十六話後悔
肺が焼けるように熱い。汗がダラダラと噴き出して止まらなくなっている。
理髪店から逃げ出した僕らは、もといた公園の石のドームに逃げ込んでいた。
横で真白も息を切らして肩を揺らしている。しかし、その表情は歓喜に綻んでいた。
「いやー、ドキドキしたね」
真白はどこか嬉しそうにして言った。
僕は怒りに肩を震わせ真白を睨み付けた。
「何であんなことをしたんだよ、払えない金額じゃなかっただろ?」
「それはそうだけど仕方ないじゃん、あれ払ったら軍資金全部無くなることくらい分かったでしょ?」
真白は悪びれることもなく言った。僕は余りの考え方の違いに一瞬唖然としていた。
「いや、今からでも払いに行こう、こんなのダメだよ」
義憤に駆られ立ち上がる僕を真白が手で制した。
「今から払いに行っても、もう警察とか呼ばれてると思うよ、捕まって親呼ばれるのがオチだよ」
真白の言葉を聞いて、僕は冷や汗をかいた。親を呼ばれる。てことはお母さんのもとに帰されるということだ。
脳裏に包丁を持ったお母さんが過る。僕は生唾を飲み込んだ地面に座り直した。
僕は体操座りの格好で、膝の間に顔を埋めた。
最悪だ。お金を払わずに逃げるなんてまるっきり犯罪じゃないか。
僕は横に座っている真白を睨み付けた。真白は犯罪を犯したというのに飄々としている。
僕は真白を心底軽蔑した。悪いことをしているのにそれを反省するどころか、嬉しそうにして笑っている。
僕は真白のお父さんのことが脳裏に浮かんだ。乱暴者で周りに迷惑をかけているのに、悪びれもせず日がな一日酒を飲んでまた暴れる街の有名人。
真白はその子供なのだ。蛙の子は蛙というけども、やはりその言葉は正しいことを僕は感じていた。
だけど僕は、真白を責めることができなかった。お母さんを恐れてお金を払いに行かない、謝りにも行かない自分も同類なのだ。
別に今さら止める気は無かったけども、僕の逃げ場はとうとう本当に無くなった。街に逃げることも、もちろん家に帰ることもできない。
僕が逃げる前から逃げ道を塞いでくる。死神に見えていた真白が悪魔に見えてきていた。
恨めしそうに僕が睨み付けていると、真白はやっと申し訳なさそうに顔を歪めた。
「そんなに怒らないでよ」
沈黙が流れる。ドームの外から聞こえる子供たちの笑い声まで、僕を責め立てているように聞こえた。
僕と真白はそれから会話もなく夜まで過ごした。
その時間はひどく長く、ドームの穴から見える子供たちの数が減っていくのを見て、時間の経過を感じた。
子供が完全にいなくなり、夕焼けが闇夜に飲み込まれていく時に、真白は不意に立ち上がった。
「ちょっと出掛けようよ」
「どこに」
僕は自分の言葉の冷たさに少し驚いた。こんなに熱の無い声を自分が出せるとは思わなかった。
真白は一瞬ピクリと体を震わせたが、努めて何気なく僕の方を振り向いた。
「夜ごはんとロケハンに」