。
わたしの前に来ると、挑発的に笑い、
ふぁさっ、と柔らかく燕尾を翻し、片膝を突く。
そして目の前に差し出される赤いバラ。その花弁の向こうには熱い瞳。胸に手を当て、その奥で燃える想いを吐き出すように響く、熱の込もった声で、
「悠衣子、愛してる」
「ベタ過ぎ。50点」
「なっ、なにぃっ!?」
一蹴されて、そのままガックリうなだれるタクミ。
「まったく、馬鹿馬鹿しい……」
次に現れたヒロシは、白衣姿だった。前を閉じた白衣に首から聴診器を下げ、手にはクリップボード。
目の前に来ると、クリップボードがするりとヒロシの手から滑り落ちた。
カターン! と響く乾いた音に気を取られ、ヒロシの姿を見失う。
しゅるっ、と衣擦れの音に、白衣の前を開いて背後に回ったヒロシに気付く。
耳元でささやくその声は氷のように冷たいのに、甘くとろけるように染み込んで、
「悠衣子、愛してる」
「わたしも好きよ、ヒロシ」
「なっ!? はっ、それはっ!?」
「はい負けー」
「くう……っ!」
「ちょ、ちょっと待て! それはアリなのか!?」
「ああ、受け手側が反撃する事も、ルール上は問題無い……」
這いつくばる二人に、わたしはふふん、と鼻を鳴らして、
「偉そうに言っておいて、この程度?」
「ま、まだまだぁっ!」
「ああ、ここで引き下がりはしないっ!」
そしてーー
しばらくして。
演劇部の部室には様々な衣装が散らばり、その中にタクミとヒロシが横たわっていた。
「残念だったわね、タクミ、ヒロシ」
二人は歯ぎしりしながら見つめ合い、うなずき合う。そして衣装の中から立ち上がると、
「次で決める!」
「これで最後だ」
奥に消え、そして再び現れた二人は、見慣れた制服姿だった。
しかしその顔は、これまで見た事無いほど真剣。
近付く二人。
だけどその距離は、これまで無かったほど近い。
壁際に追い詰められ、二人は左右からわたしの耳元に、
「悠衣子」
「悠衣子、愛してる」
「俺が一番悠衣子を愛してる」
「愛してる悠衣子。悠衣子」
「悠衣子」
「悠衣子」
「…………」
目をつぶり、息を吸い、吐いて、目を開ける。
「はい、あんた達の負け」
「だあーっ! マジかよぉーっ!」
「悠衣子がここまでやるとは……」
「わたしを照れさせようなんて、100年早いのよ」
すると二人は、恨みがましい視線を向けて、
「じゃあ次は悠衣子の番だぞ」
「そうだな。このままではフェアじゃない」
「あらあら、まだ恥の上塗りをする気?」
そしてわたしはパーテーションの奥に消えて、
「ふぅ……」
「ん……」
…………。
「……いや、遅くね?」
「悠衣子、どうかしたのか?」
…………。
「あいつ、まさか!?」
「逃げただと!?」
二人は窓から身を乗り出し、わたしはその視線の先で全力疾走していた。
「こらぁっ、悠衣子ーっ!」
「敵前逃亡は卑怯だぞっ!」
そんな二人の声を背に走るわたしの顔が赤いのは、あくまで全力疾走しているからだ。
あくまで、全力疾走しているからなのだ!
愛してるとコスのラリーをもうちょい入れたかったけど、さすがに長くなるのでやめました。
悠衣子がなんであんなテンションなのかは自分でもわからない。