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五話 虐待

「熱い!」


左腕に熱湯をかけられた僕は、最初にそう叫んだ。遅れて皮膚の焼ける、痺れるような痛みが腕全体を包み込む。


僕は無意識に右腕で思いっきり左腕を掴んだ。爪が皮膚に食い込んで鋭い痛みが混ざる。


直後薬缶が飛んできて、僕の頭を直撃した。頭皮から血が垂れる。新鮮な血液の温かさが僕の輪郭に沿って流れていく。


痛みに耐えながら上を向くと、荒い息のお母さんが立っていた。目は見開き血走っている。


「お前もか、お前も他にオンナ作って私を捨てるのか!」


平手が僕の頬を襲う。パチンと甲高い音から一拍おいて、痛みが追加される。もうどこが痛いかも分からない。


僕は膝をつく形で倒れた。


「顔があの男に似てきたと思ってたら、中身まで似てきたんか!」


お母さんは倒れた僕の髪を掴み、無理やり引き上げた。涙で霞んだ視界に、お母さんの顔が揺らぐ。


お母さんの顔が怒りで赤く染まっている。痛みよりも何よりも、お母さんにこんな顔をさせてしまっていることに、僕は苦痛を覚えた。


なんでいつも僕はお母さんを怒らせてしまうのだろう。なんでお母さんが大きい音を嫌いなのは分かっているのに、少しの我慢もできずに叫んでしまったのだろう。


叩かれていることに怒りや憎悪なんて起こらない。悔恨と自責の念だけが僕に襲いかかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


僕は力なく言い続けた。それでもお母さんの怒りは止まない。


僕を叩き、罵倒し、怒り、泣いた。涙で化粧が崩れ、怒りに歪んだ顔は人間のものとは思えず、僕は目を背けた。


お母さんはそれすら気に入らなかったようで、僕を叩く手は一層力強く振り下ろされる。


一時間程経っただろうか。お母さんの怒りは収まり、代わりにお母さんの顔には悲痛に歪んだ。


お母さんは僕を抱きしめ、駄々っ子のように泣いた。野犬の遠吠えのような声をあげて、僕の肩に顔を埋めて泣いている。


途中隣のおじさんが壁を殴り不満を表したが、お母さんは構わず泣いた。


「ごめんね、お母さんも不安なの、翔太、もう私にはお前だけなの」


お母さんはしきりにそう言っていた。

分かってる。悪いのは僕なんだ。お母さんに迷惑をかける僕が悪いんだ。


お父さんが不倫をして家を出ていって、家族とも絶縁されている。お母さんの家族はもう僕だけなのだから。

僕がお母さんを支えないといけないんだ。


「囚われてるね」


不意に真白の言葉が脳裏に浮かんだ。


違う。囚われている訳じゃない。たった一人の家族を悲しませない。それの何が悪いんだ。


傷ついているお母さんをさらに傷つけている僕が悪いんだ。


「君が受けている暴力に正当な理由なんてない」


そんなことない。これは僕に対するしつけなんだ。そもそも暴力なんかじゃ……。


真白の言葉がただの決めつけだとは思っている。だけど、喉の小骨みたいな小さな違和感が引っ掛かっていた。







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