二十六話 デート
僕らは木影で目を覚ました。警官から逃げて山に駆け込んでから、そのまま寝てしまったのだ。
走りつかれたし、泣きつかれたから、ボウリングの後みたいに熟睡していた。
美香は既に起きていて、硬直していた体を解している。
美香は僕が起きたことに気づくと、柔らかな笑顔を浮かべた。
「おはよ、今日はどうしようか」
僕がそう言うと、美香は少し虚空を見つめて考えた後、思い付いたように言った。
「展望台の周りを巡ってみない?デートしようよ、最初で最後の」
美香がそう言うと、僕はたちまち赤面した。冗談でもデートと言ってくれたことが嬉しかった。
「何か言ってよ、恥ずかしいじゃん」
美香が髪を手で弄りながら言った。
僕がそれを見て噴き出すと、美香は頬を膨らませた。
僕は立ちあがって、手を差し出した。
「じゃあデートとしよう」
僕は精一杯の勇気を振り絞って言った。だけど声は震えて、顔は赤く染まってなんとも格好がつかない。
美香は笑いながら、僕の手を取ってくれた。
そして僕らは、木漏れ日が照らす森の中を二人で歩いた。遊具も何もないし、ボールもピンも無いけど。二人で手を繋いで歩いているというだけで楽しかった。
「私、翔太誘って良かったな」
歩いていると、美香がそんなことを言った。
「翔太が一緒に死んでくれなかったら、こんなに楽しくなかったかも」
「最初は幽霊か死神かと思ったけどね」
「え、そんなこと思ってたの?」
「そりゃ初対面で一緒に死んでって言われたらな」
「そりゃそうか」
美香は大きな木の根を平均台みたいに歩きながら話している。僕はその横で手を繋いで支えていた。
「最初拒否されたとき、やっぱだめかーって思ったんだよね、そしたら何だかんだで一緒になっちゃった」
「ダメだと思ってたんだ、あんなに自信満々だったのに」
「やめて、めっちゃ中二病発言しすぎて黒歴史だから」
「私が正しいって直に分かるよ、みたいなこと言ってたよね」
「あー、やめてー!」
美香は笑いながら空いている方の手で耳を塞いだ。
「そう言えば理髪店での変わりようすごかったよね」
強引な話題変更を試みる美香を笑いながら、僕はそれに乗った。
「それは僕の台詞だよ、急に綺麗になったからドキドキしちゃってたよ」
「ホントに?嬉しいな、でもそれは私もだよ、お互いギャップに弱いのかもね」
山の中腹にたどり着き、舗装された道に合流した。
「ボウリングにも行ったよね、あれは楽しかったなぁ」
「ああ、あれは白熱したね、最後の邪魔が無かったら僕の勝ちだったのに」
「いやいや、あれがなくても五本も倒せなかったよ翔太は」
「いや倒せてたよ、確信があったんだ」
「何それ、スピリチュアル?」
「違わい」
舗装された道を歩き続けていくと、展望台前の広場に出た。点在するベンチでおじさんやおばさんが日を浴びている。
「それから、そうだ翔太の家にお持ち帰りされたんだよね」
「それまだ言ってるの?図鑑を取りに行ったんだよ」
「あの時初めて翔太のこと知れた気がしたんだよね」
「図鑑取りに来ただけだったのに、結構長居しちゃったしね」
「そうだよ、それで翔太のお母さん帰ってきてビックリしたよ」
「あれは本当にごめんね、怪我させちゃって」
「まだ言ってるの?良いんだよあれくらい、助けてくれたから無問題だよ」
広場を一周してから、僕らは展望台の外階段を登り始めた。
「その後は、私のお母さんのお墓に行ったんだよね」
「あったね、あの時はどこに連れていかれるのかと思って緊張してたよ」
「ははは、ごめんね、私もお母さんに会うみたいで緊張してたんだよ」
「でも僕も、あの時に美香のことを知れた気がしたよ」
「おっ私の真似か?許さんぞ」
「何でだよ、良いだろ」
笑いながら外階段を登っていくと、唐突に景色が開けた。展望台だ。
「昨日は警察官に詰められて大変だったね」
「ホントだよ、あの男の方は物凄く癪に障るしさ」
「ホントホント、息も吹き掛けてくるし、失礼なことも言うしね、あの時は言い返してくれてありがとうね、嬉しかったよ」
「いや、僕が勝手にやったことだから、美香があんなに言われてるのが我慢できなくて」
「お姉さんが止めてくれなかったら危なかったけどね、まあそのお姉さんにも意地悪なことしちゃったけど」
「でも、全部言えて気持ち良かったな」
「そうだね」
僕と美香は展望台の縁までたどり着き、フェンスに寄り掛かって、下を眺めた。
「高いね」
美香は独り言のように言った。少しの恐怖が含まれているように感じる。
「そうだね、ちょっと怖いかな」
「そう?私は怖くないけどね、この高さなら楽にやれそうだし」
柔らかな風が絶え間なく流れている。僕たちは今日の夜。満点の青空の下で、死ぬのだ。
未練は、無い。
「この七日間でいろんなことがあったね」
大昔のことを思い起こすように、美香は目を閉じて思案していた。
「そうだね、楽しかったな」
「ねぇ翔太、死ぬときもさ、手を繋いでいてくれる?」
美香は不安そうにして言った。
「もちろんだよ、僕たちは一緒に死ぬんだから」
変な安請け合いをする僕を見て、美香は笑っていた。




