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夢(ゲーム)と現実  作者: 光頭無稽
5/8

ハーモニー=ソマリ

【ルームメイト ハーモニー=ソマリ】


 アリーシアがカサンドラに部屋を追い出されて移った部屋にいたのが、入学前の試験で最も成績が悪かった男爵家令嬢ハーモニー=ソマリであった。彼女は貴族としては貧しい生活を送ってきた。貧しい故、真面な家庭教師も雇えず、大半は両親や祖母から教わった。何より、ハーモニー自身が勉強を苦手としていた。

 初めは家格が違う、成績が違うことからアリーシアのことを疎ましく思っていた。立場的に逆らうことができないからこそ、友好的に接してくるアリーシアのことが疎ましかった。


 入学して1ヶ月ほど経った時、事件が起こった。


 一人の女学生の私物が紛失した。

 場所は寮の食堂で、寮内の誰もが出入り出来る場所だった。ただ、その女学生の近くに偶然座っていたのがハーモニーだった。おそらく座っていたのがカサンドラやアリーシアなら違っていたであろうが、女学生はハーモニーが盗んだと決めつけた。貧乏男爵家の娘という理由で。

 その窮地を救ったのがアリーシアだった。


 それ以来、ハーモニーはアリーシアを女神のように信奉するようになる。アリーシアとしてはヴィアの様に仲良くなりたいと考えていたが、家格の違いからハーモニーはそれを良しとしなかった。そしていつしかアリーシアのお側に仕えたいと思うようになった。

 学問についてはアリーシアの手助けも空しく成績が振るうことはなかったが、礼節においては目覚ましく上達していった。


 そして第一王子エンドのスチルでは、バルコニーから国民に手を振るアリーシアとディアモンドの後ろにはアリーシアの侍女となったハーモニー姿があった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ジェミニアーニ様とのお茶会で、私は自分の不甲斐なさを強く思い知らされた。転生した利点を活かすことなく、ただ流されて生きてきたことを。何より、自ら幸せになろうとしていなかったことを。

 お茶会の後、私は部屋でこれからについて考えた。とは言え、新しい目標がすぐに出てくるわけでもない。方向が定まらなければ手段も見えてこない。いくら考えても答えは出ず、ヴィアに相談したら「一年間、色んな事を学び経験して、やりたいことを見つけたら」と助言をもらった。

 ジェミニアーニ様の行動力や想いの強さを見せつけられて、知らない内に焦りを感じていたようだった。

 私はヴィアの助言通り、1年かけて自分のやりたいことを見つけることにした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 入学してから半年ほどが経った。


 私が図書室で調べ物をしていると、ディアモンド第一王子とハーモニーが入ってきた。今では珍しくもないありふれた光景だ。今日は図書室で勉強をするらしい。棚から本を何冊か持ってくると、ノートを広げて勉強を始めた。


 -このまま静かにしてくれれば良いのですけど-


 講義が終わると、2人はほぼ毎日一緒に過ごしていた。それなりの節度は守っており、護衛役の学生も同行している為、規則に反することはなかった。しかし、最後には周りの目をはばかることなく恋人のように2人だけの世界をつくっていた。前世では何ともないことだが、この世界においてはかなり刺激的らしい。その雰囲気に耐えられず、皆逃げ出してしまっていた。

 どうやら、ゲームでのアリーシアの役割はハーモニーが引き継いだようだった。ディアモンド第一王子は庇護欲をかき立てる女性に興味をそそられるらしい。ゲームではカサンドラに追い出されたアリーシアに。そしてこの世界では被害者を装ったハーモニーに。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 3ヶ月ほど前に、ディアモンド王子は偶然講義室に佇むハーモニーを見かけた。1人寂しく立っているように見えた第一王子は、気になり声をかけた。

 その出会いは本当に偶然であったのだろう。

 しかしハーモニーはその偶然を運命の出会いに変えて見せた。

 私物が紛失したと、貧しい男爵家の両親が用意してくれた大切なものだったと第一王子に信じ込ました。さらに、最近121期生の寮でも紛失事件が起こったこと、ルームメイトがおらず部屋では寂しい思いをしていると第一王子の関心を見事に引いて見せた。

 翌日、第一王子はエファンディ先生に面会の約束まで取り付けて女子寮に訪れる。そこでハーモニーも紛失事件の被害に遭ったこと、彼女が人知れず寂しい思いをして過ごしていることを切々と語った。その場の全員が冷めた目を第一王子にむけていることにも気づかずに。

 そもそも私達、おそらくはエファンディ先生もわかっていた。寮での紛失事件の犯人がハーモニーであることを。ただ証拠がない為どうしようもなかった。それ故、ハーモニーを庇っている第一王子に何も言うことが出来なかった。最後はエファンディ先生がなだめすかして、まだ不満げな第一王子を無理矢理帰して終わらせた。


 しかしその事が返って第一王子の心にわだかまりを残した。


 ハーモニーはそれを刺激し、第一王子にもう一度火をつけた。すると自分の思い通りにハーモニーを助けることが出来なかったことから、自ら盾になろうと動き始めた。頻繁にハーモニーの元を訪れて声をかけたり、関係ない交流会に参加させて紹介したりと第一王子が男爵令嬢を優遇してしまった。

 当然、周りの者は忠告し始める。


 ハーモニーはそれさえ利用する。


 忠告されている場面を第一王子に目撃させ、脅迫されているように見せた。

 第一王子はその場に駆け込むと、ハーモニーを庇うと同時に忠告した人達を睨みつけてしまった。王族に睨みつけられて平気な者などいるはずもない。彼女らは謝罪して逃げ出すほかなかった。

 こうして第一王子の庇護欲をさらに高めたことで、常に行動を共にするようになる。


 そして第一王子の目をさらに曇らせていく。


 頼られれば頼られるほどに第一王子は庇護欲と自尊心が満たしていった。時折見せる恍惚とした表情がそれを物語っていた。

 若い第一王子はそれを恋と勘違いした。

 ただ第一王子という身分と未成年という立場故、軽はずみな行為はしなかった。節度を守った付き合いをしているつもりであった。

 実際は2人を取り巻く雰囲気、互いを見る目、語り合う言葉は恋人のものであった。


 そして1ヶ月ほど前に、第一王子は王族としての立場を守ろうとした護衛役の学生の忠告を聞き入れないどころか、護衛役を解任してしまった。

 身内の忠告すら受け入れず切り捨てた第一王子に多くの者が見切りをつけた。反対に群がっていったのは、低位の者や成績が振るわず将来を不安視する者達だった。王位継承権を剥奪されたとしても、王族である第一に王子と繋がることで少しでも甘い汁を吸おうと。

 ただ第一王子だけは、王位に就く未来を描いているようだったが。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 いつも通り2人の甘い語らいが始まった。

 図書室にいる学生が席を立ち始める。入ってきたと同時に出て行っては、さすがに悪い印象を与えてしまう。いくら将来性がない第一王子とは言え、王族という立場に礼儀を示すか否かは別である。しかし2人だけの世界に入ってしまった今なら気づかれることなく出て行ける。と言うか、一緒にいたくないというのが本音であろう。

 私も本を棚に戻すと、皆と一緒に荷物をまとめて図書室を出て行く。

 唯一残った護衛役の学生が恨みがましく出て行く私達を見ているが、自身が選んだ道なのだから私達の知るところではない。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 昨日、あの人が亡くなった。

 私と両手に繋いでいる2人の娘を残して。

 この場には私達家族の他に10人ほどいるが、誰ひとり彼の死を悲しんでいる者はいなかった。

 娘達は幼すぎることもあり、何故この場に自分たちがいるのかすらわかっていない。

 そして私は、ようやく夢にまで見た安寧の日が手に入ることを喜んでいる。

 この葬式が終わり次第、私達は見知らぬ新しい土地に移る。


 あの人は優秀だけど愚かだった。

 ついこの前まで王位を継ぐものと信じて止まなかった。

 卒業後はあらゆる部署を転々と回され、視察と称して国の隅々まで行かされていたにも関わらず。「国を知ることは、将来お前の糧になるだろう」という国王の言葉を鵜呑みにして。

 愚かなあの人はそれで幸せだった筈だ。

『将来国王の座に就く』『国王から期待されている』『自分が庇護しなければ、妻や娘達は生きていけない』と信じていたのだから。


 国王の考えを見抜けなかった阿呆に会いさえしなければ・・・。

 真実を知りさえしなければ・・・。

 自身が愚者であることを認めてさえいれば・・・。

 謀反など考えさえしなければ・・・。

 そうであれば、私は密告などしなかったというのに。


 私は身の丈を知っている。それ以上を求めては破滅してしまうことを。

 貧しい男爵家で生まれた私は、これ以上を望んではいけない。

 私の幸せは、愛するこの子達と共にある。

 あの人は私を愛していなかった。私達を見て自分の欲を満たしていただけだった。

 私もあの人を愛していなかった。私は安寧の日々を手に入れたかっただけだった。

 そして、ようやくその夢が叶う。

 王族の監視付きではあるが、私にとっては面倒ごとから守ってくれる護衛だ。

 私はもちろん、娘達を王族と関わらせるつもりは一切ない。

 人は身の丈を知らなければ生きてはいけないのだから。


 私はハーモニーという名を捨て、幸せになる。

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