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七話 いじめ

トイレに連れ込まれた僕は、お腹を押さえてタイルの上に踞っていた。


目の前で橋本くんがトイレ用のモップを持ってケラケラ笑っている。その後ろには合わせて笑っている取り巻きたちと、申し訳なさそうに佇む稲村くんがいた。


橋本くんはモップを槍のように持ち、ブラシ側を僕に向かって何度も突き出す。


モップが突き刺さる度に、鈍い痛みが積み重なる。モップに付着した汚水がワイシャツを濡らし、肌に張り付いていた。ワイシャツ越しの肌は内出血を起こし、赤く染まっている。


「はー、疲れた。じゃあ稲村くんもやろうぜ」


橋本くんは額に滲んだ汗を手で拭うとモップを稲村くんに手渡した。


稲村くんはモップを受け取るとまた困ったように笑った。


稲村くんの笑みを見ても、僕の胸中に怒りは湧かなかった。稲村くんの笑みは橋本くんやその取り巻きのような僕に対する嘲笑じゃない。橋本くんのような強者からやり過ごすための、必死の自衛だからだ。


「いや、これは、ちょっと」


モゴモゴと小声で稲村くんが言った。渡されたモップを持ったまま固まっている。


「いやいや、こいつのカッコウ見てみろよ稲村くん、便器の水に濡れて頬に糞までつけてるんだぜ、ヨゴレなんだよこいつは、だから俺らがなにやってもいいんだよ」


橋本くんは稲村くんの肩にポンと手をおいた。失敗した部下を諭すような口調だ。


それでも稲村くんは困ったような笑みを浮かべながら、小声で否定を繰り返している。


優しい人だな。稲村くんとはこの前少しは話しただけの間柄だ。動物好きなところで馬が合い、教室で少しは話しただけだった。


それだけの関係なのに、稲村くんは必死で僕を庇おうとしている。直接言うわけではないが、これが稲村くんなりの抵抗なのだと考えると嬉しかった。


しかし、橋本くんはそんなウジウジしている様子を見て腹を立てたのか、下から覗くその顔がどんどんと歪んでいく。


「何、出来ないの」


その一言だけだった。怒りを隠そうともしないドスの効いた低い声。


その一言だけで稲村くんの顔はどんどんと青ざめていった。自衛の笑みも失われていく。


その一言だけで想像できてしまったのだ。イジメの矛先が自分にも向かう情景を。今見た光景が自分にも降りかかることを、橋本くんのたった一言が、稲村くんの脳裏にありありと想起させた。


稲村くんは青ざめた表情のまま、歩を進めて僕の前に立った。橋本くんと同じようにモップを槍のように構える。


初陣の新兵のように腰は引けており、手は小刻みに震えていた。


後ろではその瞬間をイマカイマカと待ちわびる取り巻きの姿。そしてすっかり笑顔を取り戻した橋本くんが立っている。


稲村くんはなかなか動き出せず、僕の目を見つめていた。目には困惑が浮かんでいる。目は充血し、瞳孔が開いているように見えた。


稲村くんはきっと、人を叩かなければいけない罪悪感と、橋本くんのイジメが自分に向く恐怖の間で揺れているんだろうな。


僕と話しただけでこんなことに巻き込まれて、恨んでもおかしくないのに。


僕は優しい稲村くんを気遣って、目を閉じた。



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