第2話 それだけは奪わないで下さい。
楽しんでもらえれば嬉しいです。
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
目を覚ますとベッドに俺は横になっていた。窓から差し込む茜色の光が無機質な医療器具だけのこの空間を色付けていた。その最後の光を惜しむように俺はしばらく西日を見つめていた。
果ての見えない夜が始まる・・・
俺はここに何度もお世話になっている病室だった。
株式会社 天賦。
帝都のど真ん中に割と広めな敷地を所有し、病院エリア、事務所兼兵器開発部、アバター施設の3棟からなる中小企業。
俺が人生の長い時間を共に過ごして来た場所。その病院エリアだ。
今回みたいに完全に意識を失ってしまったのは1度や2度ではない。いつもなら目を覚ました時に看護師さんが隣にいるのだが、今回は違う。
見舞いに来るはずのない人物、取締役専務のエリコさんが隣にいる。会社のトップだ。この女性は万年スーツ姿。眼鏡を掛けてる為インテリに見える容姿だ。トップが来た意味を理解していない訳がない。俺は終わりと向き合わないといけない。
「エリコさん、何故ここに?」
「貴方の容態が心配でね。」
それだけの理由で来るほど、この人は暇じゃない。絶対何かある筈だ。でも社交辞令として受け取っておく。
「ご心配、ありがとうございます。」
「看護師さんが言うにはね、倒れた原因はアバターへの拒絶反応なのよ。医師からの勧めでもうアバターへの接続は金輪際無しにした方が良いと言われたの。」
俺が同調率S判定を受けて10年この施設、この会社にお世話になっていた。親の口座に給料は振り込まれているけれど、選ばれた者しか入らない会社だけあって給料払いはとても良かったと聞く。
アバターへの接続が出来ないという事は仕事が出来ない事と同義。つまり事実上の解雇だった。
「俺はまだログイン出来ます。まだ動けます!!」
「最近アマタ君は不調なのよね。だから実力が伴ってないんじゃないの?戦闘ありきの会社なんだからちゃんと体調を整えないとダメよ。死亡事故の元。他の会社なら通用するかもしれないけれど、今の貴方はちょっと見てられないわ。体調を万全にして来なさい。アバターと現実世界のあなた、両方のね。」
「確かに不調かも知れないです。同調率も低下して、皆のステータスに追いついていけてないけれども、俺には10年培ってきた技術がある。まだまだ後輩達には負けない自信があります。」
と俺は宣言するものの、残念そうに顔を横に振るエリコさんだった。
「アマタ君、<アバター>が無理ならマネージャーする?とは言っても君、まだ高校生でしょう?」
「高校生ですけど。」
正確には来月の4月から入学なんだけど。
「高校、大学卒業したらまた戻っておいで。給料は出ないけど籍は置いておくから。」
目覚めたばかり、なのにこんな思い話をするもんだから頭がクラクラする。この話、退院してからじゃ駄目なのかな?なんて思いながら俺は口にする。
「マネージャーには興味ありません。皆と冒険がしたかったんです。異世界を皆と回りたかった。ダンジョンだけでなくいろんな世界を知りたかった。」
「ドクターストップが出た以上、会社としては貴方にログインさせられないのだけど。」
そんな押し問答を繰り返しながら俺はアバターでまだ戦いたいと必死に訴えるが、何度熱意を伝えても意見は受け入れられない。俺はそうなった時、どうするかを決めていた。
レイモンド達に言われた通り俺は・・・
「・・・会社を辞めさせていただきます。」
と告げる。俺の言葉に嬉しそうな反応を示すエリコ所長。
「あらそう!!私は止めないわ。ただ、辞めるというのなら会社の規約に基づき、あなたのアバターは廃棄させてもらいます。」
「え!?それは法律違反では?」
アバターというのは5歳の時にガチャを引く。これは公的機関による行事で、市民権が皆にあるように、誰もこれを奪う事は出来なかったはず。
「アバターガチャを引いた時から貴方は私の会社にお世話になっていた。貴方は私の会社の利益によって手に入れた素材を使ってどんどんパワーアップを行いステータスを上げて言った。その武器、防具、強化素材を返して欲しいと言ってるの。アバターのコアはちゃんと返却してあげるわ。それがないとガチャ引けないでしょう?」
今まで培ってきた強化の全てを台無しにされるというか事。ゲームに例えるならレベル100からレベル1に戻される事と同じ。
正真正銘の異世界冒険の夢を絶たれるという事だ。それに<アバター>には愛着がある。10年間苦楽を共にしてきたもう1人の自分だ。それを破棄するなんて。見方によっては人殺しだ。
「アバターを買い取るというのなら話は変わります。Bランクモンスター素材を使って強化したアバターは少なくともこれぐらいします。」
メモ帳に数字を書き出すエリコ所長。それを見るに宝クジが当たった所で買うことが出来ない金額だった。
「吹っ掛けすぎですよ!!俺、会社にかなり貢献しましたよね!?」
「それとこれとは話が違います。この金額が払えないのならあなたのアバターは魔素分離させて再利用させていただきます。」
「そんな・・・待って下さい!!それだけは勘弁して下さい!!」
「じゃあ払うの?」
「今は払えないけど・・・いずれ・・・。」
「何年払い?死ぬまでに返せる?」
「えっと・・・」
その後、あれこれ講義したが譲り受ける事も叶わなかった。個人じゃ払える額では無いのは当然の事。エリコさんはそれを知っている。
法律上、俺の所有物扱いになるので会社の費用で強化されたとはいえ、俺の許可がいるのだ。裁判沙汰にならない為にもこういったやり取りが必要になって来る。そんな裏事情が目に見えて分かるから俺も正直しんどくなってくる。
そもそも俺に選択肢なんか初めからないんだからこのやり取りは俺の心を抉るだけ。
「すみません、払えないので廃棄でお願いします。」
ーー病人だぞ。ちょっとは安静にさせてくれ。
「じゃあこの契約書にサインしてください。」
畳み掛けるように3枚の契約書にサインをし、ハンコ・・・を持ち合わせていない為、指印を押す。
それを見届けたエリコさんは。
「どうもありがとうございます。また機会があればまた一緒に仕事しましょう?」
と去って行く。その去り際に「そんな日が来るとは思えないけどね。」と呟いたエリコさんの小嘲を俺は聞き逃さなかった。
入院して次の日。この1日で俺の周りの環境が目まぐるしく変わって行くのであった。
まさに「転落」という二文字がピッタリと合うほどだった。異世界冒険の夢を絶たれるだけでなく、現実的な面でも影響が出る。
今の住居は家賃が高く、俺の給料を当てにしていた家族は車で十分ほどの安いアパートに引っ越す羽目になった。それによる幼馴染達との別れ。
さらにはアバターの専門的な事を学ぶ学校から公立の普通科の学校へ行く事になった。異世界とは全く関係ない環境でこの現実世界で生き抜く術を学ぶ学校だ。
正直言って妥協もいいところ。俺のモチベーションは過去最低のものとなっていた。
育てたアバターの能力は初期化し初めからガチャを引くところから始まる。レベルは1。魔道具、武器、アイテムすら没収された状態。これがまだ子どもならまだ通用する。この歳になってレベル1スタートは他の企業すら雇って貰えない可能性がある。一般人でさえ多少の強化素材を使ってある程度レベルを上げている。
その全てを失った。
「はぁ・・・」
本日何回目のため息だろうか。病院のベッドに横になりながらまた<アバター>のない未来を想像する。
俺にとってダンジョン攻略とは、命を削る危険な仕事ではあるものの、夢や希望、ロマンの詰まったやり甲斐のある仕事だった。
辛い事は多いけど、見た事のない景色を見せてくれる。モンスターとの白熱するような戦いをさせてくれる場所だ。それが無い人生なんて信じられない。
だって目を瞑ると今までの戦闘の数々が思い出されてくる。
一番白熱した戦闘は8年前の塔のダンジョン。今も忘れもしない・・・俺の病人体質になった原因であるウロボロスという名のボス戦の事だったり
本当に命を削る戦いをした。もうダメだと何十回も頭によぎったあの戦闘。皆が戦闘不能・・・逃げる事も叶わずもうダメだと思った時、俺と、もう一人の幼馴染テマルと2人で捨て身のラッシュを決め、トドメを刺したのである。結果は・・・
・・・・・・相打ちだった・・・・・・
俺とテマルのアバターは大破し、意識は途切れる。
気が付いた時には俺は・・・今と全く同じ場所、この病院のベッドで目を覚ましたのだった。
アバターが破壊されれば、魂を繋いでいる為現実世界でも死を遂げる、これは免れる事の出来ない事実だ。
本来なら向こうで散った魂は元の世界の元の身体に戻って来れないのだ。
なのにその常識を無視して俺は奇跡的に戻って来れたのだ。
・・・でも、テマルは戻って来なかった。
これが普通。俺が異常なんだと。
あの時、一緒に死んでしまえば良かったのではないか。そしたら俺を庇って死んだあの子と同じ場所に行けたのではないだろうか・・・。
そんな事考えても死んだテマルが報われない。だから出来るだけ前向きに考えようとしている。
この出来事の後、俺は、持ち帰ったウロボロスの素材を使ってアバターガチャを引く。
一度アバターの死を迎えた者の代償は大きい。新しいアバターとの相性が良くなかった。
良く無いどころか異常をきたすようになっていた。
それは日に日に深刻となっていき・・・
でも今まで騙し騙しやって来てたのだった。
俺の夢を叶える為。異世界は俺にとっての生き甲斐だった。それはもう奪われてしまった。
これからどうしよう。俺、何が出来るのだろう。
俺にアバターを取ったら何が残る?こんな事なら俺じゃなくテマルが生きてくれれば良かったのに。
そんな事を考えて咄嗟に考えを振り払った。
最低な事を考えていた。俺、あの子の分まで頑張るって決めたのに。命を救ってくれたのにこの考えは裏切りだろう。ごめんなテマル・・・。
突然、「コンコン」とドアを叩く音を聞く。
病院の入り口の扉に頭を打ちそうになりながら入って来るのイケメンは5人いる幼馴染の1人、そして、命を救ってくれた女の子、テマルの双子の兄であるエイルだ。歳は俺の一つ上だ。
8年前、テマルの死と共にエリコ所長の元を去った伝説の槍聖様だ。<アバター>を使った戦闘でも、リアルに身体貼った戦いでも俺が知る限り最強の男はこの男だと思っている。
「久しぶりだな。元気にしてるか?」
日に焼けた褐色の肌、高身長になっていた。でも顔は8年前と変わらない。懐かしい顔に涙が出そうになる。
「エイル兄!!直接合うのはあの事件以来だよな。元気なもんか。もう俺、<アバター>を失ったんだ。」
「そのおかげでお前は俺と同じ地区に引っ越して来る予定で同じ学校に通う・・・と。」
「おい、情報早いな。どこからの情報だよ。」
「お前のご両親それにお姉さんから。お姉さんに至っては『私の温室育ちの世間知らずな弟をどうかよろしくお願いします。』だとよ。」
「世間知らずとはよく言うな。[経験]という括りで言えば誰より世間を知ってるぞ。」
なんせ最先端の<アバター>でダンジョン潜りまくってたんだからな。
エイルは残念なものを見るような顔で俺を見た。
「はいはい。<アバター>中毒者がよく言うわ。あの施設から出た事ない少年がよくそんな胸張って宣言出来るよな。」
馬鹿にするように笑うので俺はキィっとエイルを睨んだ。
「エイル。」
「冗談はこれぐらいにして、落ち込んでるお前を俺が元気付けに来たという訳だ。俺、しばらく<アバター>に潜ってないけど充実した毎日を送ってるぞ。」
「どんな?」
「中学では部活やったな。高校では友達とスポーツやったり、カフェ行ったり。お前、した事なかっただろ。」
「やった事あるぞ。ボス戦なんてスポーツだし。異世界にもアバターが経営するカフェがあったりするし。」
「おい、異世界から離れろよ。リアルの素晴らしさを俺が語っているのに。」
「エイル兄はいいじゃないか。エリコ所長からアバターを買い戻したんだろ。」
俺の言葉に複雑そうに息を呑むエイル兄。目を瞑り、回想するかのように言葉を紡いだ。
「そうか。俺も8年前か・・・買い取ろうとしたら法外な額を請求されるもんな。俺の親父の財を持ってしてもまだ借金は半分残ってるし。」
エイル兄の親は<アバター>武器等を専門とする商売で大当たりした会社だ。民間シェア率50%の大手で、そんな会社の御曹司でも8年で半分しか借金返済出来てないという。
本当に法外だ。というか・・・まだじゃなくてもうだろ。
「エイル兄、嫌味か!!」
「済まん済まん。でも、<アバター>なくても楽しく生活出来るだろう。」
「まぁ、カフェに行ったり、友達とスポーツしたりなんて一度もした事なかったな。興味はあるけど・・・。」
「退院したらカフェ行くぞ。絶対な。」
「カフェって、男同士で行くもんなのか?」
「まずそこからなのか!?」
エイル兄と話していると気が紛れた。こういった気遣いって嬉しいよな・・・なんて思いながら成り行きでカフェの約束を取り付けた。
女の子無し。
ただ集まって話すだけだろうがちょっと楽しみだった。エイル兄オススメのパフェってなんだろう。
そんな事を考えたらアバターを失った悲しみなんて少し楽になったような気がした。
帰り際に、「困ったらなんでも言え。俺がなんでも解決してやる」なんて漢気溢れる言葉を残して去って行くもんだから、女なら惚れてるぞこれ。
病院の人からは2、3日安静にしていれば日常生活に戻れるそうなので静かに眠る事にする。
しかし対して眠くないのに眠るなんて出来る訳が無い。1時間、横になっていたが俺は起きて部屋を飛び出した。散歩だ。エレベーターの8階にいる。俺は1階まで降りて隣の施設へ歩き出す。
受付の人とも顔パスだ。そのまま施設の奥へ行く。深くは考えていなかったのだけど、気が付いたら白い部屋、アバタールームの目の前に立っていたのだった。
目を通して頂きありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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異世界召喚帰りの人達のせいでリアルが大変です。〜発現したスキル[精霊の守護]によって精霊の師匠を得て錬金術を極めてアイテム無双します〜
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