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カグヤのきせき  作者: 桜海
壱の月

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11/15

あ、あまぁぁぁい

 夜の皇都中央は昼間や夕方とはまた違った顔をしていた。

 職人街は扉を閉め、工房は小さな明かりだけが灯っている。けれど、奥の家屋からは豪快な笑い声や温かな食事の匂いが漂ってきて、寂しさは感じない。

 職人街を少しだけずれると、そちらは歓楽街だ。賑やかな話し声に、客引きの声が馬でトコトコ駆けるアオイたちの耳にも届いてくる。

 職人街までは入ってこないが、少しだけ肌を露わにした女性たちが立っているのも見える。

 そちらに気を取られていると、イツキが背後からアオイの目を手のひらで覆った。

 急に真っ暗になった視界に驚くアオイのまつ毛が、イツキの手のひらをさわさわと擽った。


「アオイには、まだ早いですよ。――と言っても、今後も関わらせるつもりはありませんが」


 耳元で低く囁いたイツキが、こちらを見てと言いながらアオイの頬を優しく撫でる。

 馬上でも、体はしっかりイツキに支えられている。だから落ちる心配など微塵も覚えず、アオイは促されるままに後ろを振り向いた。


「……いい子。そのままずっと、俺だけ見ていて」


 月明かりに照らされながら微笑むイツキは。たいそう美しかった。

 そんなこと、初めて会ったときからわかっていたはずなのに、今さらになってアオイの心臓が早鐘を打って止まらなくなる。


「ぅ……ぁ……」


 呻き声ともつかない、声にならない声を上げると、アオイはイツキの外套を頭からすっぽりと被った。

 クックックッという、抑えたような笑い声が上から降ってくる。その振動が、体を通してアオイへと伝わる。

 残念だな、という呟きとともにグッと体を引き寄せられ、抱きしめられた。

 ぐん! と引っ張られるような感覚がして、アオイの背中がイツキの胸に押し付けられる。

 アオイが外を見ていないのを良いことに、イツキが馬の速度を上げたようだった。


 皇都中央に来るときよりも早い速度で馬が走っている。

 外套の隙間からチラリと外を見たアオイは、あまりに早く周りの景色が後方に去っていくのを目にして、すぐに外套の中へと舞い戻っていった。

 馬に揺られているのに、イツキが笑っているのがわかる。先ほどからずっと、馬の揺れと違う振動がアオイの体の奥まで伝わっている。

 随分と機嫌が良さそうだ、とアオイはイツキの服をきゅっと握りしめながら思った。

 今日は、たくさんわがままを言った気がしたから。イツキが怒ってはいないようで、安心する。

 しばらくそのまま走り続けていると、いつの間にか人の気配が遠くなっていった。

 耳に届くのは馬の駆ける蹄の音と、ひゅうという風の音。それから、ホウホウと小さく聞こえる宵闇鳥(よいやみどり)の声。どこかでピィーと月夜鳥(つくよどり)が高く鳴いている。

 覚えのある夜の気配に、アオイはイツキの外套の下でモゾリと動いた。

 馬の歩みが緩やかになり、そして止まる。

 ポンポンとアオイを抱く腕が優しく腕を叩き、目的地に到着したのだと知らせてくれる。

 イツキがひらりと地上へ降りた。外套から外に出されたアオイは、寒さにふるりと身を震わせる。

 そのアオイを軽々と抱き上げて地上へと下ろし、イツキはふらつく彼女をしばらく腕に抱いていた。

 足が地に付き、歩けるようになった頃。アオイはゆっくりと顔を上げた。

 思い切り空気を吸って、吐く。

 深い、夜の香りが、アオイの全身に沁み渡っていく。

 眠りにつく木の匂いと、湿った土の匂い。冷たい冬の静寂が、アオイを満たしていく。


「……月嶺森林」


 通称、月の森。

 ポツリと零したアオイの呟きに、イツキが微笑んだ。

 左手にアオイ。右手に手綱を握って、森の中を歩き出す。すぐそこに、月の杜への入り口があった。

 別に柵があるわけではない。門が立っているわけでもない。ただ、そこからが禁域なのだと、肌で感じ取ることができる。限られた者しか出入りを許されぬ聖域。

 月嶺森林までは馬で駆けてきたイツキも、月の杜は徒歩で行く。

 そこが神の居場所だと、祭祀礼館を毛嫌いしているイツキとて知っている。別に、女神を信仰していないわけではないのだ。

 サクサクと、落ちて積もった葉を踏みしめて、言葉も無くただ禁域を二人進んだ。


「……月の社。ここに来るのは、久しぶりだな」


 禁域を抜けた先の拓けた空間に、ポツリと一つの建物が立っている。月の昇る東側が正面となっていて、西側から入ったイツキたちには社の背面が見えている。

 ぐるりと回って、社の正面に回る。

 ここは本殿だ。いわゆる参拝者が祈りを捧げる拝殿は祭祀礼館のことであり、神を祀り神事を行う祭殿は禁域の奥のこちらになる。

 神事を行なうのは、皇王一族とカグヤ、それから名家上位四家と上級祭祀官たちだが、禁域に立ち入ることが許されているのは、皇王一族と名家上位四家、それから祭祀官長だけだ。上位祭祀官は禁域の外側までしか入れない。ただの巫女たちなど月嶺森林にすら入れない。

 だが、月の巫女であるカグヤは言わずもがな。彼女に立ち入れない場所など、本来この国にはどこにもない。


「……神事を、行った……形跡(あと)が、あります……」


 階に手を当て、アオイが零した。


「まぁ、年の変わりは祭祀奉納の行事で、皇族の政務予定も埋まっていますからね」


 本来なら、カグヤであるアオイも、神事に参加しなくてはいけない。だが、アオイはカグヤとして引き取られた年以外に、その責を果たせていない。

 年々力が弱くなり、土地への奉納ができなくなった。そして祭祀官舎を追い出され、祭祀礼館の物置へと追いやられた。

 それでも、アオイはカグヤでいることをまだ諦めてはいない。だってまだ、アオイには力があるのだから。


「ねぇ……アオイは、神事を行いたい?」


 いつかのように、階に腰掛けたアオイへと、イツキが問いかける。それは、今しがたアオイが考えていた思いと一緒だった。

 カグヤであるということは、神事を行うこと。女神に力を奉納し、この国の民の生活を豊かにすること。

 イツキが、政治で国に奉仕するのなら、アオイは、神事で国に奉仕する。


「……はい」


 だから、アオイはイツキから目を逸らさない。碧く光る瞳をしっかり見上げながら、躊躇うことなく頷いた。


「そう、ですか」


 イツキが、そっと目を伏せる。長いまつ毛が白皙の目元に影を作る。

 本当は、アオイならそう言うだろうなという確信が、イツキにはあった。

 どうせなら国のためではなく、イツキのためにと思ってくれたらいいのに。

 そんなことを考え、彼は心のうちで苦笑した。


「わかりました。アオイがそう望むのなら、俺はあなたのために全力を尽くしましょう」


 アオイの足元に、イツキが跪く。彼女の小さな手を取って、彼はゆっくりとその表面を指先で撫でる。

 以前は荒れてボロボロだった手は、やっと少しだけ本来の柔らかさを取り戻した。

 アオイの透き通るほどに白い肌は、指先であっても変わらない。

 可愛らしい爪の先に唇を寄せ、チュ、と音を立てる。

 前髪の隙間からアオイを伺い見れば、案の定熟れたように赤く染まった表情(かお)がある。

 淡く光を受ける琥珀色の瞳が、水面に映る月のようにゆらゆらと揺れて潤んでいる。

 トクン、とイツキの心臓がひとつ音を鳴らした。

 いつだって冷めていたはずのイツキの心が、アオイを前にしたときだけは熱く昂ぶって燃え上がる。その熱が、自分を内側から変えてしまう。

 赤く火照ったアオイの頬に、イツキは手を滑らせた。

 ほつれて落ちてきた髪をそっと耳にかけてやりながら、イツキはアオイへと体を寄せる。


「ねぇ、アオイ」


 呼びかけは、ひっそりとした囁き声になった。

 アオイの耳をくすぐり、胸の奥までもゆっくりと撫でていく。

 なんですか? と声を出すのも躊躇われ、アオイは視線だけでイツキを見上げた。

 夜空に昇り始めた月に照らされるイツキは、本当に美しい。どうしてこんなにも綺麗な人が、自分に構ってくれるのか、アオイは未だにわからない。


「……好きだよ」


「あ……」


 手を取られ、微笑みながら。イツキの紡ぐ言葉が、アオイの中へと沁みていく。真っ直ぐな熱を灯した瞳が、アオイをここに縫い止めて離さない。


「初めてアオイにここであった日、俺はあなたに一目惚れをしました。あなたを無理矢理引き取って、手元に置いて……この想いは、枯れることなく今もずっと膨らんでいます」


「……ど、して……わたし、なんですか……」


 消え入りそうなアオイの声に、イツキがふふっと笑みを零す。


「どうして、だろうね? それは俺にもわからない。でも、アオイが好きだと、俺の心が言ってる。俺のこの心臓を熱く高鳴らせることができるのは、いつだってあなただけだ」


 グッとイツキがさらに体を寄せてくる。握られていただけの手は、いつの間にか手首を掴まれていて、逃げられないように固定されている。

 それを、嫌だとも怖いとも思わない自分の気持に、アオイはもう気づいていた。

 さっき、気付かされてしまった。


「ね、アオイ。あなたは、どう思う?」


 吐息が、頬を掠めた。こんなに近づかれても逃げない理由を、頭の良いイツキならわかるはずなのに。それでも聞いてくるところは少しだけ意地悪だと思ってしまう。

 それでも、そんな切ない瞳で見られたら……。


「わたし、も……好き、です……」


 こう言うしかアオイに選択肢などないじゃないか。

 想いを告げた瞬間、目の前の美貌が本当に、本当に嬉しそうに崩れたから。

 選択肢は一つでも、告げたことに間違いはないと感じて、ホロリと涙がひと雫目元を滑って落ちていく。

 それをイツキの唇が追って、顎先に口付ける。

 親指が、アオイの唇を撫でていた。


「ねぇアオイ。このかわいい唇を、俺に許してくれる?」


 いつかと同じ問い。あのときは驚いただけだけれど、いまはそこに羞恥がある。

 いま、ここにイサクもユヅルもいない。止めてくれる人は、誰もいない。

 けれど、止めてほしいともアオイは思わない。

 未知の感覚が怖いけれど、イツキなら大丈夫だと、そう思う。

 目を閉じて、コクリと頷いた。

 息を呑む音がして、頬が両手で包まれる感触がした。


「アオイ……好き」


 ゆっくりと、唇が重なった。

 月の社の階で、背後に女神の神威を感じながら、重なったときと同じようにゆっくりと離れる。

 コツンと額を当てられて、抱きしめられた。

 温もりが、ジワリとアオイを包んでいく。


「はぁ……幸せ。アオイ、もう一度。もっと長く……もっと、深くまで……」


「えっ、ぁ……ん、ぅ」


 熱に浮かされたようなイツキの科白とともに、再び唇を塞がれる。今度は、重ねて触れ合わせるだけの優しいものではなかった。

 グッと体重をかけられ、身動きが取れない。深く、長く、まるで食べられてしまうかのように、角度を変えて塞がれる。

 息が続かなくて開いた唇に、ぬるりと舌が忍び込んできて、アオイの体が跳ねた。絡められ、貪られ、力がどんどん抜けていく。

 知らず、鼻から抜けるような声が出た。

 それが、イツキをさらに煽ることなど、アオイは知らない。

 何ヶ月も我慢を強いられていた男の激情を、アオイは知る由もない。

 くり返し言うが、ここにはイサクもユヅルもいない。止める者がいないのだから、イツキのアオイへの想いも、一向に止まる気配はない。

 求められることが、触れ合うことが嬉しくて、アオイも止めることをしなかったのは、悪かったかもしれない。

 それに便乗して調子に乗ったイツキも。そこは反省している。

 長いこと唇を重ね合わせ、アオイからくったりと力が抜けるに至って、イツキは慌てて彼女から離れたのだった。


「ごめんね、アオイ……嬉しくなって止まらなくなった……」


「い、いえ……大丈夫、です」


 イツキの膝の上で甘やかされながら、アオイは息も絶え絶えにそう告げる。

 その言葉にクスリと笑うと、イツキは彼女の小さな耳へと唇を落とした。


「今日は、その『大丈夫』を信じますよ」


 それは、「大丈夫ならもう少ししようか?」と言っているのだろうか。

 綺麗に笑うイツキの瞳に本気の色を見て取り、アオイは慌てて彼の首にしがみつく。


「きょ、きょうは、もう……いい、です」


 耳元で小さく囁く声に笑って、イツキはアオイの体を抱きしめた。「残念」という声には珍しく実感がこもっているようで、ドギマギしてしまう。


「じゃあ、これ以上は結婚してからね」


「それは……まだ、早い……と思います」


「やだ。恋人同士でもいいけど、俺はアオイと結婚したい。そのために頑張るから、待っててくれる?」


 言いながら、アオイを抱き上げてイツキは月の社を後にする。禁域を出て、馬に跨ってから、アオイはイツキの耳元で「待っています」と囁いた。


 ◇◇◇ ◇◇◇

あまぁぁぁい?

R15にしてましたけど、そこまでにならなかったから外しました…。イツキがそこまでしなかった。

まぁ、だからなんだという話なんですが。

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