二十五話 爆発
美香の言葉を聞いた女性警官は地蔵みたいに固まってしまっている。
額には汗が滲んでいて、目線が動いている。何を言おうか悩んでいるのだろうか。
「本気?」
女性警官は唇を震わせながら聞いた。
「本気だよ」
女性警官は膝に置いていた手を顎に持ってきて悩んでいた。
そしてゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。
「私ね昔親とものすごく仲悪くてさ、会ったら即喧嘩してたくらいだったんだよね」
女性警官は虚空を見つめながら言った。
昔を回顧しながら話しているのだろう。
「でも大人になるに連れて、親の大変さが分かってきたんだ、働く大変さとか、生きていく大変さとか、それが分かって、私は一生懸命努力して警察官になって、今じゃ親と旅行行くくらい仲良いんだよね」
言い終わって、女性警官は僕らの方を向き直って言った。
「こんな月並みなことしか言えないけど、大変なこともあるけど、生きていけば幸せなことがうんと一杯あるから、そんなこと思わないで、ね?」
女性警官は懇願するようにして言った。優しい人だな。素直にそう思った。
職務の中とは言え、見ず知らずの子供である僕たちに対して、こんなにも親切に接してくれる。本当に優しいイイ人だなと思った。
それと同時に、僕らとは別の人種なのだと言うことを、女性警官がしゃべる度に感じていた。
この人は、何度間違いを犯しても止めてくれて、許してくれて、向き合ってくれる優しい両親のもとで、お金の問題をそこまで考えずに生きられる場所で生きてきたんだな。
横の美香を方に視線を向けると美香と目があった。美香も同じ気持ちみたいだ。
「ねぇお姉さん、親から殴られることってあった?」
女性警官は一瞬豆鉄砲を食らった鳩みたいにキョトンしていたが、直ぐに持ち直した。
「殴られる……どうかな、一回くらいはあったかも」
「蹴られたことは?」
美香は矢継ぎ早に聞いた。
「流石に蹴られたことは無いかな」
「ビール瓶で殴られたことは?」
女性警官は絶句している。美香の言っていることが、美香自身がされてきたことだと分かったらしい。
「タバコの火を押し当てられたことは?カッターで切付けられたことは?」
女性警官が俯いたのを見ると、美香は僕の方を見た。僕は頷いた。
「熱湯を掛けられたことはありますか?冬のベランダに裸足で出されたことはありますか?包丁を持ち出されて、殺されかけて逃げ出したことはありますか?」
女性警官は顔をあげて、僕と美香を交互に見ていた。目には涙が浮かんでいる。
「ねぇお姉さん、私死にたくないんです」
美香は俯いて言った。女性警官は目を輝かせて美香を見た。安堵して少し胸を撫で下ろしている。
しかし、美香は涙を流しながらまた口を開いた。
「だけど、生きたくもないんです」
美香は声を震わせて言った。女性警官は目を丸くして絶句している。
美香は言ったとたんに、屈んで泣き出してしまった。言葉にしたとたんに、感情が噴き出してしまったのだ。
そうだ。僕らだって死にたい訳じゃない。生きていたい。学校に行きたい。友達と他愛ない話をしながら帰りたい。
恋もしてみたい。
だけど、僕らの環境がそれを許さなかったんだ。僕らの周りには痛みしかなかった。
それから逃げたいから僕らは、死という逃げ道を選んだんだ。
間違いであることは分かってる。だけど僕らには間違いの道しか、与えられなかったのだ。正しい道を与えられ、その道を進んできただけの人には分からないんだ!
僕は踞る美香の腕を掴んで引き上げた。美香は頷いて、僕と同時に走り出した。
公園を颯爽と抜け、山に向かって走っていく。
「おいお前逃げてるぞ!追え!追えー!」
僕らの逃走に気づいた男が、女性警官に命令を飛ばす怒声が聞こえる。
しかし、女性警官が追ってくることは無かった。




