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二十二話 墓参り

 五日目の朝。僕は真白の後に続いて歩いていた。


 一晩休んだら大分回復したようで、真白の足取りは軽かった。しかしまだ顔は赤く染まっていて痛々しい。


「何処に向かってるの?」


「んー、着いたらわかるよ」


 そう言って真白はロケハンの時みたいに場所を明かさずに歩いていた。あのときと違うのは、真白の声があまり弾んで居ないことだ。


 少しの不安を感じながら僕は黙って歩いていた。


 町を抜け、山を通り越し、閑散とした通りを歩く。人通りも少なく、田んぼが見え始めた。


「着いたよ、ほらあそこ」


 真白が急に声をあげ、遠くの方を指差した。


 目を細めてよーく見ると、遠くに石柱がところ狭しと並んだ一角が見えた。あれは。


「墓地?」


「正解!」


 真白は墓地を指していた指を僕に向けた。次はお前だ、って言われてるみたいでちょっと背筋が冷えた。


 墓地にたどり着くと、真白は一目散に桶が連なる水道に向かった。桶を一つと柄杓を二つ持ち、墓石と墓石の間を縫って進んでいく。


 左右に並ぶ墓石と充満した線香の匂い。そして周りには寺しかない。昼間なのに何処か背筋が冷えるような異様さが漂っている。


「あったあった、ここここ」


 真白が指差した方を見ると、一つの墓石があった。端の端に置かれたその墓石には真白家の墓、と書かれている。


「ここにお母さんが眠ってるんだ」


 そう言うと、真白は水一杯にした桶をしたの砂利の上に置き、柄杓を一つ僕に渡した。


「水掛けるの手伝って」


「あ、うん」


 僕は言われるがままに墓石に水を掛け始めた。上から順番にかけていき、線香の穴にはかけないよう注意していく。


 水を掛け終わると、真白は柄杓を桶に入れた。そして、ポケットから黄色い何かを取り出す。


来るときに摘んでいたタンポポだった。


「本当はもっと豪華なのにしようと思ったんだけど、お金無いしね」


真白は墓石の前にある花を入れる穴に一輪のタンポポを入れた。


タンポポは風に揺られてしなっている。障害物の無い墓地には、吹きすさぶような風が吹いていた。


真白の艶のある黒い髪が風に揺られている。切れ長の目は悲しみに満ちた歪みを浮かべている。


「家での私の味方はお母さんだけだった」


墓石を見ながら、真白は一人ごちるように話し始めた。目の前ではタンポポが揺れている。


「暴力と暴言ばかりのお父さんから、私だけでもって、身を挺して庇ってくれてたんだ」


真白は柔らかい笑顔浮かべて言った。


「お母さんとだけは仲良くて、お母さんとの日々だけが私の救いだったんだ」


そこまで言うと、真白は急にうつむいた。涙がポトリと落ちる。


「でも、小学校五年生くらいの時かな、喧嘩しちゃって酷いこと言っちゃったんだ」


「酷いこと?」


真白はコクりと頷いた。


「何であんな男と結婚したのって、こんなことされるくらいなら生まれなきゃよかったって、言っちゃったんだ」


真白の涙が勢いを増した。


「あの時のお母さんの顔だけは忘れられないな、でもその時の私も後に引けなくなって、そのまま家出したんだ、それから帰ってきたら、お母さんが死んじゃってたんだ」


真白は泣き腫らした目を拭いながら言った。拭っても拭っても、涙がどんどん溢れだしていく。


僕は何か言おうと口を開いたけど、何を言えば良いのか分からなくて押し黙っていた。


「大した葬儀もしないで骨になって、ここに眠ってるの」


真白は墓石の方を向き直した。まだ涙は流れている。


「ほんとに後悔してるんだ、何であんなこと言っちゃったんだろうって、意地張らないで謝ればよかったって」


それから真白は一旦黙ってから、涙でくしゃくしゃの顔で笑顔を作った。


「お母さんに見せたかったよ、私が大学に行くところ、働いてるところ……お嫁さんに行くところ」


そう言って真白は僕を振り向いて笑った。


「それは相沢に責任取ってもらおうかな、傷物にされたし」


真白は照れ笑いを浮かべて言った。自分は辛い目に遭っているのに、周りに、僕に心配を掛けさせまいと笑って冗談を飛ばす。


その姿を、僕は愛おしく感じてしまった。


「取るよ、責任」


言ってから僕は口を手で塞いだ。

何て恥ずかしいことを言ってるんだ僕は。


真白の冗談に、何を真面目な口調で返してるんだ。


頬が紅潮して、体が熱くなる。恥辱心で胸が張り裂けそうだ。


だけど僕は、否定の言葉を継げなかった。なぜか分からないけど、ここで否定したら後悔する気がしたのだ。


僕は恐る恐る真白の顔を見やった。


真白は僕の方を向いたまま、固まっていた。真白の頬が紅潮しているのを見て、僕は咄嗟に視線を反らした。


視界の端で、真白が墓石に向き直っている。


「行こうか」


真白は立ち上がり、桶をもって歩きだし、僕がそれに続く。


墓地を抜け、公園への帰路に着いた。

気まずい沈黙が流れる。僕が変なことを言ってしまったせいだ。


「体当たりして助けてくれた時、本当にかっこよかったよ、お母さんのこと思い出すくらいに」


真白は独り言のように言った。


「でも僕が連れてこなかったら、真白は怪我しなかったはずだし……」


「私たちはもう運命共同体だよ、君のことは私のこと、逆も然り」


やけに難しい言葉で真白は言った。振り返らずにまっすぐ歩いたままで。


「責任取るってのも、嬉しかったよ」


真白は前を向いたままで言った。

僕は目を丸くして真白の後ろ姿を見つめた。


また体が火照るのを感じる。頭がぼうっとするくらいの熱を帯びて、何も考えられなくなる。


後ろから見る真白は何事も無かったように見えるけど、髪から覗く耳は、先の方まで赤く染まっていた。


それを見て僕は少し吹き出してしまった。真白が振り返って僕をキッと睨む。


「何?」


「いや、真白は面白いなと思って」


僕が口角をあげてそう言うと、真白はそっぽを向くようにして前を向き直した。


「美香で良いよ」


「え?」


「呼び名、美香って呼んでよ、私も翔太って呼ぶからさ」


少し声が震えていた。真白も僕と同じ気持ちなのだろうか。


そうだと良いなと考えながら、僕は言った。


「じゃあ美香帰ろうか」


「そうだね翔太」


言ってみた後で、僕らは可笑しくって顔を見合せて笑った。


僕らの過去を吹き飛ばすくらいに弾んだ笑い声だった。



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