表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カグヤのきせき  作者: 桜海
壱の月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

ちょっと短かったですね…。

ここで一旦ストップ。

 近い距離で、唇をスルリと撫でられて、アオイの喉から甘えた仔猫のような声が漏れる。その声を聞いたイツキの瞳が一瞬、ギラリと獰猛な光を宿したような気がした。

 

「アオイ……ごめんね。ちょっとだけ、このかわいい唇を、俺に許してくれないかな?」


「えっ? え、あの……? イツキさ……あの、待っ、」


 ぐっと、腰を引き寄せられた。元よりイツキの膝の上で、逃げ場などない。離れることもできなかったのだから、あとはもうくっつくだけ。

 どんどん近づいてくるイツキの綺麗な顔。濃碧玉の瞳は更に色を濃くして、アオイだけを見ている。

 それを見ていられなくて、アオイは慌てて両目を閉ざした。

 ふふっと笑ったような吐息が唇にかかる。

 どうしようどうしようなんでこんなことになっているのイツキさんはどうしちゃったの!?

 と脳内で大混乱しているアオイを、イツキは愛おしそうに抱きしめる。

 あと少しで唇が触れる。そうしたらどうなるんだろう――。


「イツキさま!!」


「坊っちゃま!!」


 目を閉じたままぷるぷる震えていたアオイの耳に、男と女の声が飛び込んできた。

 次の瞬間、イツキの首がゴキッと嫌な音を出して天を仰ぐ。


「婚前の淑女に対して何してるんですか!」


「貴方の我慢の限界なんて知るか! いい加減さっさと俺の紹介をしろ!」


「……イサク、ユヅル。二人がかりで俺の首を圧し折ろうとするのはどうかと思う」


「……え!? だ、だいじょ……」


 アオイの目の前で、イツキの鼻より下を手のひらで覆ったイサクと、イツキの顎下を手のひらで押し上げるユヅルと呼ばれた男性が吠えている。

 お説教です! と怒鳴られたイツキが、イサクに襟首を掴まれたまま、ソファから落とされ引き摺られていく。

 瞬時にイツキの膝からソファの座面へと降ろされたアオイは、ポカンとしてその様子を見送った。

 室内に残ったのは、初対面の剣士とアオイだけ。

 はぁ……という、心の底からのため息を聞いて、アオイは微かに肩を揺らした。

 俯いて、視線を合わせようとしないアオイを横目で見て、剣士の男――ユヅルはアオイから少し離れたところに膝をついた。

 僅かに思案するように目を伏せてから、口を開く。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、カグヤ様。俺は、ユヅル・シウ。本日より、カグヤ様の護衛を言い渡されました」


「……ご、護衛?」


 小さな声で尋ねるアオイに、ユヅルは吐息のような笑みを零す。

 切れ味の鋭い刀のような人だと、アオイは思った。

 青混じりの黒髪を頭の高いところで結んでいて、サラリと流れるそれは膝をつくと床にまで流れていく。

 切れ長の目の奥には、静かな湖畔のような水色の瞳がある。

 先ほど大きな声でイツキを叱った人物とは思えないほど、静謐な印象を受けた。

 腰には、イツキと同じような拵えの刀を下げている。


「あ……」

 

 なんだかどこかで見たようなと思ったが、アオイが祭祀官寝舎から連れ出されるときに、馬車の傍らに立っていた人物だ。

 それで少しだけ落ち着いて、アオイはユヅルにゆっくりと向き直った。

 目が合うと、どこか甘やかな笑みを向けられる。

 イツキと似たような雰囲気だけれど、少し違う。

 なにがどう違うのかわからないけれど、怖くはない、気がした。


「……あの、アオイ、です。よろしくお願いします……」


 ペコリと頭を下げるアオイに、ユヅルがクスリと笑う。


「俺はあなたの護衛剣士です。そんなにかしこまらないでください。それとカグヤ様……ああ、アオイ様とお呼びしても?」


「えっ、あ……は、はい!」


 あまりの不意打ちに、アオイの声が大きくなった。顔を真っ赤にするアオイに、ユヅルが口元に手を当ててクスクスと笑う。


「いえ、失礼。これは、イツキ様が落ちるのも納得ですね。かわいらしい」


「かわ……!?」


 アオイの顔が真っ赤に染まる。その様子を見つめながら、ユヅルは内心焦っていた。今ここで主が戻ってきたら、いったいなにを言われるか……。

 取り敢えず、その真っ赤な顔を戻して欲しいと思いつつアオイに声をかける。


「ええと、アオイ様。俺は、イサクの弟です。それから、イツキ様の乳兄弟でもあります。あの人は姉には頭が上がりませんし、俺もある程度はイツキ様を押さえることはできますので……」


「……? はい……?」


「だから、イツキ様があまりにも強引で困ることがあったら……いえ、無くてもいいので、何かあれば俺かイサクにちゃんと言ってくださいね」


 どんな些細なことでも構いませんから。

 そう言ったユヅルの真剣な顔を見て、アオイは戸惑いながらもしっかりと頷いたのだった。


「……イツキさんにされて、困ったことなんて……ない、ですけど……」


 という一言で、微笑んだままのユヅルの目が遠くに向けられたことなどには、気づかなかった。


(……ユヅルさん、綺麗な人……。だけど、イツキさんみたいにドキドキしない……)


 その理由がわからなかったけれど、イツキもイサクもいなくなって心細いだろうアオイを気遣ってくれる優しさに、何か既視感のようなものがあった。


(ぁ、そうだ……"お兄ちゃん"みたいなんだ……)


 故郷で離れ離れになった兄弟を思い出す。幼馴染と、兄や姉と、弟妹たちと、近所の小さい子たちで、いつも一緒に遊んでいたのだ。

 じんわりと温かくなる胸の奥に、郷愁と言う名の寂しさが過ぎる。けれどそれ以上に、心を砕いてくれるユヅルの優しさが、嬉しくて少しだけ申し訳ないと思った。


 イツキがイサクのお説教を終えて戻ってきたのは、暫くしてからだった。

 いったい、どれほど過酷なお説教だったのか。若干青褪めながら、足をふらつかせてアオイの座るソファに倒れ込む。

 その、あまりにも憔悴しきった姿に、アオイは眉を下げた。ソファの背もたれに腕を乗せ、顔を埋めるイツキに手を伸ばす。濃藍混じりの黒髪をおっかなびっくり撫でると、イツキがピクリと反応した。


「アオイ……もっと……。ではなく。先ほどはすみませんでした。ところで……ユヅルと二人きりにしてしまいましたが、なにもされなかった?」


「ちょ、イツキ様?」


「え、と……優しくて、嬉しかったです……」


「優しい……へぇ……ふぅん?」


 チラ、と濃碧玉の瞳が、傍らに控えるユヅルへと向けられる。そのちょっと鋭い瞳はゾクゾクするほど怖いのに、ほんの少し突き出された唇がかわいらしい。

 ――などと思ってしまって、イツキの髪を撫でていたアオイは焦った。


「あ、あのあの……か、勝手に髪に触ってしまって……ごめんなさい」


「うん? なんで謝るの? もっとって俺言った。……ね、アオイ。もっと撫でて?」


 流し目で甘く乞う男に、アオイの動きが止まる。呼吸も止まる。何もない時間が数秒流れ、そしてアオイはまたおずおずと指通りの良すぎる髪に手を伸ばした。

 アオイの手が滑るたびに、イツキの瞳がトロンと細くなる。彼女を見つめたまま甘えるようにすり寄る姿は、さながら猫のようだ。


(て、天黎猫みたい……なんて、しつれい、かな……)


「ねぇ、アオイ。俺のお嫁さんになる件だけど」


「ふあああっ!?」


 驚いて長椅子(ソファ)から転がり落ちそうになったアオイを、ユヅルの腕がサッと支えて座面に戻す。それを見たイツキの目が鋭く光ったことに気がついて、ユヅルは溜息を飲み込んだ。

 すぐ近くにいたから助けたのであって、決して他意はない。まったく、これっぽっちも。


「残念ながら、今すぐってわけにはいかないんだ」


「えっ、え……? ええと……」


「うん、お嫁さんの件ね」


「お、およ……っ、な、なぜ……?」


 アオイがまた転げ落ちないように、ユヅルが彼女の肩を支えている。それを面白くなさそうに見ながら、けれどイツキは先ほどのように手を伸ばしたりはしない。

 離れてしまったその距離がなんだか悲しくて、必死になって手を伸ばす。すると、ようやくイツキはアオイの手を取った。指先を緩く繋いで、アオイの荒れ放題の爪を優しく撫でる。


「アオイに、俺をちゃんと好きになってもらいたいから」


「……は、はぇ……?」


「俺は、あなたを守りたいんです。あんな悲しく泣かせたりしたくない。どうせなら、嬉しさで泣かせたい。そして心から愛し、慈しみたい。だから、俺に心も体もぜんぶ攫われて、俺のものになろう」


 お嫁さんというのは、そういうことだよ。指先に唇を触れる手前で囁いて、イツキが下から覗き込むようにアオイを見る。

 アオイの唇がふるふると震えていた。

 俺のものになろう。問いかけているようなイツキのそれは、ほとんど確定のように聞こえる。


「あ、あの、その……そ、そそ、それは……けっ、決定事項、なのですか……!?」


 涙目で、混乱したまま小さく叫ぶようなアオイの声に、イツキが徐に笑みを浮かべる。

 あの日、アオイが見惚れたそのままに。ふんわりと蕩けるような、甘い顔で。


「ああ、そうだよ」


 形の良い唇から紡がれるのは、絡めとるような容赦のない台詞。

 ふふっと吐息で笑って、イツキはアオイの頬に触れるだけの口づけを落とした。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 アオイの部屋だよ、と言われて宛行われたその部屋の寝牀(ベッド)に仰向けに寝転がって、アオイは間抜けな声を口から漏らした。


「……け、けっこん……? お、お嫁さんって…………なんで……?」


 お嫁さん……お嫁さんというのは、アレだよね? アレ……あの、アレだ。

 語彙力が極限まで低下した頭で、アオイはお嫁さんのなんたるかを必死に考える。


(お嫁さん……ということは、イツキさんが、わたしの……だ、旦那、さま……? え、だ、旦那さまって、なんだっけ……? 旦那さま……ってことは、夫、婦……?)


 だが、いくら考えても、あのコクウ家の御曹司であるイツキの隣に、みすぼらしい自分が立っていることを想像できない。

 そもそも、だ。


「……そもそも、イツキさんは名家の……上流階級のすごい人で、わたしと釣り合うわけがなくて……なんで?」


 そう、それがわからない。

 コクウ家は、ただの名家ではない。

 ルナティリス月皇国には、名家八家というのがある。皇家のある皇都以外の土地を八分割し、それらを八家が統括している。さらにその中で細かく領地を分け、分家に治めさせているのだ。

 だから、名家八家は領主であり一国の主家でもある。皇家に並び立つ存在だ。

 そして、八家の中でも、皇都に租高い租税を納めているのが筆頭四家。コクウ家は、"壱の家"。つまり、筆頭四家の中でも頭一つ分抜き出てすごい家なのだ。領地が潤っている証でもある。

 幼い頃にカグヤとして叩き込まれた知識を思い出して、アオイの眉間に皺が寄る。


「……コクウ家は、皇家に最も近い家……」


 ここ数十年、その序列が変動したことはないということだから、おそらく今もコクウ家は壱の家のままだろう。


「……皇家は、祭祀礼館と深く、繋がっている……らしい、から……」


 そうだとしてもよくわからない。

 布団に潜り天井を見つめながら、アオイはイツキのことを頭の中に思い浮かべる。


『混乱させてごめんね。でも俺の気持ちは知っていてほしい。……じゃあ、夕飯は喉を通りやすいものを部屋に運ばせます。俺も、一緒に食べるから、アオイはそれまでゆっくり休んでいて』


 そう言って、イツキは部屋から出ていった。

 イサクも、アオイをベッドに寝かしつけると、厨房に行くと言って出ていった。

 ユヅルは、扉の外で護衛をしているらしい。


「……取り敢えず、イツキさんに『大丈夫』を信じてもらうために……わたしは頑張らないと」


 掛布から手を出して、天井にかざす。

 荒れてボロボロの指先は、あんなふうにイツキに慈しんでもらえるようなものじゃない。

 できるなら、もっと綺麗な指を、イツキに見てもらいたい。彼の髪に触れることをまた許されるのなら、なおのこと。せめてあの絹糸のような髪が指に引っかからないくらいには。


(だから、そのためには……えっと……?)


「……いっぱい、寝て。……いっぱい、食べて。いっぱい動、く……?」


 なんだか道のりは険しそうだ。

 ひとまず今は、"いっぱい寝る"ことを目指そう。そう、決意する。

 アオイの体内で、月の力がゆるりと渦を巻いた。温かなその力を感じながら、アオイはまた眠りの淵から飛び立っていった。

漢字で書くなら

弓弦ユヅル梓羽シウ

24歳

魔力は特大。属性は水、雷。

青混じりの長い黒髪を頭のてっぺん近くで1つに結んでいる。

水色の瞳。

イツキとは少し年齢が離れているけれど乳兄弟。

イサクは年の離れた姉。頭が上がらない。

イツキより先に刀剣術を学んでいたが、才能も魔力も桁違いのイツキに早々に抜かされる。ただ、実力が違いすぎるので妬むことすらなかった。

と言っても、ユヅルもものすごく強い。だたただ強い。

元々イツキの護衛剣士だったけれど、主に護衛が必要ないので、アオイ付きにしてもらって内心喜んでいる。なにせ腕の振るい甲斐があるから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ