十二話 決断
僕は一目散に走った。お母さんが追ってきていないことは十分に分かっている。
それでも走り続けた。涙を流し、すぐに悲鳴を上げる軟弱な体に鞭を打ちながら。
走っている間だけは、なにも考えないで済むことを、僕は考えること無く理解していた。
僕に味方なんて居なかったことも、お母さんが握っていた物のことも、逃げた僕を追いかけてくれないことも。
燃えるような肺の痛みや、足のしびれが忘れさせてくれた。
走って走って走り続けて、とうとう体の限界がきた僕は、近くの土手の斜面で寝転んだ。
沈みかけた夕日の茜色が僕を包み込む。このまま僕を溶かしてほしい、そう思っても、夕日は僕を優しく包み込んだ。
僕の脳裏に浮かんだ考えを止めているようだった。温かな陽気が、僕の考えを否定しているように思えた。
秋の風が僕の体を撫で付けていく。僕の体を慰めるようにして。
今の僕には、それすらも怒りの対称だった。
そして僕はおもむろに立ち上がり、空に向かって叫んだ。言葉にも声にもなっていない、ほとんど咆哮に近かった。
僕の絶叫は夕空に吸い込まれて消えた。誰にも届かない。何にもならない叫び声だった。
叫びつかれて喉が痛くなったところで、僕は叫ぶのを止め、また泣き出した。涙が土手を、夕日を歪める。
そのなかで、目の前に流れる川だけはクッキリとして見えた。吸い込まれるように僕の体が川に向かって歩き出す。
「そこの川じゃ死ねないよ、浅いからね」
不意に背後から声がして僕は立ち止まった。確信をもって振り返ると、やはりそこには真白が立っていた。
また追い出されたのだろうか、前髪から垣間見える顔にアザが増えている用に見える。
真白は僕の顔を見て、意外そうに目を丸くした。
「驚かないんだね」
「なんとなく、来る気がしたんだ、君は死神だから」
何それと言って真白は笑った。僕と同じような境遇にあるのに、真白は何で笑えるんだろう。
「今日は追い出されたんじゃないんだね」
真白は急に鋭い言葉を投げた。僕は無言で頷いた。真白はそこから何も言わなくなった。僕が何かを言うまで待っている用に見える。
「良いよ」
真白は僕をジッと見つめた後イタズラに笑った。白い歯が獲物を見つけたと言わんばかりに煌めいている。
「何が?」
「君の提案」
「そっか、やっと私が正しいってことに気づいたんだ」
そう言って真白は勝ち誇ったような顔をした。腰に手を当ててふんぞり返っている。
そのまま川に落ちたらいいのに。僕はそう思いながら、真白に感謝していた。
僕に踏み出す勇気を与えてくれたことを。