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十五話 変身

振動を感じて僕は目を覚ました。


僕は気付かないうちに眠ってしまっていた。お母さんに蹴られて逃げて、僕の体には疲労が確実に溜まっていたのだ。


「相沢くん起きて、行くよ」


「行くってどこに?」


寝ぼけ眼で尋ねる僕を見て、真白はニッと口角を上げた。


「変身できるところ」


僕は理解できずに頭を傾げた。


僕と真白は公園を出発し、街に出掛けた。正確に言うと僕は真白に連れ回されていただけだけど。


久々に訪れた街は活気に満ちていて、僕が知っている街並みとは様変わりしていた。


小さな頃には無かったお店に広場、変なハートのモニュメントに人が集まっている。


「あった、ここここ!」


真白が軽快に声を上げる。視線の先を追うと、そこにはオシャレな理髪店があった。


「これがやりたいこと?」


「そ、死ぬ時くらいは綺麗にしときたいじゃない、もちろん相沢くんも」


死ぬ時くらいは綺麗でいたい。真白にそんな乙女な一面があることに僕は驚いていた。


「何ボーッとしてるの?ほら早く」


真白が理髪店へと入り、僕は慌ててそれに続いた。入店を知らせる鈴の音が店内に響く。


店内は異世界のようだった。白を基調とした店内に、見たこと無いような観葉植物が彩りを与え、何言ってるかは分からないけど何と無くオシャレな洋楽が絶えず流れている。


普段行っていた床屋とやっていることは変わらないのに、どこかスマートに見える理容師さんの動き。


僕は少し緊張していた。


「あ、いらっしゃいませ……」


店主は僕たちに気付くと、怪訝な目を向けて僕らをなめ回すように見た。


こんなボロボロの中学生二人が制服のまま入ってきたら、僕でも怪しむだろう。僕がドキドキしながら店主の言葉を待っていると、真白がズイと前に歩みでた。


「二人なんだけど、いけるかしら」


真白はやけに上品な口調で言った。胸もはって少し見栄を張っているように見える。


店主は暫く怪しんでいたが、丁度店主が切っていた客の頭をチラリと見て、椅子に座るようアゴで僕らに指示した。


客を待たせるのを嫌がったのだろう。


「案外簡単に行けたね」


真白が僕にしか聞こえないくらいの小声で言った。僕は「ああ、そうだね」と返した。僕はまだ冷や汗をかいていた。


順番に呼ばれていき、ついに僕らの番が来た。


先に真白が呼ばれ、席へと案内される。少し間を開けてから僕が呼ばれた。僕の担当は店主だった。


僕は緊張して、出来の悪いロボットみたいなカクカクした動きで席につく。


「今日はどうしますか」


鏡越しに店主が尋ねた。間近で見る店主の風貌がさらに僕を緊張させた。男性なのに腰まで髪を伸ばし、さらにパーマまでかけている。髭が口周りとアゴに生えているが、綺麗に整えられており不快感がない。


少しタレ目な眼に黒の丸縁眼鏡をつけていて、よく分からないけどとにかくオシャレだ。


所謂オシャレ上級者な店長の風貌に僕は緊張は最高潮になった。


「お、お任せで」


僕は苦し紛れにそう言った。店主は暫く僕の顔を鏡越しに見ると、一つ頷いて笑顔を見せた。


「かしこまりました」


そこからは神業だった。僕の髪はスムーズに切り分けられ、あっという間にカットが終わり、シャンプーに入る。


心地良い温水とプロの手さばきに蕩けていると、その後席に戻され次に軽いセットが始まった。


店主は手に軽くワックスをつけ、僕の髪を流していく。たちまち僕の前髪に横方向の流れが生まれた。


細かいところまで整え終えると、店主は満足気に頷いた。


そして、本のように開く鏡で僕の後頭部を写した。


「こんな感じでいかがでしょうか」


「い、良いと思います」


僕は少しだけ刈り上げられた後頭部を見て言った。


僕の髪型は眉上のマッシュになっていた。塩顔だから絶対に似合うと思っていたと店主は力説していた。


「少し位伸びても良いように、短めにしておきましたよ」


店主は満足気に言った。僕は苦笑いを浮かべながら謝意を述べた。


一通りセットの仕方の確認などが終わると

僕は解放された。チラリと真白の方を見やると、まだ髪を切っている。


髪が長いと言うこともあるんだろうが、先に行っていたのにまだ切り終わってないのか。


僕は店員に言って待合室の椅子で待つことにした。


待合室の端の方に手持ち無沙汰に座っていると、すぐに僕は違和感を感じた。


待合室の他のお客さんや、通りすぎる理容師さんたちがチラチラと僕の様子を窺っているのだ。


気を付けないと分からないくらいコッソリと僕を見ては、憐れんだ目を向けてくる。


ボロボロの制服を着て、体にアザをつけた僕の現状を勝手に察しては、同情しているのだ。


その周りの人々の推測が間違っていないことが、僕にはとてつもなく苦しかった。


自分が同情されるべき、可哀想なヤツなんだという実感が、僕の中に積み重なっていく。


いたたまれなくて、逃げ出したいのに、僕の体は硬直していた。蛇に睨まれた蛙のように、世間の視線に晒された僕は動けなくなっていた。


冷や汗で湿った顔を俯かせる。頭の中はお母さんに怒られた時みたいに真っ白になっていた。


その時、フワリと柔らかな良い匂いが香り、頭を上げると真白が立っていた。


「お待たせ!」


真白は一瞬誰か分からないほど様変わりしていた。


うねっていた髪はストレートに矯正され、本来の艶を取り戻している。前髪は眉上で切り揃えられていて、隠されていた真白の顔が露になっていた。


切れ長の目を携えた整った顔を、あどけなさが残る柔らかな笑顔で綻ばせている。


僕はあまりの変身ぶりに地蔵のように固まってしまった。


「どうしたの固まって、女の子が髪切ったんだから可愛いくらい……」


そう言いかけて真白は怪訝な目で周りを見回すと、僕らに向けられる憐れみの目に気付いたのか眉間にシワを寄せた。


「行こうか」


「あ、うん、そうだね」


ひどく冷たい真白の声に、僕は反射的にそう返事をした。眉間にシワを寄せ怒りを露にした真白の表情は鋭い切れ長の目とよくマッチしていて、僕は少し見とれていた。


僕と真白は受け付けに行って店員さんに会計をしてもらった。マエストロみたいな大袈裟な動きでレジを打ち込んでいく。


「料金のこちらになりまーす」


そう言って店員さんが表示させた金額に僕と真白はギョッとした。


七千六百五十円。僕らの所持金ギリギリの金額だった。


こんなにも掛かるものなのか。払えなくはないが、これを支払ってしまったら残り六日間の軍資金が無くなってしまう。


何か策があるのかと真白の方を見やると、僕と同じくギョッとした表情のまま固まっていた。


真白は僕の視線に気付くと僕の方を向いて、なぜか決心したように頷いた。


「すみません、テーブルに忘れ物しちゃったんですけど、取ってきて貰っても良いですか」


店員さんは一瞬顔をしかめたが、すぐに営業スマイルに戻って「かしこまりました」と言って真白が座っていた席に走っていった。


すると真白は店員さんが完全に後ろを向いたのを確認してから、僕の手を引いて入り口のドアを開けた。


「相沢くん、逃げるよ」


悪戯に笑い、僕にしか聞こえない声で真白は言った。真白に手を引かれ僕も続く。


背後から聞こえる怒声に背中を押されながら、僕らは一目散に走っていった。



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